【6:仕事の話(上)】

「遠いところを済まない、アーデライド」


 ブラウエル少尉と冒険者たちを互いに紹介し、場が落ち着いたところでレフノールが言った。


「気にしないで、路銀を持ってくれてるんだから」

「仕事の話ですからね」


 応じたのは4人の取りまとめ役のアーデライド。頷きながら、アーデライドの隣に座った魔術師のコンラートが付け加える。


「彼女たちを雇おうと?」

「そう。いろいろとやってほしいことがあってね」


 念を押すように尋ねたブラウエル少尉に、レフノールが頷く。


「お姉さん、オススメなに? ……うん、じゃあそれ2皿。エールを……大尉さんたちはお酒駄目だよね? じゃあジョッキで4つ。あと野菜のローストできる? 適当に盛り合わせて、それも2皿。一緒にパンもお願い」

「ヴェロニカ、大尉が仕事の話を――」


 早速注文を始めたヴェロニカを窘めるようにリオンが口を挟んだ。


「いいよ、俺が適当に注文してくれって言ったんだし」

「ほら。お話だってちゃんと聞いてるよ?」


 言いながら、ヴェロニカが座り直してレフノールたちの方を向く。


「――そういえば、少尉さんはいないの?」


 好奇心と心配が半々、という風情で、ヴェロニカが尋ねた。その場にいるブラウエル少尉のことを指しての質問でないことは全員に理解されている。


「少尉じゃないし、俺の直接の部下でもなくなった。えーと、最初の依頼のときにいた、小柄で短髪の少佐は憶えてるか?」

「グライスナー少佐?」

「そう、その少佐。いまは中佐で、俺の上官になってる。で、メイオール少尉は中尉になって、中佐の下で歩兵小隊をひとつ任された。俺は部隊の本部付と輜重の小隊長を兼務」

「……忙しそう」


 くすくすと笑いながら、ヴェロニカが言う。


「忙しいよ、おかげさまでね」


 肩をすくめながら、レフノールが応じた。


「中尉のことが気になるようなら、君らが泊まってる宿を教えてくれ。あとで伝えておく。彼女も君たちとは話したいだろうしな」


 それじゃ、とコンラートが告げた宿の名を、レフノールは蝋板に書き留めた。


「で、仕事の話は?」


 アーデライドが促す。


「君らへの手紙でも書いたが、一言で言えば『長期で雇われてほしい』という話だよ。君らのような小回りが利いて器用な連中というのは、正直なところいくらいてくれてもいい」

「それは光栄。ついでに便利、というわけですか」

「それもある」


 自分で言うかな、と思いながら、混ぜ返すようなコンラートの言葉に、レフノールはそう応じた。事実として、冒険者たちは便利なのだ。能力といい、規模といい、話の通りやすさといい、レフノールが得難いと思う程度に。


「まあ、不満はありませんよ。大尉は仕事にはいつも報いてくれる。私たちから見ても、いい依頼人です」


 肩をすくめてコンラートが言う。

 お待たせしました、という声とともに、テーブルに皿が並べられた。茹でたソーセージが幾種類か、よく焼いたベーコン、切り分けられたパンの皿もある。


「野菜はもう少々お待ちを!」


 はきはきと告げた店員はジョッキを並べて去っていった。


「あたしにも不満はないかな!」


 並べられた皿とジョッキを見ながら、ヴェロニカが笑顔で断言する。


「……飲み食いしながらでいいよ」


 ひらひらと手を振りながら、レフノールが言った。リオンの詫びるような会釈に、いいよ、ともう一度手を振る。レフノールとしても、細かい行儀を守って欲しくて呼んだ相手ではない。もともとレフノール自身があまり気にしない性質でもあった。


 さて新しい部下はどうかな、と見ると、ブラウエル少尉は、笑ってよいのかどうかわからない、という表情になっている。多少の驚きや不満はあれど、言葉にも表情にも出すほどではない、ということなのだろう。

 差し当たり、レフノールにとってはそれで十分と言える。あからさまに嫌悪感を表したり見下した態度を取るのでなければ、どうとでも付き合いようはあるからだった。


「耳だけ貸してくれ。言ったとおり、俺は君たちを長期で雇いたいと思ってる。実力の程は見ているし、君たちが仕事を投げないことも知っている。現地で信頼できる腕利きを雇えるならそれもいいんだが、正直俺はそこまで楽観的になれない」

「嬉しいことを言ってくれるじゃない」


 かじりついたソーセージを飲み込んで、アーデライドが笑う。


「偽らざるところだよ」


 レフノールとしても方便というつもりではない。腕利きで信頼できる冒険者は、望めばいつでも雇える、というようなものではない。


「嬉しいけど、お世辞を聞いておしまい、って話でもないでしょ?」

「そうだな、仕事の話だ。やってほしいことはいろいろある」

「たとえば?」

「まず、任地近辺の地図と地誌が欲しい」

「どちらも、軍で作ってるやつがあるんじゃないんですか?」


 解せない、という風情でコンラートが尋ねた。


「あるよ。いい加減なやつが。……君ら、一度、横転した馬車を助けてくれたことがあったろ? あれなんかがいい例なんだが、あの北境街道って軍の地誌だと『馬車通行可』としか書いてないんだ。小型馬車なら通れるということなのか、大型もいけるのか、大型はすれ違えるのか、すれ違いができる箇所が限られてるとしたらそれはどこか。水が補給できる場所、露営可能な地点。全軍で共有されてる地図や地誌には、その辺が全く書いてないわけだよ」

「あとは現地で確かめないといけない、ということですか」


 レフノールとコンラートのやり取りに思い当たるところがあったのか、ブラウエル少尉がかすかに顔を歪める。


「まさに。部隊の兵站なり騎兵なりが直接行って確かめてもいいんだが、俺もブラウエル少尉もあっちへ行けば忙しいし、騎兵だって暇なわけじゃない。現地の部隊だって下手な奴に訊いたら何を掴まされるかわからない。となれば……というわけさ」

「あたしらも別に専門家じゃないよ?」

「知ってる」


 アーデライドの台詞を、レフノールはあっさりと受け流す。


「だが、狼騎兵の足跡を辿って宿営地の正確な場所を割り出し、それを地図にして俺や俺の上官に解るように説明してくれる能力はあった。専門家じゃあないかもしれんが、差し当たりそれで十分だろ」

「……よく憶えてらっしゃる」

「君らみたいな連中のいい仕事ぶりは、きちんと憶えておかないとな」


 満更でもなさそうなアーデライドに、レフノールも笑って頷いた。

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