第十八話 リア充は爆発しろです

俺はため息をつきながら、リヴィアの怒り顔を眺めていた。


「いい? この話、絶対誰にもバラさないでよ!」

リヴィアが俺を指さして怒鳴る。いや、怒る理由がよくわからないんだが。


場所は学園の旧校舎、普段ほとんど使われない外階段の踊り場。地上階と一つ上の階の間にある狭いスペースで、ひんやりした空気が漂っている。階段の入り口にはリヴィアの侍女たちが背を向けて立っているが、こちらを見ている様子はない。


「そもそも俺、何でここに呼び出されたんだっけ?」

頭を掻きながら尋ねると、彼女はさらに眉間に皺を寄せた。


「だ・か・ら!」

一言ずつ区切るようにして、彼女は拳を握りしめる。

「私にお見合いの話が来たのよ! 断るために“好きな人がいる”って嘘をついたんだけど、相手がしつこくて!」


「あー、なるほど。それで?」

俺は話の流れを察し始めたが、彼女が何を言いたいのか、まだ半分くらいしか理解していない。


「それで……その、あなたに“その相手”のふりをしてほしいの。」

リヴィアが最後の方をぼそぼそと言いながら顔を伏せる。なんだ、この珍しい反応は? 普段の突っかかってくる態度と全然違う。


「俺が? お前の好きな人のふり?」

言葉を反芻すると、リヴィアは目をカッと見開いて、勢いよく頷いた。


「そうよ! それで向こうを説得するの!」


「……まぁ、お前が困ってるなら協力はするけど、俺で本当にいいのか?」

俺は少し疑わしく思いながら尋ねたが、彼女は俺を睨むようにして答える。


「他にいないのよ! 別に本気じゃないし、ただのふりなんだから!」


彼女の必死な態度に少し笑いそうになったが、ここで笑ったら何をされるかわからない。


「わかったよ。で、何をすればいいんだ?」

俺が素直に応じると、彼女はほっとした表情を見せた。


「助かるわ。じゃあ早速、辺境伯様にそれらしく振る舞って――」


リヴィアはそのまま話しながら、俺と視線を合わせようと一段上に移動し、俺を見下ろすような位置に立った。


「……何そのポーズ。優位を誇示したいのか?」

俺が軽口を叩くと、彼女はムッとした顔で肩をすくめた。


「別に。話しやすい高さに立っただけよ!」


だが、そのまま下に戻ろうとした瞬間――


「えっ……!」


リヴィアがつま先を滑らせた。ヒールが踊り場の端に引っかかり、バランスを崩す。


「危ない!」

俺は反射的に手を伸ばし、彼女を受け止めた。勢いのまま、リヴィアは俺の腕の中に収まり、お姫様抱っこ状態になってしまう。


「ちょっ……!」

リヴィアが目を見開いて俺を見つめる。顔が近い。いや、近すぎる。


「お前、大丈夫か?」

俺が声をかけると、彼女の顔はみるみる赤くなった。


「大丈夫なわけないでしょ! 下ろしなさい!」

彼女が必死で足をばたつかせるが、俺はまだ手を離せずにいた。


「無理だって。そんなに暴れたら――」


「暴れてないわよ!」


その時、階段の下にいた侍女たちが何かに気づいたのか、こちらを見上げる気配がした。


「あっ……!」

リヴィアが慌てて俺を睨みつける。


「絶対に、誰にも見られちゃダメだから!」


「いや、もう見られてる気がするけど?」

俺が小声で言うと、リヴィアはギョッとして視線を下に向けた。そこには侍女たちが明らかに笑いを堪えている姿があった。


「……!」

リヴィアの顔がさらに赤くなる。


「早く下ろして! 何でこんなことになるのよ!」

彼女が顔を覆いながら叫ぶ。俺は苦笑いしながら彼女をそっと下ろしたが、侍女たちの視線が痛い。


「絶対、誰にも言わないでって言ったでしょ!」

侍女たちに詰め寄るリヴィアの背中を見ながら、俺はため息をついた。


「お前が勝手にバランス崩したんだろうが……」

ぼそっと呟くと、彼女がすぐに振り返る。


「何か言った?」

睨まれた俺は、あわてて手を振った。


「いや、何も。とりあえず怪我がなくて良かったな。」


リヴィアは少しだけ表情を和らげたが、すぐにきつい声で言った。

「とにかく、ふりをする以上は、絶対に変なことしないで!」


「わかったよ。でも……」

俺は侍女たちの視線が消えないのを感じながら、空を見上げた。


「俺、これで本当に大丈夫なんだろうか……」



リヴィアと俺は、辺境伯の計画に従い、お見合い相手と会うため、首都の高級カフェに向かっていた。この間、アリシアとのお見合いで使った場所とは違う店だ。カフェの名前は一応知っているが、正直、侯爵家である俺たちは社交界とはあまり縁がない。


