■2「女神…?」

澄み渡る青空が、果てしなく広がり、3人の頭上で堂々たる広がりを見せていた。

まるでその空はただの景色ではなく、深遠な意思を秘めているかのようだった。

零たちは無意識のうちにその無限の青に引き込まれそうになる。

空の広がりに触れれば、この世界に飲み込まれてしまうのではないかという不安と期待が交錯し、自然の持つ圧倒的な力が彼らの心を揺さぶっていた。


足元に広がる草原では、風に揺れる色とりどりの花々が、まるで夢の中の光景のように咲き乱れていた。

その美しさは、まるでこの世のものではないとさえ思わせるほどだ。しかし、その美しさの背後に、何か見えざる大きな力が潜んでいることに気づき、零たちの心はざわめき始める。

自然の静かな囁きが耳に届く一方で、この異世界の神秘が彼らの存在を静かに包み込んでいた。


彼らの視線は、ただこの壮大な光景に囚われたまま、無言で立ち尽くしていた。

驚きと戸惑いが彼らの表情に浮かび、これまで自分たちが知っていた現実が、霧の中に消えていくかのように感じられた。

まるでここにある世界こそが、真実であり、全てを支配しているかのように。


「ここは…どこなんだ…?」零がぽつりと呟いた。その声は、風に溶け込んで消えそうなほどか細かったが、その裏には彼自身がまだ信じられない現実への動揺が隠されていた。


彼の腕に巻かれたルビーのブレスレットが、微かに熱を帯びて脈打ち始めていた。

それは、彼が異世界の一部となった証であり、この地で彼に待ち受ける運命を象徴しているかのようだった。ルビーの赤い光は、まるで心の奥底に眠る情熱を目覚めさせようとしているように感じられた。「この石が、俺たちを導くのか…?」零はその熱を感じながら、ブレスレットに込められた力を信じようとしていた。


異世界と現実の狭間に立つ彼を象徴しているかのようだった。零はそのブレスレットを見つめながら、「これは夢じゃない」と自分に言い聞かせた。しかし、心の奥深くでは、この奇妙な体験に引き込まれつつある自分を感じ始めていた。


「何がどうなっているんだ…俺たちは…?」守田は目を細め、周囲の風景を鋭く見つめた。

守田の低い声が空気を切り裂くように響いた。その声には驚きと恐怖が混じっていたが、その裏には新たな冒険への期待感も感じられた。戦士としての本能が静かに目覚め、未知の世界に足を踏み入れた興奮が心の奥で静かに沸き起こっていた。


その時、彼らの心の中に、まるで風そのものが語りかけるかのような、柔らかく不思議な声が響き渡った。


「やっほ~!零くんたち、初めまして!この世界の女神、アリスよん~」


突然響いたその声に、零も麻美も守田も驚き、慌てて辺りを見回した。しかし、声の主はどこにも見当たらなかった。声は彼らの意識の中に直接響いている。


「今の…誰だ?!」守田が驚きと不安を抱きながら問いかけたが、その声に応じるように、再びアリスの声が彼らの心に届いた。


「心配しないで~。私はここよ、あなたたちの意識に話しかけているだけだから!まずは、あなたたちがこの世界で困らないように、ちょっとしたプレゼントをあげるわ~」


零は一瞬困惑した表情を浮かべたが、次の瞬間、彼の頭の中に何かが流れ込んでくる感覚に襲われた。それは、まるでこの世界の言語や情報が一気に解放され、頭の中にインプットされていくかのようだった。理解できなかった言葉が突然すべて理解できるようになり、零はその不思議な感覚に驚きを隠せなかった。


「これは…なんだ?今、急に…」零は驚いた表情を浮かべ、周りを見渡した。空気が変わり、彼の中で何かが解放された感覚があった。それは、まるで長い間封じられていた鍵がひとつ外れたかのように、心の中に未知の世界の扉が開かれたような感覚だった。


麻美も同じように、瞳を見開いていた。「零くん…私も…何かが…」

麻美はルビーの輝きを見つめながら、心の奥で何かが目覚めるのを感じた。それは、看護師としての現実的な世界とは異なる、未知の力への憧れだった。だが同時に、その力が恐ろしいものでもあると感じていた。「私たちのこれからはどうなるの…?」その問いは、答えを見つけることなく、彼女の心の中で揺れ続けていた。


アリスの声が再び軽やかに響いた。「そうそう、その通り!あなたたちがこの世界で言葉がわからなくて困らないように、私がちょっと加護を与えたのよ~。今後、文字も話し言葉もスムーズに理解できるから、安心してね!」


零の中には不思議な安堵感が広がったが、それと同時に、この異世界に対する疑念も消えずにいた。異世界に放り込まれた現実が、彼の意識にじわじわと浸透してくる。「言葉がわかるようになっただけじゃない、俺たちに何が待ち受けているんだ…?」


零は女神の前に立ち、すぐに焦燥感が胸に広がった。彼が気にかけているのは、地球で共に過ごしていた愛猫ハルの行方だった。この異世界に来てからずっと彼女の姿が見えず、無事でいるのか心配でならない。


「ハルは…俺の猫はどこにいるか知ってる?」


零の声には切実な思いがこもっていた。ハルがどこかで困っているかもしれない、その思いが彼を動かしていた。しかし、女神はその問いに対して、特有の軽やかな微笑みを浮かべ、のんびりと答えた。


「ハルちゃん?ああ、猫ちゃんね~。うーん、たぶん…この世界にはいないと思うわよん~。ワタクシの予想では、きっと東京に居るんじゃないかしら~?…なんとなく、そんな感じがするのよね。この世界にはその子の気配がないから、まだ東京に居ると思うわ~。きっと元気にしてるんじゃない?」


