■10 グラウンドスマッシュ! / ハルと魚屋

遺跡の静寂は、まるで千年の眠りを破ることを拒むかのように、彼らを包み込んでいた。石壁に染み込んだ湿気が、彼らの衣服を冷たくぬらし、肌にまとわりつくその感覚が、目の前に迫る危機の現実を突きつけていた。闇は深く、まるで過去の亡霊が囁くかのように、彼らの歩みを鈍らせた。零、守田、そして麻美の三人は、遺跡の奥へと進むたびに、その静寂の中に潜む不安を募らせていく。


足元に広がる崩れた石柱や瓦礫は、古代の名残を物語っていた。その遺物に触れるたび、かつて栄華を誇ったこの場所に秘められた謎が、いまだ完全に解き明かされていないことを感じさせる。「本当にここに何かいるのかな…」麻美の不安げな声が、闇の中で儚く響いた。


その問いに応えるかのように、奥深くから鈍い足音が響いてきた。**ゴン…ゴン…**その音は、まるで地響きを伴うように、遺跡全体に反響し、冷たく張り詰めた空気を切り裂いた。零は、無意識に腕のブレスレットに手をやる。その冷たさが、彼の心の中に眠る決意を呼び起こし、彼の呼吸が浅くなる。


「何かが…迫ってくる」守田の低い声が、石壁に反響し、遺跡の静寂を再び破った。


暗闇の中から現れたその巨影は、まるで神話の中から飛び出してきたかのようだった。鋼鉄の鎧に包まれたその巨体は、不気味な青い光を反射し、周囲の空気を異様に重くしていた。その圧倒的な存在感が、彼らの身体を押しつけるようにのしかかり、息苦しさを感じさせるほどだった。


零は息を整え、内なる恐怖を押し殺していた。「やれるか?」彼は心の中で自らに問いかけ、拳を強く握りしめた。ブレスレットに宿る魔石が、かすかに脈動し、彼の手に伝わってくる冷たい感触が、戦う覚悟を促した。「いや、やるしかない…」その言葉が胸の内で響いた瞬間、ブレスレットが真紅の光を放ち始めた。


「炎よ、我に力を与えろ!」零の詠唱とともに、彼の手のひらに炎が生まれた。その炎は、彼の意志に呼応するように膨れ上がり、巨人に向かって放たれた。だが、その炎は虚空に消え、巨人に一切の影響を与えることはなかった。


「効かない…?」零の心に、一瞬の絶望が広がった。


「零くん、もう一度!私がサポートするから!」麻美の声が、背後から力強く響いた。彼女は光の魔法を唱え始め、その柔らかな光が零の身体を包み込んだ。その瞬間、彼の疲労が一瞬にして消え去り、再び立ち上がる力が湧いてきた。「ありがとう、麻美…もう一度いくぞ!」


だが、次の瞬間、巨人が青い光を纏い始めた。「やばい…!」守田の叫びが響いたが、巨人の手から放たれた青い光は、遺跡全体を震わせ、零と麻美を後退させるほどの衝撃波を放った。


「強い…だが、まだ終わりじゃない」零は荒い息を整えながら、再びブレスレットを握りしめた。その感触が、彼の心に再び希望を灯した。


「守田さん…次は、俺たちの番だ」零の視線が守田に向けられると、守田もまた自らの魔石に意識を集中していた。その拳に力を込めると、ブレスレットの魔石が強烈な光を放ち始め、空気が震え始めた。

「大地よ、我に力を与えろ!グラウンドスマッシュ!」守田の声が響くと、彼の拳から放たれた衝撃が、地面を割り、その破片が巨人に直撃した。巨人の鋼鉄の鎧が砕け、その内部から放たれた異様な魔力が、空気を揺るがした。