その理由も一つや二つではないらしい。

まず、義父は次男という立場で、一時期かなり自由奔放に生きていたそうだ。そのせいで「過去のあれこれ」を掘り返されるのを避けたいという事情があるらしい。さらに、リンディさんも理由は不明だが、社交界とは距離を置いている。


……もしかして、リンディさん、乙女ゲームのライバルポジションだったりするのか?と、くだらない妄想が頭をよぎる。


そういえば、アリシアもまた、社交界とは縁がないように見える。前回のお見合いで彼女と話したときも、その手の話題が一切出なかったし、彼女の家柄を考えれば社交界に顔を出していてもおかしくないはずだ。それとも、何か理由があるのか……?

とはいえ他家の事情に首を突っ込むなんて御法度。余計なお世話と言われるだけなので気にしても仕方ない、と頭を振って考えを追い払った。


それはさておき、許嫁のいない次男以下や令嬢たちは、学園入学前から縁談が進むことも多いと聞く。だが幸か不幸か、当家うちのカインとフィオナは全く関係ない。婚約こそしていないものの、見ているこっちが「もげろ」と言いたくなるくらいのリア充カップルだ。おかげで彼らの縁談を心配する必要はなさそうだが……まあ、それと俺の話は別だ。



今日もそんな面倒な事情の中で決まった「お見合い」に同行するわけだが、正直、気が乗るわけではない。


お互いのタウンハウスから近い広場でリヴィアと落ち合ってから、カフェへ向かう途中、どうにも彼女が妙にそわそわしているのが気になる。



「本当に俺でいいのか?

というか、お前、変に緊張してないか?」


俺は隣を歩くリヴィアに声をかけた。彼女は少し目をそらし、ため息をつきながら答える。


「緊張なんてしてないわ。

ただ……あなたがいつもの調子でヘマをしないか心配なだけよ」


言い返す声にはどこか焦りが滲んでいる気がする。


「俺がヘマを?

それは心外だな」


軽く肩をすくめてみせると、リヴィアはじろりとこちらを睨み、小声で「まったく油断ならないんだから……」と呟いた。その横顔をちらりと盗み見ると、少し赤くなっているように見える。


その赤みが冷たい冬風のせいなのか、それとも別の理由なのか――気になりながらも、俺は何も言わず、歩調を合わせてカフェへと足を進めた。



そんなやり取りをしていると、正面から見知った顔が現れた。


「アルヴィンさん? こんなところで偶然ね」


その声に驚いて顔を上げると、セリーナとエルザが立っていた。二人とも手にお土産袋を持ち、どこか楽しげな様子だ。


「セリーナ、エルザ。どうしてここに?」


「別邸に遊びに行こうと思って、お土産を選んでいたの。あなたたちは?」

セリーナが俺とリヴィアの間を見比べる。興味津々というより、何かを見極めようとしているような表情だ。


「あー、それは……」

俺が言い淀むと、リヴィアが間髪入れず口を挟んだ。


「私たちは首都で用事があって、そのついでよ」


リヴィアの返答はさらりとしているが、その声にはいつもより張り詰めた雰囲気が感じられる。セリーナはわずかに目を細め、探るような笑みを浮かべた。


「ふーん、ついでね……アルヴィンさん、最近は随分と忙しそうだけど、こんな風に二人で過ごす時間もあるのね?」


「えっ?」

俺はきょとんとしてしまう。二人で過ごす時間? 何を言っているんだ?


「この間はアリシアさんとのお見合いで忙しいって聞いたけど、リヴィアさんとはこうして首都で一緒に? なかなか有意義そうね」

セリーナは柔らかい声のまま、リヴィアの方にちらりと視線を送る。その意味ありげな表情が何を考えているのか分からず、俺はなんだか背筋がぞわっとした。


「……ただの用事よ。それに、アリシアとはもう終わっているわ」

リヴィアが即座に言い返すが、微妙に声が硬い。

……いや、その言い方はどうなの?

