■35 こんなに星が綺麗だなんて…  / 「命を削る魔紋刻印師」

酒場を後にした三人は、夜の街をゆっくりと歩いていた。町の夜は昼間とは違った静かな美しさがあり、石畳の道に月明かりが優しく降り注いでいた。冷たい風が肌を撫でる中、遠くで小さな家々の窓から漏れる温かな灯りがちらほらと見える。零たちは静かな夜の空気に包まれ、互いに言葉を交わさずとも、心の中で穏やかな時間を共有していた。


「ここまで色々あったけど…やっぱりこういう普通の時間が一番大事なんだよな。」零がふと呟くと、その声は静かな夜に溶け込み、まるで月に向けた独白のようだった。


麻美が微笑みながら、「ええ、そう思うわ。冒険は刺激的だけど、やっぱりこうして何気ない日常に戻れるのは、本当に幸せなことよ。」と隣に並びながら答えた。


「ま、そうだな。俺たちは常に戦い続けるわけじゃない。こうして平和な時間を守るために戦ってるんだからな。」守田は肩をすくめつつも、どこか深く同意するように頷いた。


三人が歩いている道は、町の中心から少し外れた静かな通りだった。市場や酒場の賑わいから離れ、人通りも少なく、夜の静寂が深まっていく。道端には小さな花壇が並び、月光に照らされた花々が静かに揺れていた。どこからか、遠くの川のせせらぎが聞こえてくるような気さえする。


「そういえば、次はどうする?」零が立ち止まり、二人に問いかけた。


麻美は少し考え込みながら、「私たちにはまだ多くの試練が待っているわ。でも今は、少しだけ休んで、この町で何かできることがないか探してみるのもいいかもしれない。」と提案した。


「それも悪くないな。」守田は同意しつつ、「この町には俺たちが知らないことがまだたくさんありそうだ。冒険だけが目的じゃなくて、ここで少しの間、のんびりするのも悪くない。」と言った。


零はその言葉に満足げに頷き、「そうだな。俺たちが力を使うべき時が来れば、また進めばいい。今はこの静かな夜を楽しもう。」と微笑んだ。


三人はしばらくの間、静かな通りを歩き続け、やがて宿へと戻った。宿の前には、小さな庭があり、月明かりの下で木々が静かに揺れていた。夜の冷たい空気が肌に心地よく、宿の扉を開けると、温かな灯りと共に、心地よい静けさが彼らを迎えた。


部屋に戻ると、麻美が窓際に立ち、夜空を見上げた。「こんなに星が綺麗だなんて…」彼女の声は静かで、まるで夢の中にいるようだった。


守田はベッドにどっかりと腰を下ろし、軽く背伸びをして大きく息を吐いた。「ああ、俺たちには次の戦いに備えるためにも、この静かな時間が必要だ。体を休めて、また新たな力を蓄えよう。」


零は椅子に座り、手首に巻かれた数珠を見つめながら、「そうだな。この力を十分に使いこなすには、俺たちももっと強くならなきゃならない。でも、焦る必要はない。俺たちはこれまで通り、自分たちのペースで進めばいい。」と優しく言った。


その言葉に麻美も頷き、「そうね。無理せず、次に進む時が来たら、その時に全力を出せばいい。」と言いながら、再び窓の外に目を向けた。


町の静かな夜は、彼らの心に深い安らぎをもたらしていた。この場所で過ごす平穏な時間が、次に待ち受ける試練への力を養う時間になるのだと、三人はそれぞれに感じ取っていた。


「明日もまた、この町で何か見つけられるかもしれないな。」零は静かに呟き、窓の外の星空を見上げた。


「ええ、きっと素敵な何かが待っているよ。」麻美は柔らかく微笑み、星空に向かって手を伸ばすように静かに呟いた。


夜はますます深まり、静寂の中で三人はそれぞれの思いを胸に眠りに就いた。次の冒険がどのような形で彼らを待っているかはまだ分からないが、今はただ、この静かな夜を楽しむことに全身を委ねた。


町の灯りが消えていき、星々が輝く夜空が彼らの夢を見守っていた。


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「命を削る魔紋刻印師」


ルナリアの大陸に、わずか3人しか存在しない特別な職人がいた。その名は、魔紋刻印師。彼らは、武具や魔石に魔力を込め、刻み込むことで強大な力を宿すが、その代償は大きい――彫るたびに、彼らは自らの寿命を削るのだ。


そのうちの一人、セリスは53歳の男だったが、その容貌はすでに老け込んでいた。20歳の頃から彫り始め、数々の依頼を受けてきたため、彼の体は寿命を削られ続けていた。それでも彼の目は鋭く、魔紋刻印の技術を失うわけにはいかないという使命感が、その身体を支えていた。


工房の中、セリスは静かに魔石を手に取り、深い息をついた。今日は王国からの依頼で、魔石に特別な魔紋を刻む仕事が待っている。その魔石は、国の命運を左右するほどの力を宿すものであり、失敗は許されない。


「これで、また少し…寿命が縮むか。」セリスは呟きながら、彫刻の刃を取り出した。刃先には彼の魔力がすでに込められており、刃を魔石に近づけるたびに、手が微かに震えた。


セリスは儀式を始めた。瞑想し、深く集中し、自らの魔力を一点に集めていく。その瞬間、彫り始めた刃先から魔力が溢れ出し、魔石の表面に複雑な紋様が浮かび上がる。魔紋はまるで生き物のように、魔石の中に吸い込まれていく。


「命を削るなら、それに見合うだけの力を宿せ。」彼は静かに呟き、刃を進めた。


時間が経つにつれ、セリスの顔には疲れが滲み出ていた。魔石に刻まれた魔紋が光り輝き、完成の兆しを見せる。しかし、その光の裏側で、彼の命は確実に削られていた。


セリスは最後の一線を引いた。魔石が淡い光を放ち、強大な魔力を解き放つ準備が整った。


だが、セリスはその光景に微笑むことなく、静かに工房の椅子に腰を下ろした。「また、少し…近づいたな。」


セリスに残された寿命は、もう多くはない。

しかし、彼の技術は次の世代に受け継がれる。その日まで、セリスは刻み続けるだろう。自らの命を込めて――





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