秘話4-2:流涙

 朧月:「秘話4-2:流涙」を8000字以内で執筆してください。

 セリア視点。

 「秘話4:凶終」の裏の話。

 セリアが厄災級モンスターに倒される辺りから始まり、アルトが立ち直るところまで。

 精神体だけになったはずなのに、涙が頬を流れるシーンで終わる。



 ☆----☆


 あの瞬間、自分が消えることをセリアは理解していた。

 厄災級モンスター「カタストロフィス」の圧倒的な力の前に、アルトを守りながら戦い続けることができる余力はもう残されていなかった。

 アルトが右腕を失い、血を流しながら倒れる姿を見た瞬間、セリアの心に絶望が広がった。


『アルト……!』


 叫び声が漏れる。

 彼が倒れるたびに、自分の力が及ばなかったことを痛感し、胸が締め付けられる。

 セリアは精霊として彼を支え、守るために存在してきた。

 それなのに、今この最も危険な戦いで、彼を守れない自分が恨めしかった。


『私は……何をしているの……?』


 セリアは精霊体としてアルトに寄り添い、少しでも彼の痛みを和らげようと努めた。

 だが、それも無力だった。

 厄災級モンスターの一撃が彼女に迫る。

 その瞬間、アルトの叫びが響いたが、セリアは動けなかった。

 目の前に迫る巨大な爪――それが自分を貫き、すべてを終わらせる運命を理解していた。


『アルト、ごめんなさい……』


 彼女の心は痛みで満ちていた。

 アルトを守れない、彼と一緒にいられないという事実が彼女を打ちのめしていた。

 爪が彼女の身体を通り抜け、彼女の精霊体はそのまま砕け散っていく。


 視界がぼやけ、すべてが暗転し始めた。

 彼女は精霊であるため、肉体は持たない。

 けれども、この感覚は何かが終わり、永遠に失われていくという絶望感そのものだった。


『アルト……』


 彼の名前を最後に呟きながら、セリアの意識は完全に消え去った。



 ----


 しかし、セリアは完全には消え去っていなかった。

 彼女は依然として精霊としての存在を保っていた。

 だが、それはかつてのように形を持ち、実体化できるものではなかった。

 ただの霊体、影のようにアルトを見守る存在となっていた。


『ここは……』


 セリアは漂うようにして存在していた。

 目の前にはアルトが血まみれで倒れている姿が見える。

 右腕を失い、セリアを失いながらも、彼は戦い続けていた。

 彼の目には絶望が浮かび、満身創痍の身体でモンスターに立ち向かっている。


『もうやめて、アルト……』


 セリアは声にならない叫びを上げた。

 彼がこれ以上傷つく姿を見たくなかった。

 自分が消え去ることになったとしても、彼だけは生き残ってほしかった。

 それが彼女の願いだった。


 しかし、彼女の言葉は届かない。

 彼は戦い続け、必死に剣を振り続けた。

 モンスターの猛攻に耐え、最後の力を振り絞って一撃を放った。

 巨体が倒れる音が響き、戦いは終わった。


 だが、アルトは勝利の喜びを感じる余裕などなかった。

 ただ虚ろな目をしながら、倒れ込んだまま動かない。

 セリアは彼の傍に漂いながら、どうにかして彼を助けたいという思いでいっぱいだったが、何もできなかった。


『アルト……お願い、生きて……』


 彼女の心は、彼が目を閉じて動かなくなるたびに引き裂かれるようだった。

 自分がいなくなったことで、彼の心が壊れてしまうのではないか――その不安がセリアの胸を締め付けていた。



 ----


 時間が経過し、アルトは何とか故郷へ帰還することができた。

 しかし、彼の心は完全に壊れていた。

 右腕を失い、セリアを失った彼の姿は、生きる屍のようだった。

 セリアはそれでも、彼の傍に漂い続けていた。

 彼に触れることも、声をかけることもできなかったが、どうしても彼のそばを離れることができなかった。


(アルト……私のことなんて、忘れて……)


 セリアは何度も心の中でそう訴えた。

 彼が前に進んでくれることが、彼女にとって一番の望みだった。

 それでも、彼は虚ろな目をして日々を過ごし、家族ともほとんど言葉を交わさないまま時間が過ぎていった。


 彼が夜の静けさの中で一人、セリアの名前を呟くたびに、彼女は悲しみに襲われた。

 自分の存在が、彼をここまで苦しめていることが耐えがたかった。


『私は……あなたを愛してる。 でも、それがあなたを苦しめるなら……私は消えてしまいたい……』


 精霊であるセリアは、こうして彼のそばにいることさえ、彼の幸せを妨げているのではないかと思っていた。

 アルトが立ち直る姿を見たかったのに、彼は日に日に消耗していく。



 ----


 しかし、少しずつ、アルトに変化が訪れ始めた。

 最初はほんの小さなことだった。

 妹のミアが彼を支え、家族が彼を気にかけていることに、アルトが気づき始めたのだ。

 彼は少しずつ、だが確かに家族と向き合うようになった。


 セリアはその変化を遠くから見守っていた。

 彼が少しずつ元の自分に戻り始めるのを感じ、心の中で安堵していた。

 彼が生き続けてくれる――それだけが、彼女にとっての救いだった。


 そしてある夜、アルトが月明かりの下で静かに目を閉じ、セリアのことを想いながら空を見上げていた。


「セリア、俺は前に進むよ……まだ、お前のことは忘れられないけど……それでも、生き続ける」


 その言葉に、セリアは思わず胸が詰まるような感覚を覚えた。

 彼がようやく立ち直り始めたことに、セリアの心は満たされた。


 彼女は彼をずっと見守り続けてきた。

 彼が苦しみの中から抜け出す姿を見て、ようやく彼に幸せが訪れることを願えるようになった。


『アルト……ありがとう……』


 その言葉が彼に届くことはない。

 彼女はもう実体を持たない存在だ。

 それでも、彼が再び歩み始める姿を見て、彼女の心は救われた。


 その瞬間、セリアの頬を一筋の涙が流れた。

 精霊である彼女は、本来涙など流すことはないはずだった。

 それなのに、彼女の頬に涙が伝い、ゆっくりと地面に落ちた。


『私は……ここにいる。 ずっと、あなたのそばに……』


 彼女の存在が消えても、彼への想いは永遠に残り続ける。

 アルトが歩むその道を、セリアはこれからも見守り続けるだろう。



 ☆----☆


 お読みいただきありがとうございます!


 無事凱旋を果たしたアルト達が知ることのない、もしもの話。

 今を生きる誰の耳にも届かない秘された話。


 セリア視点は絶対必須だろうと思って。

 いつか必ず、二人は再会できるでしょう。

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