しかし、その余裕のなさにセリーナはさらに笑みを深める。


「そう? でも、こうして二人でいるのを見ると……ねぇ、エルザ?」


「ええ、ちょっと羨ましいくらいです」

エルザが小さく笑うが、その目には微妙なからかいが浮かんでいるように感じる。


その言葉の応酬がまるで何かの暗号のようで、俺にはさっぱり意味が分からない。ただ、なんとなく俺が蚊帳の外に置かれている感じがして、妙な居心地の悪さが胸の奥に広がっていく。


そんな緊張感が高まりかけたそのとき、近くから柔らかな声が響いた。


「リヴィア嬢でしょうか?」


振り向くと、端正な顔立ちの青年が立っていた。整ったスーツを着こなし、上品な笑みを浮かべている。その佇まいからは一切の隙が感じられない。彼こそ、リヴィアのお見合い相手であるアラン・シュトラウスだった。


「リヴィア嬢、お噂はかねがね伺っております。本日はお会いできて光栄です」

アランが丁寧に頭を下げる。その仕草一つ一つが計算され尽くしているかのような優雅さだった。


「こちらこそ、お会いできて光栄ですわ」

リヴィアも礼儀正しく応じたが、その声にはどこか刺々しさが混じっている。いつもの彼女よりも妙に硬い態度に、俺は軽い違和感を覚えた。


その後ろで、リヴィアはちらりとこちらを見たが、何も言わずアランに向き直る。


「では、中で話をしましょうか」

アランが穏やかに促すと、リヴィアは無言で頷いた。


俺は彼らを見送りながらカフェの扉の前で足を止めた。胸の奥にわずかな違和感を覚えながらも、口にするべきではない雰囲気にため息をつく。


「そちらは……お連れの方でしょうか?」

アランの視線が俺に向けられる。その笑みは温和そうだが、瞳の奥には冷たさが宿っている気がした。


「ああ、俺はアルヴィンだ。リヴィアに頼まれてついてきたんだよ」

軽く手を挙げて応じると、アランの表情にわずかな変化が見えた。


「アルヴィン? そうですか……」

彼の声に込められた微妙な間。ほんの一瞬だけ険のある視線が俺に向けられる。しかし、すぐに元の柔らかな表情に戻った。


「で、後ろの方々は?」

アランが視線をセリーナとエルザに移す。


「リヴィアさんの友人です。ちょっと緊張されているんで、お節介ですけどついて来ました」

セリーナが軽やかに応じると、エルザも控えめに頷く。


「お兄様の前だと強気なんですけどね」

セリーナがリヴィアをからかうように付け加えると、リヴィアは一瞬ムッとした表情を浮かべた。


「そうですか。アルヴィン君は頼れる方のようですね」

アランは再び俺に目を向け、柔らかな笑みを浮かべた。その口調は穏やかだが、どこか含みを感じさせるものだった。


そんな微妙な空気の中、セリーナがニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。


「リヴィアさん、もしかして……この方がお見合い相手なの?」


「あ、ああ、そうだが……」

リヴィアが戸惑いながら答えると、セリーナは俺を見て、さらに意味ありげな笑みを浮かべる。


「ふーん、アルヴィン君が付き添いねぇ……そういえば、好きな人がいるって理由で断ってたんでしたっけ?」


「なっ……!」

リヴィアが真っ赤になって声を上げようとした瞬間、アランがゆっくりと口を開いた。


「それなら、リヴィア嬢の信頼を得ているこの方が、どれほどお強いのか拝見したくなりますね」

その穏やかな提案に、俺は眉をひそめた。


「いや、俺はそんな――」


「彼は――」

リヴィアが慌てて制止しようとするが、アランはどこか余裕のある態度で続けた。


「こういった場での実力の確認は、紳士として当然かと」


彼の一言に、周囲がざわめき始める。俺は思わずリヴィアを振り返った。


「おい、どうするんだよ?」


リヴィアは困ったように口を開こうとしたが、セリーナがニヤニヤとしたまま呟く。


「ほら、リヴィアさんの“好きな人”なら、このくらい余裕でしょ?」


「おい! そもそも何でそんな事知ってるんだ?」

俺が声を上げると、セリーナは肩をすくめながら涼しい顔で答える。


「実は、鎌をかけただけなんですけどね」


俺はその瞬間、言葉を失った。思わず突っ込もうとしたが、既に引き返せない流れになっていた。




広場に集まった人々が見守る中、俺とアランは向かい合った。

普段なら使い慣れた多節棍だが、今日は手に借り物の木刀二本。

リヴィアが「注目されないように」と言い出した結果だが、使い慣れていない剣での戦闘がどれだけ大変か、彼女は知らないだろう。

「……なんで二刀流なんて選んだんだよ、俺」

心の中で愚痴りつつも、今さら後には引けない。


「準備はよろしいですか?」

アランが静かに問いかけてくる。肉厚の模擬剣を構えたその姿は一切の隙がなく、余裕に満ちている。だが、俺はその笑みにどこか引っかかるものを感じた。その笑みの奥に、探るような意図が見え隠れするのだ。


