問題はガマ蛙におまかせ

散々人

いじめっ子行方不明

 翔太は同級生の指定したドリンクを三つ買って教室に向かっていた。

 昼休み、誰もが楽しそうに過ごしている。

 翔太はそんな中、同級生にパシリとして使われていた。こういうことはほぼ毎日だった。


 翔太が教室に戻ると、


「おい、ちゃんと買ってきたか?」

「早くしろよ」

「モタモタすんな」


 とその同級生三人が言った。


「これでいいかな」


 翔太は買ってきたペットボトルを机に置いた。


「おい、これ、違うじゃねえかよ」


 パシリをさせた一人、山田が言った。


「言ってたやつがなかったから、これでもいいかと……」


「バカやろう。俺はあれが好きなんだよ」


「でも、どっちも緑茶だし、あんまり変わらないかなと……」


「ホント、使えねえ奴だな。買い物もまともにできないのかよ」


 翔太はなにも言い返せなかった。心の中では「それだったら自分で行けよ」と思いながらも、そんなことを言うと余計にひどい目に遭うことがわかっているのだ。


「ハハハ、山田さ、こいつが使えねえことなんて、前からわかってるじゃん」


 これは立川だ。


「おい、翔太。ちゃんと謝れよ」


 三人のリーダー格である土山が言った。


「ご、ごめん」


 翔太はすぐに謝った。


「おいおい、そういう時は土下座だろうが」


 土山がさらに言った。


 翔太は屈辱感に耐えながら、床に土下座をして頭を下げた。涙が出そうであったが、なんとか耐えた。


「最初っからそうしろよ。このバカ」


 土下座している翔太の脇腹を、山田が蹴った。


「ウッ」


 翔太は脇腹を押さえて横に倒れた。


「ちょっと、あんたたちそれぐらいにしときなさいよ」


 クラスの女子の一人が見かねて言った。


「はいはい。わかったよ」


 三人は面倒くさそうに答えた。


 いつもこんなことが行われているが、クラスのほとんどの人は見て見ぬふりをしていた。誰もが関わりたくないのだ。

 いまやめるように言ってくれた女子のように、多少は同情的な人もいたが、根本的な解決にはまったくならなかった。


 翔太は高校三年間をこうやって耐えるしかなかった。すでに二年以上耐えている。今年で卒業だと思うと、少しは心が楽になれた。


 これまで教師にも相談をしたことはあるが、話を聞いてもなにもしてくれなかった。教師としてもかかわりたくないというのが態度でわかった。


 山田、立川、土山の三人は、いわゆる不良というほどではないが、クラスを仕切っている立場ではあった。

 そもそもこの高校は進学校で、極端に悪い奴はいない。誰もがそれなりに真面目に学校に来て、勉強もできるのだ。

 この三人にしても、成績は悪くないし、翔太に対するいじめ以外はいたって素行も良いのだ。

 それだけに教師としても対応に困るということなのだろう。


 むしろ成績に関しては、翔太は悪い方だった。

 翔太は学年で最下位をうろつくぐらいの成績だ。それに体育などもダメで、性格も暗く、クラスのみんなからバカにされる対象であった。


 その日、学校から帰った翔太は、ゲームをした。

 いまの唯一の楽しみはゲームだけだった。

 格闘ゲームで相手をボコボコに倒すのが爽快だった。

 学校での成績はいまいちではあるものの、ゲームだけは得意だった。しかし、それを披露する場はない。そもそも一緒にやってくれる友達もいない。


「クソ、死ね」


 翔太は口汚く罵りながら、ゲームをした。

 倒す敵を山田や立川、土山に見立ててやっていた。


「ざまあみろ。このバカが」


