■24 お前たち、本当にすごい冒険者だな

雷撃のドラゴンを討ち果たした零たちは、その巨躯から慎重に集めた貴重な素材を抱え、静かに町への帰路についた。

空にはまだ、竜が放っていた稲妻の残滓が薄らいでいたが、それでも時折、雲間にちらつく光が彼らを見守るかのように煌めいていた。鱗、牙、そして雷の神々しさを纏う翼の一部――どれも、ただの戦利品ではなかった。あの瞬間の激闘が、これらに込められた魔力と共に、彼らの記憶に深く刻まれていた。

「これだけの素材が揃ったんだ。雷の魔石も、間違いなく手に入るだろう」 零は袋を肩に背負い、その中の重みを確かめた。彼の瞳には、かすかに宿る雷の残光が反射しているかのようだった。その瞳に浮かぶのは、新たな力を手にする期待。だが、その期待は未だ未知の力への不安とも表裏一体であった。


守田龍夜は歩調を合わせながら、目を細めて微笑んだ。

「商人のフェルディナンドに持ち込めば、確実に高値で買ってくれるさ。あの厄介な性格にさえ耐えられればな。だが、あいつの目利きは疑いようがない」

その言葉には、フェルディナンドの厳しさと、彼の目に狂いがないことへの信頼が同居していた。


「ええ、ドラゴンの素材なんて、どこにでもあるものじゃないから」 麻美の声が静かに響く。夜風が彼女の黒髪をさらりと揺らし、その一瞬、彼女の瞳にも雷光の残滓が映り込んだ。彼女の美しい微笑みの裏には、素材の重みと、それがもたらすだろう新たな可能性への期待が隠されていた。


三人は市場へと足を運び、そこからまっすぐにフェルディナンドの店を目指した。彼の店は、まるで市場の中でひときわ異彩を放つ存在で、派手な装飾が目を引く。すでに店の中から、商人特有の高笑いが風に乗って聞こえてきていた。


「おおお!またお前たちか!何を持ってきたのか楽しみだな!」 フェルディナンドが店内から手を広げて迎え入れた。その大きな笑みは、まるで大物を釣り上げた漁師のように満足げだ。


零は微かに苦笑しながら、ずしりと重い袋を彼に差し出した。

「今回はとびきりの品だ。雷撃のドラゴンの素材だ」

その一言で、フェルディナンドの目が輝き出した。まるで雷光そのものが宿ったかのように。


「な、なんだと!?雷撃のドラゴンだと!?」 彼の興奮は隠しきれない。袋を乱暴に開けるたびに、その目には驚愕と興奮が交互に走る。鱗の光、牙の鋭さ、翼の雷光――すべてが彼を虜にしていた。


「こ、これは…すごい!こんな素材、見たことがない!この世界でも希少な逸品だ!」 彼は鱗の一枚を手に取り、光にかざした。その鱗は青白い稲妻が踊るかのように輝き、フェルディナンドの手元で稲光が弾けるようだった。まるで、今にも雷神の力が封じられているかのような錯覚さえ覚える。