「まあな」

俺が軽く返事をすると、審判役を務める衛兵が開始の合図を告げた。


「始め!」


アランは瞬間、迷いなく踏み込み、優雅な動きで剣を振り抜いた。

その動きは流れるように滑らかで、無駄が一切ない。

その速度と正確さに俺は思わず後退する。


「おや、普段の武器と違うようですね」

軽い挑発が混じった声に合せて剣戟が飛んでくる。

俺は木刀を交差させて何とか受け止めるが、模擬剣の重みが腕に響く。

「っ……!」

衝撃に耐えきれず、一歩後退する。やはりこの武器は手になじまない。多節棍ならもっと楽にいなせるのにと考える自分を叱咤しつつ、アランを見据えた。


「どうしてそれを?」

俺が警戒しながら距離を取ると、アランはにっこりと微笑む。


「噂話は耳にするものでしてね。

多節棍を自在に操る方が、なぜ今日は二刀流を選んだのか……少々不思議に思っただけですよ」


「余計なお世話だ」

俺は短く答えながら、木刀を構え直す。しかし、やっぱりいつもの多節棍とは間合いも要領も違い、どうにもぎこちない。

勿論、剣の方もアニスに散散鍛えられているから普通に扱えるのだが、咄嗟の間合が違うというのは結構厳しいものがある。

だが……この変な動きなら、無能ムーブに持って行くことも可能だろうと、ポジティブに考えることにする。リヴィアが撰んだんだから、文句も出まい。


「どうしました? まるで自分の武器に馴染んでいないようですが」

アランが剣を振りながらさらに挑発してくる。


「余裕そうだな」

俺は不器用な二刀流で応戦しつつ、できるだけ冷静を装うが、実際は内心で冷や汗が止まらなかった。


「アルヴィン! 無理しないで、ちゃんと戦いなさい!」

リヴィアの声が飛んできた。その声には心配と苛立ちが混ざっている。振り返るわけにはいかないが、彼女が拳を握っている姿が目に浮かぶ。


「アルヴィンさん、頑張って!

負けたらリヴィアさんが恥をかくのよ!」

その直後、セリーナの声も響く。やけに楽しげな口調だが、微妙に挑発的なニュアンスが含まれている。


「どっちの味方だよ……」

俺が小声で呟くと、アランがそのやり取りに気付いたのか、意味ありげに笑った。


「人気者ですね、アルヴィン君は。どちらの声援に応えられるのか、見せていただきましょう」

彼の剣が鋭く迫る。咄嗟に木刀で防御するが、摸擬剣とは思えない衝撃で、手首に響く重みが思った以上だった。


「くっ……!」

衝撃に耐えきれず後退する俺に、リヴィアがさらに声を張り上げる。

「何やってるのよ! アルヴィンらしくもっと動きなさい!」


「らしくって……そんな簡単じゃないんだよ!」


反論しながらも、彼女の声が少しだけ俺を冷静にしてくれる。だが、横からエルザの声が飛び込んできた。


「お兄様、ほら、もっと真面目に戦って!

私のために頑張ってくれてるんでしょ?」

「わかってるよ!」

何か背後で言い争いしてる気がするけど、それどころじゃ無い。

三人の声援(という名の圧力)に挟まれながら、俺は木刀を振るう手に力を込める。

くそ、下手に負けて無能ムーブするわけにも行かなくなったじゃ無いか。




アランはその間も隙を見逃さず、俺に一撃を加えようと剣を振り抜いてくる。そのたびに木刀で防御し、どうにか距離を取るが、追い詰められているのは明らかだった。


「やはり、多節棍ではなく二刀流というのは慣れていないようですね」

アランが軽い笑みを浮かべながら、さらに間合いを詰める。その動きには、一切の無駄がない。


「……あんた、本当にお見合い相手か?」

俺が反射的に呟くと、彼の動きが一瞬だけ止まった。


「どういう意味ですか?」

その声色が微妙に冷たくなった気がしたが、俺はそのまま踏み込む。


「いや、剣の腕が妙に良すぎると思ってな」

木刀を振るいながら応じると、彼は軽く笑った。


「これはただの趣味ですよ」



アランの剣が再び鋭く振り下ろされる。

三人の声援の励まされながらなんとか凌いでいるが……アランの剣は次第に鋭さを増し、俺の防御を次々と弾き飛ばしてくる。


(くそ、これ以上は無理か……)


