外れギフト「抹消」は英雄になれない
JETSOUNDSTREET
第1話 力を授かりし者
「お兄ちゃん、お昼だよ!」
畑を耕し終え一息ついたところに、妹のエシカがいつものように弁当を持ってきてくれた。
両親を亡くした頃はずいぶんと塞ぎ込んでいたが、今ではすっかり家のことを任せられるようになったものだ。
「お、ありがとう。一緒に食べようか」
「うん! それとね、教会の人がお兄ちゃんを探してたよ」
「教会が? なんで僕なんかを」
首にかけていた手ぬぐいで汗を拭きながら尋ねる。何か目を付けられるようなことをしただろうか。日々、清く正しく作物を育てていただけなのに。
「『力を授かった者』に集まっていただいています」
答えたのはエシカではなかった。簡素な修道服に身を包んだ男、おそらくこの人が僕を探していた教会の人だろう。
「この人がお兄ちゃんのフィンです」
「お嬢さん、案内ありがとう」
教会の人は視線をエシカに合わせてお礼を言った。
「それで、力を授かった者とは何のことですか?」
「神は活力ある若者達に力を授けられました」
教会の人は指輪ぐらいの大きさのリングを取り出した。その穴を覗き込むようにして僕を見る。
「あなたは力を授かったようですね。不思議な光を見た覚えはありませんか?」
そう言われると心当たりがあった。
それは先日見た不思議な夢。
一面真っ白な場所に佇む自分。目の前にはその白さよりも明るく輝く光の玉。誘われるように光の玉に触れると、それはフッと自分の体に吸い込まれた。
そしてどこからともなく声が聞こえた。ただ一言、「――頼む」と。
「授かっただけでは力は眠ったままです。そこで覚醒の儀を受けていただきたいのです」
「畑仕事があるので。今のままでも暮らしは不自由してないですし」
「長くお時間は取らせません。それに力は必ずあなたの役に立つでしょう。他の方にもお声がけしてまいりますので、後ほど教会へいらしてください。シスター・ウッラがお待ちしています」
知らない名前だ。この人も含めてきっと街の方から来た人なのだろう。そこまで言うなら行くだけ行っておこうか。
◇
妹は力を授かるにはまだ幼いということだった。夕食の支度を任せて一人教会に向かう。
村の外れの丘にある教会。小さな村の家々と比べれば一回りは大きな建物だ。
入り口を開けると、そこには見知った顔が集まっていた。祭壇近くの長椅子にまばらに座っている。幼馴染のヴィダルやソフィもいた。
こちらに気付いたヴィダルが声をかけてきたので、軽く挨拶をしながら隣に座った。
そして修道服を着た年配の女性が現れた。その後ろに数人が控えている。その中に昼に会った教会の人もいた。
「この度はお集まりいただき、ありがとうございます。ウッラと申します。皆様にフェデルゼヨルドの神々の御加護があらんことを」
お決まりの挨拶を述べたウッラと名乗った修道士だが、その声色はどことなく沈んでいる。
「さて、神々と悪魔の戦いは皆様もご存知でしょう」
誰もが知っている神話だ。失われた世界から突如として侵略してきた悪魔の軍勢と、それに立ち向かう神々との戦い。その戦いは現在も続いているとされる。
教会はその神々を信仰している。それがフェデルゼヨルドの神々だ。
「しかし先日、
そこで周囲はざわつき始めた。フェデルゼヨルドの神々を信仰する人にとっては無理からんことだろう。
「皆様落ち着いてください。私達はそれだけを伝えるために貴方がた達をお呼びしたわけではありません。御言葉には続きがあります。『神々の神力を人の子らに授ける。
力が及ばないばかりに人々に戦いを継がせることになる、と心を痛めていらっしゃいました」
「それじゃあ僕たちに悪魔と戦えってことか?」
思わず言葉が口をついて出た。話が違う。
「私としても望まぬ者を戦いに駆り出すことはしたくありません。しかし敵はそれで手を引いてくれるわけではありません。せめて皆様には身を守る力を持っていていただきたいのです。
もちろん、悪魔を打ち倒し平和をもたらさんとする、尊く勇敢な心を持つ方がいれば大いに歓迎します」
そういう話なら分からないこともない。しかし、いつ敵が襲ってくるか分からないというのは不安だ。誰か早く倒してくれないだろうか。
「覚醒の儀ではこの水晶に触れていただきます」
後ろに控えていた付き人がウッラ修道士に渡したのは、丸く磨き上げられた水晶だった。
「そこで力を授けた神と対話することになります。神によって力は異なるので、そこでどのような力なのかを教わることになります。
では順番に前に来て、この水晶に触れてください」
一番に手を挙げたのはヴィダルだった。水晶に触れてウッラ修道士が祝詞を唱える。
傍目には何かが起きているようには見えないが。
そして儀式は終わったようだ。水晶の前から離れた。
「すごい! 本物の神様を見たのは初めてだ!」
覚醒の儀を終えて戻ってきたヴィダルは興奮した様子だった。
「それで神の力ってどんなの?」
「剛力だそうだ」
ヴィダルが腕を曲げて力こぶを作って見せる。
「畑仕事が楽になるじゃん」
「そりゃお前だろ。俺の家は木こりだからな」
「ますますピッタリじゃね」
戦いのために授けられた力と聞いてどんなものかと思っていたが、普段の生活でも使えそうだ。必ず役に立つというのは間違ってなかったな。
そして自分の番になった。
「では水晶に触れてください」
それに従い、右手を水晶に伸ばしたとき――。
突如として頭上で物が壊れるようなけたたましい音が鳴り響いた。何事かと慌てて見上げると、教会の天井が崩れ落ちており、その大穴から黒い巨躯が舞い降りてきた。
コウモリのような膜の翼、ワニのような大顎の頭、その頭からは何本もの角が伸び、四肢は丸太のように太く、その先には大鷲のような鈎爪。そして全身は鉄のように輝く黒い鱗で覆われている。神話に描かれていた悪魔の尖兵、ドラゴン。その姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます