歪な線こそ愛を証明する

 あ、という小さな声は、手にしていたものがシンクにぶつかる音にかき消された。

 水を張った大きなボウルに浸したマグカップの持ち手をつかんで引き寄せたときにそれは起こった。マグカップの中にあった水を流していた角度で、器が持ち手から外れてシンクに落ちる。幸いにも高さはあまりなかったのでそれ以上割れるどころか欠けることもなかった。

 それに呼応するように、ボウルに入ったもう一方のマグカップに薄ら入ったヒビを見つける。この二つは、きみとわたしがまだ恋人だった十年前、交際一ヶ月記念日にペアで購入したものだった。この十年を「まだ」と呼ぶのか「もう」と呼ぶのかはわからないけど、とにかく寿命ということなのだろう。きみが不思議そうな顔をしてキッチンにやって来たから、ありのままを話した後、不燃ゴミの日までダイニングテーブルの端に置いておこうと、綺麗に洗ってから袋に入れた。新しいものを買おうよ。きみの提案に力なく頷く。形あるものはいずれ壊れるけれど、ずっと身近にあったものがなくなるのは、とても寂しい。

 その週末、起きたら隣にきみの姿がなかった。いつもわたしのほうが早く起きるのにと思いながらリビングの扉を開けると、気づいたきみが笑顔でおはようと出迎える。返すように「お」を口にしたところで、テーブルの上に違和感を抱いた。それに手を伸ばすと、ネットで見て試してみたのだときみは言う。分離されたはずの持ち手と器は繋がり、ヒビが入った器もその跡が隠されている。代わりに、金色の歪な継ぎ目が入っていた。

 何度だって直すから、できる限りこのマグカップを使おうよ。きみの提案に力強く頷く。それからも幾度となく思い入れのある食器は欠けたりヒビ割れたりするけれど、その度に幾度となくきみは金継ぎを施してくれる。元あった形には戻らないけれど、寂しさを抱く回数はほとんどなくなった。

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