「効いている…!守田さん、もう一撃だ!」零は、燃え上がるような決意を胸に、再び戦いに挑むための準備を整えた。


ブレスレットの魔石は、今も脈動し続けていた。それは、ただの装飾品ではなく、彼らにとって未来への希望と力を与える存在だと、誰もが感じ始めていた。

守田の拳が巨人の胸を貫いた瞬間、その衝撃は遺跡全体に響き渡り、巨体がゆっくりと倒れ込む音が静寂の中で響いた。遺跡を包んでいた緊張感が、一気に解ける。だが、その安心は一瞬に過ぎなかった。崩れ落ちた巨人の身体から青白い光が漏れ出し、空中に浮かび上がると、零、守田、麻美の視線を強烈に捉えた。


「やったか…?」守田が息を切らしながら、慎重に確認するように呟く。


だが、その浮かび上がった光――それは、ただの魔石ではなかった。青白く輝くその魔石は、今まで見たことのない強烈な輝きを放ち、まるで遺跡全体の空気を支配するかのようだった。その魔石は異様な力を放ちながら、彼らの意識にまで染み渡っていく。


零は、静かにその魔石を見つめた。その冷たく光る姿が、自分の中で新たな決意を呼び覚ますかのように感じられた。

「これが…次の魔石か…」彼の声には、確かな覚悟が刻まれていた。


その時、軽やかな声が彼らの心に響く。「よし、これでまた進めるわね~」アリスの明るい声が、再び現実を引き戻した。「でも、まだまだこれからよ~。次の敵はもっと厄介かもしれないわよ。だから気を引き締めてね!」


零はアリスの言葉を噛みしめながら、手元のブレスレットに目を落とした。魔石が脈動し、その力が確かに自身の中で燃え上がるのを感じる。「わかってる。俺たちは、止まらない。」冷静ながらも力強い声で、彼は未来への歩みを誓った。


守田と麻美も、無言で零に頷いた。それぞれの胸には、新たに手に入れた魔石の力と、これから訪れるさらなる試練への覚悟が刻まれていた。守田は、自らの魔石の輝きを見つめ、拳に再び力を込めた。「次はもっと手強いだろうが、俺たちにはこの力がある…乗り越えてみせる」


その言葉に、麻美も静かに微笑んだ。彼女の心には、癒しの光と共に湧き上がる新たな決意が燃えていた。「私も…もっと強くなる。仲間を守るために。」


3人は再び歩みを進めた。遺跡のさらに奥深くへ――冷たい風が吹き抜けるその先には、まだ見ぬ運命が待っている。だが、彼らはもはや迷わなかった。魔石の輝きが、彼らの未来を照らしていると信じていた。



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日向ぼっこを楽しんだハルは、気ままに足を進めていた。異世界を探索し続ける彼女は、まるで冒険そのものが遊びであるかのように、自由に動き回っていた。広がる草原の向こうに、小さな町が見えてくると、ハルの瞳は好奇心で再び輝いた。



「人がいっぱいいる…零もここにいるかも!」

彼女はそう思いながら、自然と足を速めて町へと向かっていった。


町に入ると、賑やかな通りには多くの人々が行き交っており、ハルは人々の様子を眺めながら歩いていた。彼女は町の空気を感じ、ふと鼻をひくつかせる。何か、美味しそうな匂いが漂ってくるのを感じたのだ。


「この匂い…魚?」

ハルはすぐにその香りの方向へと向かい、町の端にある魚屋を見つけた。新鮮な魚が並び、どこか懐かしい海の香りが彼女を引き寄せた。魚屋の店主は、彼女の存在に気づき、にこりと微笑みながら声をかけてきた。


「おお、かわいい猫ちゃんだな。お前も魚が好きか?」

ハルはしばらく魚を見つめながら、その匂いを堪能していた。彼女の目は輝き、まるで「これ、欲しいにゃ」と言いたげな表情を浮かべていた。


店主はそんなハルの様子を見て、笑顔で魚の一切れを差し出した。「ほら、これを食べな。いい匂いに誘われて来たんだろう?」


ハルは遠慮することなく、その魚をペロリと食べた。新鮮な魚の味わいが口いっぱいに広がり、彼女は満足げに目を細めた。


「美味しかった…ありがとうにゃ」

彼女は店主に感謝の気持ちを込めた表情を見せ、軽く頷くと再び町の通りへと戻っていった。魚屋の出会いはハルにとって、ちょっとした幸運な出来事だったニャ




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