第二三話 不意打ち踏み倒し上等です

普段は静謐そのもののこの場所に、どこか不穏な気配が漂っていた。俺はその場に立ち尽くし、足元の感触に違和感を覚えた。


風に乗ってかすかに届く足音と金属音。何者かが近づいてくる。次第に音が大きくなり、その数が一人や二人ではないことを示している。俺は背中から多節棍を取り出し、いつものように起動呪文を唱えると、軽く振って準備を整えた。


「……やっぱりか」

低く呟いたその瞬間、茂みの向こうから数人の男たちが現れた。全員が武器を持ち、目には明確な敵意が宿っている。


「お前ら、ここを荒らす気か?」

俺の問いかけに彼らは答えず、一斉に間合いを詰めてきた。その動きからして、ただの素人ではない。


「まあ、言葉が通じないなら仕方ないな」

俺は多節棍を構え、襲いかかる一人目の武器を打ち払った。金属音が響き、その衝撃で相手の手が緩む。すかさず反対の棍を旋回させ、相手の脇腹を叩き込む。


「一人目!」

軽口を叩きながら、次に迫る二人目を迎え撃つ。狭い庭では多節棍の取り回しが難しいが、それでも短く縮めた棍を盾のように使い、相手の攻撃を防ぎつつ反撃を繰り出す。


三人目の斜めからの斬撃をかわし、棍を押し当てて剣を地面に落とさせる。さらに一歩踏み込み、棍の端で膝裏を叩いて崩す。


「二人目! 三人目!」

自分に言い聞かせるように呟きながら、次の敵を見据えた。だが、数はまだ多い。全員を相手にしていては体力が尽きるのが先だ。


「さすがに多いな……」

一瞬の隙を作らないように警戒を強めたそのとき、背後から声が聞こえた。


「アルヴィン様、大丈夫ですか!」

振り向くと、エルザが杖を手に駆け寄ってくる。その後ろにはフィオーレとクラリスもいた。


「遅いぞ! 今から助けてもらうけどな!」

俺は叫びながら、多節棍で再び敵の剣を弾き飛ばした。


「アルヴィン様! 手を抜かないでくださいね!」

エルザが杖を掲げ、柔らかな光を放つ。それが俺の体を包み、疲労が軽減されるのを感じる。


「フィオーレ、クラリス、私たちも準備を!」

エルザが指示を出すと、フィオーレは慎重に魔力を探り、クラリスは冷静な目で敵の動きを観察している。


「みんな、俺が前で引きつける! サポート頼む!」

俺は叫びながら、多節棍を振り上げ、迫りくる敵を迎え撃つ準備を整えた。



多節棍の二刀流と魔法を駆使し、なんとか無事撃退することに成功し、一息ついたところで、その違和感に気付いた。


「……どう考えてもおかしいだろ、これ」


砂利と石で構成された枯山水。だが、その下から微かに響く空洞音に俺は眉をひそめた。庭園が造られてまだ数ヶ月だというのに、地下にこんなものがあるなんて聞いていない。


「アルヴィン様、どうかしましたか?」

エリザが俺の後ろから、ちょっとふらふらしながら近づいてくる。彼女の視線が鋭く、俺の目線を追って足元を見た。


「聞いてみろよ、これ、どう考えても変だろう?」


俺が軽く足を踏み鳴らすと、鈍い反響音が砂利越しに響く。クラリスは一瞬目を細めた後、しゃがみ込んで手をかざした。微かに魔力を流し込むと、彼女の眉間に皺が寄る。


「……流石弟弟子、良く気付いた。

確かに不自然」

そう言ってクラリスが手を翳し、探索魔王を使う。