守田は腕を組みながら、焦れた様子で尋ねた。

「で、どうだ?買い取ってくれるのか?」

その声には、期待と共に少しばかりの焦燥感が漂っていた。


「もちろんだとも!」 フェルディナンドは大げさに頷き、カウンターの奥から金貨の袋を持ち出した。

「金貨50枚だ。どうだ、満足できるだろう?」


零は麻美と守田に視線を投げかけ、二人は軽く頷いた。零もそれを確認し、金貨を受け取った。その袋の重みが彼の手に確かな成果を感じさせた。


フェルディナンドは笑いながら店の奥へと姿を消し、彼らはその背を見送った。

次の目的地は、道具屋のマクシムだ。三人は、以前目をつけていた雷の魔石を手に入れるべく、銀貨を握りしめて進んだ。


「これで、雷の魔石が手に入る」 零の心臓は高鳴っていた。


麻美も同じく期待に目を輝かせて答えた。

「雷の魔石を手に入れたら、あとはどうやって使いこなすかが課題ね」


守田も静かに頷きながら、かすかに微笑みを浮かべた。

「これが、新たな力の始まりだな」


道具屋の扉を開けると、木製の棚に並ぶポーションの香りが漂い、奥には熟練した顔つきの店主が微笑んでいた。

「また来たか。今日は何をお探しだ?」


零はカウンター奥に並ぶ黄金の魔石を指差した。

「あれだ。雷の魔石を買いに来た」


店主は驚いたように目を細め、そして口角を上げた。

「ドラゴンの素材を売ったってのか。よほど大きな冒険をしてきたようだな」


零は銀貨の袋をカウンターに置き、胸を張って言った。

「これで、十分だろう」


店主は袋を開け、静かに中身を確認すると頷き、慎重に黄金の魔石を取り出し零に手渡した。その瞬間、魔石は雷光を放ち、店内が一瞬だけ閃光に包まれた。


零はその光を受けながら、その重みを手の中で感じた。

「これが…雷の魔石か」


麻美は魔石を覗き込み、感嘆の声を漏らした。

「この石が、私たちを守ってくれる…」


「これで、俺たちはもっと強くなれる」 守田も静かに頷いた。


三人は道具屋を後にし、新たな力を手に、再び冒険の道を歩み始めた。

彼らの背後には、まだ竜の雷光の残り香が漂い、次なる試練への覚悟が静かに、しかし確かに彼らを包んでいた。


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零は、静かな町の路地をひとり歩いていた。異世界に来てからの日々は、彼の人生を一変させたが、首元で揺れる水晶のネックレスだけは、東京の記憶を今も静かに彼に語りかけていた。その透き通るような輝きは、まるで彼を見守るかのように、異世界の薄明かりに反射して揺れている。これまで零は、ただの装飾品だと思い込んでいた――東京の日常の残滓にすぎないと。しかし、運命はその水晶に新たな意味を与えようとしていた。


その日、零は町の魔導師リックの元を訪れた。リックは50代半ば、白髪混じりの髪と鋭い瞳を持ち、経験豊富な魔導師として町中の信頼を集めている人物だ。零は、魔石に関する情報を求めてリックを訪れたのだが、彼らの会話の最中、リックの目がふと、零の首元にある水晶のペンダントに吸い寄せられた。


「そのペンダント…」リックの声が低く響き、まるで何かを見抜いたかのような鋭い目つきで零を見つめた。


零は一瞬驚き、慌てて答えた。「これは…ただの水晶ですよ。魔力はない、単なる記念品です。」


リックは目を細めたまま、静かに手を差し出した。「それをちょっと見せてもらえないか?」


零は少し躊躇したものの、ペンダントを外し、リックに手渡した。リックはそれを慎重に手に取り、まるでその石の奥深くに隠された何かを探ろうとするかのように、じっと凝視した。彼の手のひらで軽く撫でるような動きが続く。やがて、リックの目が鋭く光を放った。


「ふむ…確かにこの水晶には魔力はこもっていない。だが、形が整っている。このままではただの石だが…私なら魔力を込めることができるかもしれない。」その声には確信があり、言葉が次第に重みを持って零の耳に届いた。


「魔力を込める…?」零は眉をひそめ、困惑と期待が入り混じった感情を抑えきれずに尋ねた。「それで、どうなるんですか?」


リックは静かに笑みを浮かべた。「もし私が魔力を注げば、防御の魔法を発動させることができるだろう。魔物からの攻撃を受けた時、そのダメージを少し軽減できるようになる。ただし、一度に多くの魔力は込められないし、使用回数も限られている。だが、戦いの中では役に立つだろう。」リックの言葉には、経験から来る重みが感じられた。


零は考え込んだ。この世界に来てからというもの、何度も命をかけた戦いを経験してきた。その度に、ほんの少しでも防御が強化されていたら――その思いが彼の胸中で大きく膨らんでいった。


「でも、その魔力を込めるのは難しいんですか?」零の問いには、焦りと期待が混じっていた。


リックは軽く肩をすくめて答えた。「難しくはない。ただ、完全に安定させるには時間がかかる。さらに、使うたびに魔力を再充填する必要がある。回数を重ねるごとに、水晶そのものの力も弱まるだろう。だから、使うタイミングをよく見極めることだ。」


零はネックレスを見つめた。それはこれまで、ただの記念品、東京の残り香にすぎないものだった。それが今や、彼の仲間たちを守るための力となり得ることを知り、胸の内に決意が芽生えてきた。守るべきものがある限り、この力を無視する理由はなかった。


「リックさん、お願いします。この水晶に魔力を込めてください。」零は深く息をつきながら頼んだ。その瞳には、新たな力への覚悟が宿っていた。


リックは頷き、慎重に水晶を手に取り、詠唱を始めた。彼の手からほのかな光が現れ、それがゆっくりと水晶へと吸い込まれていく。その瞬間、水晶がかすかに輝き始め、零は胸の奥で何かが変わるのを感じた。それはまるで、これからの戦いがさらなる激しさを増すという暗示のようだった。


「これでよし。魔力を込めた。ただし、繰り返しになるが、魔法の使用回数には限りがあることを忘れるな。」リックの声は静かだったが、その言葉は重々しく響いた。


零はネックレスを再び首に掛けた。その水晶は今、淡く輝いており、その輝きはまるで彼を守ると誓っているかのようだった。今までただの装飾品だと思っていたものが、彼の運命を変える力を持っていることに気づき、零は心の中で新たな覚悟を決めた。


「ありがとうございます、リックさん。これで俺も、仲間を守れる力が少しでも増えた気がします。」


リックは微笑み、頷いた。「お前たちが何に立ち向かうのかは知らないが、この世界で生き抜くには、どんな小さな力も侮るな。油断するなよ。」


零はその言葉を心に刻み、ネックレスの重みを感じながら店を後にした。これからの戦いで、この水晶がどれだけ彼を救うことになるのか――それは、この時の彼にはまだわからなかった。

しかし、この水晶が彼の旅路において重要な意味を持つことは間違いなかった。






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