 翔太はあの三人を殴り倒したような気分になっていた。


 はあ、現実にもこんな風に殴り倒せたら……。


 翔太は毎日のようにこういうことをやっているのだが、虚しく感じることもしばしばだ。


 翌日、学校に行くと、昨日土山とかをとめてくれた女子が話しかけてきた。


「ねえ、翔太って男として恥ずかしくないの?」


「え、なにが?」


 突然そんなことを言われても、翔太は意味がわからなかった。


「昨日もそうだけど、いっつも土山君とかに理不尽に偉そうにされてさ」


 話しかけてきた女子、清瀬奈々がさらに言った。


そんな風に言われても翔太としてはなにも答えられなかった。


「もっとシャキッとしなさいよ」


 奈々はいらだっていた。


「そんなこと言われても、俺は無理だよ。あの三人になんて敵わないし。歯向かったら余計に無茶苦茶にされるよ」


 翔太は下を向いたままボソボソと言った。


「情けないわねぇ。男のプライドとかないの? 昨日も言われたらあっさり土下座なんてしてさ」


 奈々はやたらと怒っているが、翔太からするとなにをそんなに怒っているのかわからなかった。


「プライドとかないわけじゃないけど、どうしたらいいのかわからないよ」


 翔太は情けない気分になった。女子にもいいように言われてますます気分は落ち込んだ。


「どうしようもないわね。もういいわ」


 奈々はプイッと離れて行ってしまった。


 翔太はがっくりと肩を落とした。


「おい、翔太。なにを清瀬と話してたんだよ」


 立川が寄ってきた。


「な、なんでもないよ」


「ないことないだろう。仲良さそうにしてたじゃねえかよ」


 どこをどう見たら仲良さそうに見えるんだよ。


 翔太は心の中で思った。


「お前が清瀬と喋るなんて十年早いんだよ」


 土山も来て、そんなことを言うのだった。


「そうだ。お前は家で母ちゃんと喋っておけばいいんだよ」


 山田も来た。


 翔太は下を向いて黙っているしかなかった。


「面白くねえな。なにも言い返さないのかよ」

「ホントだぜ。つまんねえ奴」

「行こうぜ」


 三人は翔太から離れて行った。


 翔太はホッとした。


 その日の学校に帰り、翔太が歩いているところに、あの三人組が来た。そして、いきなり後ろから翔太の尻を蹴り上げた。


「わあ!」


 翔太は突然のことに驚いて大きな声を出した。


「おい、翔太。清瀬とどういう関係なんだよ」


 土山が言った。


「どういう関係って言われても、別になにも……」

 

 翔太は蹴られて痛む尻を撫でた。


「本当だろうな? 清瀬となにかあるんだったら承知しねえからな」


 土山そう言ってすごむのだった。


「なにもないよ。でも、どうしてそんなに清瀬さんのことを気にするの?」


「こいつ、清瀬が好きなんだよ」


 山田が笑いながら言った。


「おい、やめろよ。余計なこと言うな」


「いいじゃねえかよ。こいつに言ったところで誰にも広まる心配はないし。友達いねえんだから。ハハハ」


「まあ、そうだけど。とにかく清瀬に手を出すんじゃねえぞ」


 それだけ言うと、三人はさっさと行ってしまった。


 そういうことか。


 翔太は納得した。

 翔太は清瀬奈々にそれほど興味はないが、確かに清瀬奈々は見た目はきれいだし、男が好意を持つのももっともだった。


 翌日、学校ではわりに何事もなく平和にすごくことができたが、学校の帰りに問題が起こった。

 

 翔太がコンビニに寄って出てきたところに、たまたま清瀬奈々と出くわした。

 すると、奈々が、


「今日はなにもなくて良かったね」

 