「地下に空間がある。

でも、これだけじゃ何のためにあるのかわからない」


「何だよそれ、どうして誰も気づかなかったんだ?」


俺が呟くと、クラリスは冷静に答える。


「庭園が造られた時に隠されたものか、後から誰かが掘ったもののどちらか。

元々あった洞窟に手を加えた可能性もある。

どちらにせよ、調べる必要がある」


「アルヴィン様、何か問題でも?」

エルザがこちらに駆け寄ってくる。フィオーレも後ろからついてきた。彼女たちに事情を説明すると、エルザの顔が曇る。


「そんな空洞があるなんて……もしかして、誰かが庭園に何か仕掛けているのかもしれません」


「それなら尚更調べなきゃならないだろうな」


俺はため息をつきながら、枯山水の隅を探り始めた。まるで何かに導かれるように、庭の一角で固く閉ざされた木製の隠し扉を見つける。

どうやら先程放った魔法の影響で、擬装していた表面が矧がれ落ちたらしい。


「こんなところに……!」

フィオーレが目を丸くする。エルザも驚いた表情で立ち尽くしている。クラリスだけが無言のまま、扉の魔法的な痕跡を探る。


「……これ、最近開けられた形跡がある。それも、相当急いでいた」

彼女が低く呟く。


「つまり、ここを使った奴がいるってことか」

俺は手元の隠し扉を見つめながら呟いた。いやな胸騒ぎがする。


「アルヴィン様、どうしますか?」

エルザの不安げな声に、俺は決断する。


「……入るしかないだろ。ここを調べないと何もわからない」


それが、俺たちが地下に踏み込む最初の一歩となった。


隠し扉を開けると、湿った空気が俺たちの顔にまとわりついてきた。薄暗い洞窟が広がり、足元には湿気を含んだ苔のようなものがこびりついている。壁には所々に松明が掛けられており、奥へと続く道をぼんやりと照らしていた。


「こんな場所……

どうやって……」

クラリスが周囲を見回しながら呟く。その声には、警戒心と興味が混じっている。


「おい、こっち。足元に気をつけろよ」

俺は足を滑らせそうになるエルザを支えながら、先頭を進む。洞窟内は狭く、天井も低い。多節棍を背負ったままだと、どうにも邪魔になる。


「これじゃ、いつもの多節棍も使いづらいな……」

俺は手早く棍を短く纏めて盾のようにすると、肩にかけるようにした。これなら狭い場所でもある程度の防御には使える。


「準備は?」

クラリスが振り返る。彼女の目は暗闇の中でも鋭く輝いていた。


「ああ、こっちは問題ない。クラリスは何か感じるか?」

俺が尋ねると、彼女は壁に手を触れ、魔力を探るように目を閉じた。


「魔法の反応が強くなってきてるわ。この奥に何かある」

そう言って指差した方向は、さらに狭く、湿度が高くなっている。フィオーレが少し震えながら呟いた。


「まるでここ自体が罠のようね……」


その時、低く響く声が聞こえた。奥の広間からだ。


「準備を急げ。王国の象徴を破壊することで、奴らに恐怖を教えるんだ」

聞き覚えのある声に、全身の毛が逆立つ。


「……アランだ」


洞窟の奥、広間にはアランと数名の共和派過激分子たちがいた。彼らは魔法陣を描きながら、大量の爆薬を慎重に配置している。魔法陣の光が不気味に洞窟の壁を照らし、まるで生き物のように波打っている。


