春の訪れ

 四月八日。

 蕾が遂に咲き誇り、満開と差し支えないほどの桜が市内各所で彩りを露にする。そんな春の訪れを感じさせるこの頃、桜生い茂る山の中腹に位置する霊園にて墓石前で合掌する少年の姿があった。

 三つ編みに結われた白髪が風に揺れ、浮き毛もまるで意思があるかのように暴れていた。

 天宮あまみや託斗たくとは腰を上げ、墓石に対して深々と一礼し終えると、後ろで待機していた少女に声をかける。


「ごめんねメイ。待たせちゃったね」


「私は全然大丈夫だよ……帰ろっか」


 メイと呼ばれる少女と共に、託斗は霊園の出口へと足を運ぶ。託斗たち以外に墓参者はいないのか、木々が風に靡く音しか聴こえない。墓参の件もあって、二人の間に会話は存在しなかった。託斗は隣を歩くメイに視線を向ける。

 瑠璃色の長髪、力を入れたら今にも折れてしまいそうな華奢な体、水晶の如く透き通った双眸。狩﨑メイを体現するならそれが適切であった。気配を察知したのか、メイは首を傾げながら託斗の方へと目をやる。


「どうしたの?」


「何でもないよ。それよりも今日はカレーライスを作ろうと思ってるんだけど……やっぱり辛口?」


「もちろんだよ! やっぱりカレーはかれぇーくないとね!」


 カレーとかれぇを掛けたギャグは一層の沈黙を呼び込み、託斗は苦笑する。


「どう! このダジャレ、いつか披露したいと思ってたんだよね!」


 受けたと感じたのか、メイは目を星のように輝かせ、満面の笑みを浮かべる。それを見てしまったら否定的な感想を溢せるはずもない。託斗はメイの楽しげな様子を見るだけで十分であった。


 他愛もない会話を続けるうちに二人は狩﨑家へと帰宅すると、二人の帰りを出迎えたのはメイの母である狩﨑夏織かおりであった。さながら十数年後のメイといった例えがピッタリといった具合にメイと夏織は瓜二つと言っても過言ではない。


「メイ、託斗君! おかえりなさいー!」


「お、お母さん苦しいよ!」


 夏織は二人を包容するようにして抱き付き、頬を擦り付ける様子はまるで猫のようだ。


「夏織さん! そろそろ止めてください!」


「あら? 私はもう少し二人で充電したかったのにー」


 口を尖らせながら不満を露にする夏織であったが、軽くため息を吐きながら二人を解放すると、託斗の額を軽く小突く。突かれた場所を優しく擦るようにした託斗であったが、その理由は十二分に理解している。


「託斗君もそろそろお母さんって呼んでくれても良いのよ?」


 夏織のその言葉に託斗は返答することが出来ず、俯いてしまう。メイも夏織も託斗の反応は予測していたものの、心のどこかで思うところがあるようだ。

 天宮託斗には血縁関係を持つ家族は存在しない。己の記憶の片隅には幼少期、確かに家族と過ごしたという事実は残っているものの、7歳の頃には気が付けば親戚である狩﨑家での生活が始まっていたのだ。

 狩﨑家の住人は託斗を拒むことなく、メイ同様に我が子のように愛情を注ぎ、十年もの年月を共に過ごしてきた。夏織や夫も託斗の意見を尊重するものの、家族として隔てなく生きていくために呼称を改めてほしいという思いがあるのだろう。


「……すみません。僕……ぶぇ!?」

 

 託斗の謝罪を遮るようにして夏織は両手で託斗の頬を挟む。


「いつも言ってるけどそんな暗い顔しないの。私が勝手に言ってるだけだから。託斗君のタイミングで大丈夫よ」


「……ありがとうございます」


 そういって託斗は微笑を浮かべ、台所へと足を運ぶ。


「今日は託斗君がカレーを作ってくれるんだって!」


「あらそうなの! 今日もカレーを華麗に作っちゃってね!」


 ──この親にしてこの子ありだな……

 心の中で呟くと、託斗はカレー作りへと取りかかった。

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