たくさんの砂糖の代わりにあったもの

 人の趣味嗜好は変わるものであり、学生時代はリプトンのレモンティーにさらに砂糖を足した紙パックにストローをさし一リットル飲んでいたのが、社会人になった今では紅茶を飲まないどころか常飲するものはブラックコーヒーと言うようになった。苦くて口にしなかったものを日常的に飲むようになるだなんて時の流れは恐ろしいものである。

 仕事に一区切りできて休憩室に行くと、外回りを終えて戻ってきたであろうきみと目が合う。飲む? と聞くきみに頷くと、きみは右手で自動販売機を操作した後、音を立てて落ちてきた黒い円柱をわたしに渡した。「BLACK」「無糖」と書かれたそれと同じものがきみの左手にもあるのを確認し、プルタブを開けて喉に流し込む。

 幾度となく繰り返されてきたやり取りの数を息をするように数えた。そしてその回数が百八回に達したとき、そのカウンターは突如として停止する。いつものように、飲む? と聞くきみに首を横に振る。飽きてしまったのだと言うときみは少しだけ寂しそうに微笑んだ後、缶を口につけ一気に傾けた。唇から離れ、空いた缶はゴミ箱へ。缶が左手から消えた瞬間に目に入る、薬指に光るシルバーリング。ほどなくして休憩室に行くたびにわたしは自動販売機でレモンティーかミルクティーを選ぶようになった。

 ブラックコーヒーは常飲していただけで、常が愛に変わることなんてなかった。甘いものが好きで、苦いものは嫌い。人の嗜好なんてそうそう変わるはずもなかったのだ。

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