「アルヴィン! 頑張りなさい!」

「そうよ! これで負けたらダメだからね!」


その声に背中を押されるように、俺は木刀を逆手に持ち替え、剣筋を逸らすように動かした。だが、その衝撃で一本の木刀が根元から折れ、地面に転がった。


「……!」

後ろに退きながら、残る一本を握り直す。だがアランの模擬剣がもう一度襲いかかる。


咄嗟に木刀を振り抜くと、模擬剣の軌道を逸らしながら、その勢いでアランの剣が宙を舞う。ほぼ同時に、俺の木刀も手から弾き飛ばされた。


広場は一瞬静寂に包まれる。俺はアランと距離を取りつつ、互いの状況を確認した。

「……ふう、これでおしまいだな。引分け、と言う事で良いかね」

アランが落ち着いた声で呟く。模擬剣を拾い上げるその動きに乱れはない。

「そうみたいだな」

俺が息を整えながら言うと、アランは肩をすくめて苦笑した。


「素晴らしい戦いでした」

彼は剣を拾い上げ、再び礼儀正しい態度を見せる。その表情は穏やかだが、どこか底知れないものを感じる。


「さすが、リヴィア嬢の近くにいる方ですね」

アランの言葉に、リヴィアが胸を張るように答える。

「当然よ。アルヴィンはこれでも優秀なんだから」


セリーナはそんな彼女を見てニヤリと笑い、俺に向かってひらひらと手を振った。

「お疲れさま、アルヴィン君。リヴィアさん、ずいぶん嬉しそうね?」


「そ、そんなことないわ!」

リヴィアが顔を真っ赤にして否定する。。

そして「本当にもう、無茶ばっかりするんだから」とぽつりと零す。

なんだこの微妙な反応は?


その様子に、アランは微かに目を細めた


「それにしても、アランさんってやっぱりすごい人ね」

セリーナが少し感心したように言いながら、エルザに視線を向ける。


「そうですね……でも、ちょっと気になることがあります」

エルザはいつもの静かなトーンで答えたが、その目はアランをじっと見つめていた。


「何か引っかかるのか?」

俺が尋ねると、エルザは少し考え込むように目を伏せる。


「夜盗の話です。修道士見習いの友人たちが、別邸に来たときにその話を聞きました。アルヴィン様が夜盗退治に参加した、と……」


「ああ、確かにやったけど、何か問題でも?」

俺が首をかしげると、エルザは首を振った。


「それ自体は問題ではありません。

ただ……若い友人達が言うには、参加したであって、指揮したじゃ無いんです。

弟のカイン様が指揮して、お兄様はそれを補佐していたって聞いたんです。一体どこからお兄様が指揮したって伝わったんでしょう。

それと、アランさんの動きと視線が、少し不自然に思えたんです」


「不自然?」

リヴィアが口を挟む。


「はい。夜盗の話がちらりと出たとき、彼の表情がほんの一瞬、冷たくなりました。普段の優雅さとは違って、感情を抑え込むような感じで……」

エルザの言葉に、俺たちは少し沈黙した。


「そんなの、ただの偶然じゃないか?」

セリーナが軽く肩をすくめて言うが、エルザは首を横に振る。


「もしかしたら私の思い過ごしかもしれません。でも……修道士の友人が、夜盗たちが“組織的に動いていた”と話していました。その背後に誰かがいる可能性も否定できません」


その言葉に、リヴィアが僅かに眉を寄せた。

「まさか……アランさんが関わっている、と?」


「そんなことは言いません。ただ……何か違和感を覚えるんです」



「お待たせしました」

アランがにこやかに戻ってきた。リヴィアに向けるその微笑みは紳士的そのものだが、エルザの視線はまだ鋭い。


「リヴィア嬢、本日は素晴らしいお時間をありがとうございました。次回はぜひ、もっと静かな場所でお話を……」

そう言って、アランはリヴィアに軽く頭を下げる。


「……ええ、また機会があれば」

リヴィアがぎこちなく返事をする。彼がその場を去ると、俺たちは何とも言えない空気に包まれた。


「あの人、本当に何か隠してるんじゃない?」

セリーナが冗談めかして言うが、その言葉にエルザは首を振らなかった。


「……アルヴィンさん、今後も少し気をつけた方がいいかもしれません」

彼女が静かに言ったその言葉が、やけに心に引っかかった。


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