「これが完成すれば、庭園だけでなく、この地もろとも吹き飛ぶ……。奴らの象徴を破壊すれば、王国の基盤を揺るがせることができる」

アランの顔には冷たい笑みが浮かんでいた。普段の礼儀正しさの裏に隠された真の姿を目の当たりにし、俺は唇を噛んだ。


「どうする? 奴らは完全に準備を整えようとしてるわ」

クラリスが低い声で囁く。彼女の視線はアランの描く魔法陣に釘付けだ。


「あの魔法と爆弾の融合……厄介だな。まず、あの魔法陣を止めないと」

俺は盾状にした多節棍を握り直し、周囲を見渡した。


「アルヴィン様、私たちが援護します。ここで食い止めましょう!」

エルザが強い決意のこもった声で言った。その言葉に、俺は静かに頷く。


「分かった。俺が前に出る。クラリス、魔法陣を止める方法を探してくれ。エルザ、フィオーレは後方を守ってくれ」


狭い洞窟での戦いは不利だが、ここで引くわけにはいかない。俺たちは静かに準備を整え、決戦の時を迎えようとしていた。


静かに起動呪文を唱えた俺は、音を立てないようにしてアラン達に近付いていく。


だが、やはりアランは歴戦の戦士らしい。あっさりと気づかれてしまう。

「侵入者か……!」

アランがこちらに気づいた瞬間、彼の手が魔法陣に向けられ、光が一瞬で強く輝いた。洞窟内に響く重々しい音。彼は、俺たちの奇襲

に気付いたが、なんとか魔法陣を守り抜く形で構えを整えた。


「無駄だよ、アルヴィン君。そして君たちも。こんなところに来たところで、何も変わりはしない」

アランは冷静な表情を崩さず、一人前に出る。彼の背後では部下たちが魔法陣の補強を試みている。


「お前一人で俺たちを止める気か?」

俺は短く構えた多節棍を盾のように握り、アランを睨みつけた。


「ふん、戦闘員は君一人だろう。他の者は魔法陣をどうにかしようとしている。つまり、君を抑えるだけで時間は稼げる」

アランは模擬剣のような装飾の少ない直剣を構え、距離を詰めてくる。その動きには全く迷いがない。


洞窟の狭い空間に響く剣戟の音。俺は多節棍を短く持ち替え、盾のように構えながら、距離を保ったままアランの出方を伺う。


「時間稼ぎか。まあ、それだけ余裕があるなら、話でもするか?」

言葉を投げかけながらも、俺は動きを止めない。相手の隙を探りながら、わざと軽い調子を装う。


「面白い提案だね」

アランは剣を構え直しながら薄く笑った。その目には余裕が見える。

「ならば君たちにも教えてやろう。世界には欠陥がある。だからこそ、一度壊し、再構築する必要があるんだ。不要なものを残していては、新しい世界など作れない」


その声は洞窟の壁に反響し、鋭く耳に響く。俺は眉をひそめながら、彼の言葉を静かに受け止めた。


「……焼き物も不要なものは割る、ってことか?」

距離を取りつつ、あえて挑発的に問いかける。


アランは微かに口元を歪め、笑みを浮かべた。

「その通りだ。欠けた陶器は美しくも役に立ちもしない。だから壊す。それが当然だ。世界も同じだ。欠陥だらけの今を壊し、新しい未来を作る。それが我々の使命だ」


その言葉に、一瞬だけセラフィムの言葉が頭をよぎる。彼もまた、間接芸術の中に神の御心を見出していた


「……似てるな、お前の言葉と正統派の教えは」

俺は冷静を装いながら一歩後退し、視線を鋭く向ける。

「そう、彼も我々の同志なのさ」

再び攻勢に出るアラン。


一見似ている。

……だが、アランはそれとは決定的に違う破壊の論理を掲げている。

「お前は『金継ぎ』って概念を知ってるか?」


その問いに、アランの表情が一瞬だけ曇る。

「金継ぎ……? なんだ、それは」


その反応に俺は確信する。アランが知らないということは、彼らが本当の意味で正統派の教えを理解していないことを示している。

同時に、セラフィム様は完全に白だ、同志なわけない。


「欠けた陶器を直す技術だ」

多節棍を構え直しながら、俺は静かに続ける。少しだけ広げて板のようにして持っている棍を、太めの筒のように纏める。

「割れた部分を金で継いで、元よりも美しく仕上げる技法だよ。壊すだけじゃない。修復して、さらに価値を高めるって方法もあるんだ。それが正統派の理念にも通じてる」


アランの瞳が揺れる。その動揺が彼の部下たちにも伝わったのか、後ろで小さく目配せを交わしているのが見えた。


「セラフィム様はそのことを知っている」

俺はその言葉と同時に、丸めていた多節棍を手首のスナップだけで一気に伸ばす。

慌てて多節棍を剣で振り払うアラン。


その時、エルザの声が静かに洞窟に響いた。

「アランさん、正統派の教えは壊すことではありません。

主神が世界をお創りになったとき、すべてのものに価値をお与えになりました。必要なら壊す、だけではありません。

時に、見直し、正し、導くことが——」


「黙れ!」

アランが鋭く言葉を遮る。その冷たい視線はエルザを完全に無視している。

「我々が目指すのは理想だ。お前のような小娘が説教することではない!」


エルザは驚きつつも一歩も引かず、じっとアランを見つめていた。その毅然とした態度に、俺は心の中で密かに感嘆する。


「……随分焦ってるみたいだな」

俺はアランをじっと見据えた。彼の言葉の端々に揺らぎを感じる。


「貴様には理解できない」


「くだらない……!

修復では不完全だ!