零は女神の言葉に、しばし言葉を失った。もしその通りなら、ハルは今も東京で無事に過ごしているということだろうか。それならば安心できる気持ちもあったが、同時に一抹の寂しさが胸をよぎった。


「…そうか。じゃあ、俺が戻るまで、ハルは東京で待ってるってことか。」

零は、じっと目を閉じ、東京にいるはずの姉の姿を心に描いた。自分がいない間、家にいるハルの世話をしてくれるのは彼女しかいない。きっと、あの小さな茶〜黄金色の毛並みを丁寧にブラッシングしながら、少しぶつぶつと文句を言いながらも、しっかり面倒を見てくれるだろう。その姿を思い浮かべると、僅かに肩の力が抜け、ほっとしたような気持ちが芽生える。



女神の言葉は冗談のように軽く響いたが、零にとっては決して笑えない現実を突きつけられた。それでも、ハルが無事であることを信じ、彼は自分の道を進む決意を固めた。



アリスの声が再び澄んだ響きで、彼らの心を包み込んだ。

「あなた達には、この世界で魔物を討伐し、魔石を集めて新しい魔法を習得してもらいたいの~。」


零の心の奥底で渦巻いていた不安や恐れは、次第にこの未知の冒険に対する興奮へと変わり始めていた。それでも、彼の中にはまだ強い疑念が残っていた。「本当にそんなことが…?」


アリスの声は、まるでその疑念を吹き飛ばすかのように柔らかく響いた。「魔石っていうのは、あなたたちの世界で言う…パワーストーンのようなものよ~。零クンが今つけているそのブレスレットも、実はとっても特別なものなの!魔力を込められた魔石だけで編まれているのよ。地球トップレベルの質の高いルビーね、そのブレスレットに念を込めてみてごらんなさい、きっと魔法陣が現れて、火の魔法が使えるようになるはずよ~。」


零はその言葉に戸惑いながらも、思わず腕のルビーのブレスレットを握りしめると、まるで零の心を読み取るかのように、その輝きを増していった。

それはただのアクセサリーではない。零にとって、このブレスレットは、彼自身の運命を開く鍵であり、未知なる力と結びつける存在だった。「このルビーのブレスレットが…俺の中に眠る力を解き放つのか…?」零はブレスレットに念を込めた。

その瞬間、石が微かに脈動し、零の心に何かが呼び起こされていくのを感じた。


彼の指先に微かな熱を感じた。まるでブレスレットが彼に何かを伝えようとしているかのようだった。ルビーの石が淡く輝き始め、まるで彼の心に呼応しているかのように、脈動するように感じられた。


「本当に…こんなことができるのか…?」零は、自分自身に問いかけるように呟いたが、その言葉には戸惑いと期待が入り混じっていた。彼の心の中で、アリスの声が徐々に現実味を帯びていき、未知の力が呼び起こされようとしていた。


「さあ、魔物を倒して、魔石を集めてブレスレットを強化してごらんなさい。それによって、あなた達は新しい魔法が使えるようになるのよ~。魔石はただの石じゃない、持つ人の心に応じて魔力を発揮するのよ。零クン、今あなたがつけているルビーのブレスレットも、その潜在力を引き出す時が来たのかもしれないわ~」


零の胸の中で、混乱とともに何かが目覚めていくのを感じていた。「本当に…俺たちはこの異世界で魔物と戦って、魔石を集めていくしかないのか…マジで?」その問いが彼の中で大きく広がる一方で、アリスの言葉はまるで運命そのもののように彼を引き込んでいった。ブレスレットが脈打つたびに、彼の心はこの未知の冒険へと向かっていた。


「そして、地球に帰りたければ…妖魔王、リヴォールを討伐して、この世界に平和をもたらしてね。そうすれば、地球に帰る方法を教えてあげるわ~」アリスの声は軽やかでありながら、どこか深い意味を含んでいた。


零はしばし言葉を失った。アリスの一言が、まるで突き刺さるように彼の心の奥底に響いていたのだ。「リヴォールってのを倒せば地球に帰れる…」と反芻するたびに、その簡潔すぎる指示にどうしようもない苛立ちと、そして何よりも戸惑いが浮かんできた。



彼の胸の奥で、怒りが徐々に燃え上がっていく。


彼の生活、日常、当たり前だったすべてを無理やり剥ぎ取られたような感覚が、冷たい怒りとして胸を締めつける。

その一方で、ふと彼の脳裏に浮かんだのは、東京での日々だった。あの忙しない街の騒がしさ、風に乗って聞こえてきたさまざまな声…そんな日常がまるで遠い過去の幻のように感じられ、思い出すたびに孤独が彼を包み込んだ。


「帰りたい…なのに、こんな荒唐無稽な条件を出されるなんて…」


怒りと寂しさがせめぎ合い

胸の奥で渦巻いていた

その表情には

少しばかり険しさが滲み出ていたが

それと同時に

ふとした時に漏れ出る孤独が

垣間見えた



アリスの声が再び、彼らの意識に軽やかに響いた。「さあ、冒険を始めましょう!エルハイムという町に向かいなさい。そこで、あなた達は必要な物資と新しい出会いを得ることになるわ~」


風が草原をかすめ、零たち3人の前に広がる新しい旅路が見えた。彼らの心にはまだ混乱と恐れが残っていたが、それでも確かに何かが動き出したことを感じていた


彼らの冒険は、静かに、しかし確実に始まりを迎えたのだった━━━━




読者への暗号→【せ】


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