第8話



あれから城崎杏沙と名乗った女性は一言『また近いうちどこかで会えるかもね、私達。』と何やら意味ありげなセリフをオレに言い残してその場を立ち去っていった。



その彼女が去り際に放ったセリフに何故か動揺するも、引き止めるとかはせず、ただただ彼女が立ち去ってゆくその背中を姿が完全に見えなくなるまで黙って見守った。それからしばらくしてオレも音楽室を離れ、とくに誰に会うこともせず真っ直ぐ駐輪場へ向かい自分の自転車を見つけたならば乗り自宅へと走らせた。



城崎杏沙…。オレが名前を名乗った直後の彼女のあの反応をふと思い出す。何やらオレの事を知っているかの様な、そんな感じだった。ただ、残念なことにオレの記憶上そのような女性と出会った事など、当然身に覚えが無い。



そんな事を考えながら漕いでいるといつもの見慣れた自宅へと到着していた。常備している鍵で扉を開け中へ入り、きちっと鍵が掛かっていることの確認をし玄関で靴を脱ぎどこか浮かない表情を浮かべながらも階段を上り自分の部屋へ向かう。



部屋に着いたところでいつもなら机に座った瞬間課題に取り組むのだが今日のオレはそんな気分にはなれず、寝巻きに着替えるとかもせずベッドへ身体を預け仰向けになり天井を見詰める。



あんな事があってから以降オレの脳内は意識せずとも無意識に彼女のことで埋め尽くされてしまったようで受験やら進学なんてどうでも良くなりなんにも手につかなくなってしまった。



それどころじゃない事くらい頭では分かっていても非常に気になり一刻も早く答えを見付けたくなる。ただ答えを見つけ出すには彼女に自分から近付くしか方法は無いのだが無理に近い。



そんなある日オレの家にとある人物が訪れた。

いつものようにインターホンが鳴り、ゆっくりと扉を開けると __ 、「本日からこのお家の隣に

住む事になった者です。」と1人の女性が現れた。____ え? 隣の家、??隣の家って確か藍沢達が住んでた様な…。



隣に誰かが引越して来るなんて誰も何も言ってなかったよな、?身に覚えが無く、「すみませんがどちら様ですか、?」 と問うと、「 藍沢愛茉の新たな母親の城崎紫乃しろさきしのと申します。あなたはこの家の息子さん、?」



「 …… !!???」



どういう事だ? 確か藍沢の母親って愛美さんじゃ?それとオレの聞き間違いじゃなければ“城崎”と名乗らなかった?思考回路がぐちゃぐちゃになるのとほぼ同時で何を言われたのか理解が追い付かずオレの頭の中は一瞬で真っ白になった。

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