完全な未来を作るには、過去をすべて壊す必要がある!」

アランは一気に間合いを詰めて剣を振りかざし、言葉と共に打ちかかってくる。


たが、その隙をクラリスが逃すはずもなかった。


「これで……終わり」

クラリスが魔法陣の一部に魔力を流し込むと、不気味な光を放っていた紋様が崩れ始めた。彼女の冷たい声が洞窟に響き渡る。


「魔法陣は解除された。もう終わり」

アランは振り返り、崩れゆく魔法陣を見て歯ぎしりする。


「……撤退だ!」

アランは部下に指示を出し、洞窟の奥へと撤退を始める。その目には怒りと焦り、そして何かを悟ったような複雑な感情が浮かんでいた。


「アルヴィン君、君のやり方ではこの世界は変わらない……それを覚えておくといい」

アランは捨て台詞を残し、洞窟の奥に姿を消した。


「逃げられたか……」

俺は構えを解き、息を整える。後ろでは、クラリスが冷静に魔法陣の状態を確認していた。


「あの隙を作ったのは良かった。だが次はもっと早く動く」

クラリスの鋭い声に俺は苦笑いするしかなかった。

洞窟の中には、アランたちが撤退した後の静寂が戻ってきた。だが、俺たちの心にはまだ緊張の残り香が漂っている。


「これで一段落……と言いたいところだけど、油断はできないわね」

クラリスが魔法陣の残骸を鋭い目で観察しながら言う。手際よく残りの魔法を封じ込めていく彼女の姿には、いつもの冷静さが滲んでいる。


「クラリスさん、本当にすごいです! あんな複雑な魔法陣を解除できるなんて……」

エルザが目を輝かせながら彼女に近寄る。その声には純粋な感嘆が込められている。


「師匠の弟子を名乗るならむしろ当然」

クラリスはさらりと答えたが、その冷たい声の裏には少しだけ得意げな響きが混じっている。


「でも、本当に解除できてよかったです。もし間に合わなかったら……」

エルザが不安げに呟くと、クラリスは小さくため息をつき、彼女を一瞥した。


「間に合ったのだから、それでいい。余計なことを考える暇があるなら、次に備えなさい」

その断言するような言葉に、エルザは少し戸惑った表情を見せたが、すぐに素直に頷いた。


「はい! 次はもっと役に立てるように頑張ります!」

エルザの元気な返事に、クラリスは「ふん」と鼻を鳴らしながら作業を再開する。


その様子を見ていたフィオーレが、少し微笑みながら口を開いた。

「それにしても、共和派過激分子がこんな手を使ってくるとは思いませんでしたね。アルヴィン君がいなかったら、本当に危なかった」


「いや、俺はただ手当たり次第に動いただけだよ」

俺が肩をすくめて答えると、フィオーレは少し呆れたように笑った。


「でも、あなたが時間を稼いでくれたからこそ、クラリスさんが魔法陣を解除できたんです。もっと自信を持ちなさい」

彼女の言葉には教師らしい厳しさと優しさが混じっていて、俺は少しだけ気恥ずかしくなった。


「そうそう、アルヴィン様、もっと胸を張ってください! 無能なんて口癖にするの、よくないですよ!」

エルザが明るく言いながら俺の袖を引っ張る。その無邪気な笑顔に、俺は思わず苦笑いした。


「いい加減、無能の自称を止め、私の弟弟子になる」

クラリスが冷静に付け加える。その声には、ちょっと照れているような響きも感じられる。


「弟弟子としては頼りないけど……少しは成長してる」

彼女の辛口の言葉に、俺は肩をすくめながら答えた。


「はいはい、お姉様。努力しますよ」


そのやり取りに、エルザとフィオーレが微笑みを交わしているのが見えた。


洞窟の外に出ると、夜空が広がり始めていた。風が頬を撫で、緊張していた体が少しずつほぐれていく。


「これで一件落着、かな」

俺がぽつりと呟くと、エルザが嬉しそうに頷き、フィオーレは遠くの星空を見上げた。


「でも、まだ安心はできませんね。彼らがまたどこで何を仕掛けてくるか……」

フィオーレの声には芸術への情熱とは別の、現実的な警戒心が込められている。


「その時は、私たちで対処する。悩むことは無い」

クラリスの言葉は冷静で、頼りになる響きがあった。


俺たちはその言葉に背中を押されるように、静かに歩き出した。

そろそろ無能ムーブを止めてもいいかな、などと思いながら。

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