第一ボタンにさようなら
まじめな男が好きだってきみが言うから、ぼくは学ランの第一ボタンを留めた。中学生の頃はずっとボタンをすべて開けていたぼくのその様子の変化から本気度をわかってほしい。なんて言ったって、きみは「はいはい」って受け流すことを知っている。
少年漫画に出てくる保健室の先生は若くて綺麗でちょっとエッチなのが鉄則だ。だけどぼくの通う学校の先生は若くて綺麗だけど全然エッチな素振りを見せてくれなかった。保健室の天使や小悪魔というあだ名をつけられることもない、ただただ一人の大人の先生だった。
ねえねえ、連絡先を教えてよ。ねえねえ、デートしようよ。ねえねえ。何回話しかけて誘い出して、それを軽くかわしていく。サボろうとしたら教室に帰されるし、生徒の悪事にも加担してくれない。でも、ぼくが親と喧嘩して教室に行けるような精神状態じゃなかったとき、きみはそれは体調不良だと言ってベッドを使うことを許してくれた。きっと学校にバレたら怒られるのはきみなのに。そんなきみだから、ぼくは恋に落ちてしまった。
ねえねえ、好きなタイプは? まじめな男。じゃあぼくみたいな男のことだね。はいはい。一年生のときにした会話を覚えているのはぼくだけだってわかってるよ。
今日、ぼくは卒業する。第一ボタンを握り締めて、もう二度も訪れることのない保健室へ。餞別にあげるよ! と言ったらきみは「はいはい」と言いながら手を伸ばして「第二ボタンは好きな女の子にあげなよね」と笑った。ぼくもそれに当たり前じゃんと笑いながら、きみの手のひらに第一ボタンを落とした。
まじめな男が好きだってきみが言うけど、ぼくは学ランの第一ボタンをもう留められなくなった。ああ、ぼく、きみが好きなまじめな男にはなれなかったね。
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