 と話しかけてきた。


「あ、ああ、良かったよ」


 翔太は、どうして奈々がそんなに自分のことを気にしてくれるのかと疑問に思った。


「私が先生に言ってあげようか? 土山君とかにあんなことをさせないように」


 奈々の言葉が翔太には信じられなかった。これまでそんなやさしいことを言ってくれる人なんて一人もいなかったのだ。


「俺も、先生には何度か言ったんだけど、ダメだったんだ。なにもしてくれないよ」


「それは、翔太の言い方が悪いんじゃないの? 本気度が足りないのよ。任しておいて。私が明日先生に言ってあげるわ」


 単なる同情だけではなく、奈々は本当に言いそうな勢いだ。


「え、いいよ。いいよ。気持ちは嬉しいけど。でも、どうして俺にそんなにやさしくしてくれるの?」


「やさしくって言うか、私はあんな横暴が許せないの。あんなのを野放しにしていたら社会がおかしくなるわ」


「は、はあ」


 翔太は期待していた答えとあまり違ったので言葉を失った。


「おっ、なにやってんだよ」


 そこに土山ら三人が現れた。


「え、あ、別に。たまたま会っただけだよ」


 翔太は言ったが、


「てめえ、清瀬に手を出すなって言っただろうが!」


 と言って、土山が翔太の胸倉をつかんだ。そして、そのまま顔面を殴った。

 

「ちょっとやめなさいよ!」


 奈々が止めに入った。


「うるせぇ! こいつ許さねえ」


 土山は奈々を突き放すと、翔太をそのまま投げ飛ばした。


 翔太はコンビニの駐車場に倒れた。アスファルトで手にすり傷ができ、血が流れた。


 倒れた翔太を三人の男が取り囲んで、みんなで蹴った。


 翔太はボコボコと蹴られて、地面にうずくまるしかなかった。

 

 その時だった。


「うあああああ、な、なんだ?!」


 一人が大きな声を発した。


「ギャァァァ、こいつなんだよ!!!」

「ヒ、ヒイイイ」


 男三人はなにやら急に正気を失ったかのように大騒ぎである。


 うずくまっていた翔太はなにが起こったのかと顔を上げた。

 するとそこには、軽自動車ぐらいあるガマ蛙がいた。そのガマ蛙はヌタヌタとした茶色い皮膚を怪しく光らせている。


 奈々はそれを呆然と見ていた。あまりの出来事に理解が追い付いていないという感じだ。


「に、逃げろ!」


 山田が逃げようと走り出すと、ガマ蛙はピョンと跳ね、口を大きく開けて、土山を丸呑みした。

 そして、喉をゲゴとひと鳴らしした。

 鳴き声も身体の大きさに合わせて、腹に響くぐらいの重低音だ。


「ヒィィィィィィィィィィィ!!」


 立川はその様子を見てひきつけを起こしたように悲鳴を上げた。


 そんな立川も、ガマ蛙は飛びついてあっさり丸呑みしてしまった。


 土山は恐怖のあまりその場に腰を抜かして倒れ込んでいたが、このままで自分も食べられると、慌てて立ち上がり走り出した。


 しかし、ガマ蛙はそんな土山を長くて太い舌を伸ばして捕らえた。そして、そのまま舌で口に運ぶと、これまでの二人と同じように丸呑みしてしまった。


 奈々はあまりのできごとにまったく思考が停止してしまったのだろう。その間、ただただ身動きせずに立っているだけだった。


 翔太もなにが起こったのかまったく理解できず呆然と見ているだけだ。


 ガマ蛙は三人の男を食べて満足したのか、翔太と奈々を食べようとはしなかった。

 そして、またゲゴと重低音でひと鳴きすると、そのままそこでスッと消えてしまった。後には白い煙がフワッと立った。


 翔太もしばらく動けなかったし、奈々も動けなかった。

 コンビニの店員もその様子を店内から見ていたが、なにもすることなく見ているだけだった。

 他にいた客も同じ状態だ。

 誰かが警察に通報するということもなかった。


 その後、食べられてしまった三人の親が警察に通報して街中大騒ぎになった。

 翔太も奈々も話を聞かれ、ありのままを話した。しかし、警察はまったく信用していなかった。

 コンビニの店員にも事情聴取をしたが、同じ内容を言うので、どう処理したものか困っていたようだ。


 結局、行方不明扱いになったようだが、おそらくもう二度と出てくることはないだろうと、翔太は思った。


 それから、翔太はいじめからも解放されて、平和な学校生活を送った。

 おかしな出来事を目の当たりにしたが、結果として問題は解決した。

 そして、翔太と奈々はあれ以来、同じ恐怖の体験をした仲間として一気に距離が縮まり仲良くなれた。


 なによりも大きな変化は、翔太があれ以来自信を持って生活できるようになったことだろう。

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