第53話
シェリーとカミラ、プレストに頼みたい仕事、というものがなかなか思いつかず、私は目を閉じました。セレナの世話役は欲しいところですが、姫君たちに任せるというのは違う気がしてしまいます。彼女たちにもプライドがありますから。
「ノアさん、一つ質問があるのですが」
「はい、なんでしょうか?」
セレナに呼ばれて目を開けると、セレナは優しく微笑んでいました。
「魔王様というのは、一人しか妻を持たないのですか?」
「いえ、そういうわけではありませんが」
「私は良いと思いますよ。正室の他に側室を持つという形になりますけど」
私はセレナの考えが分からなくて戸惑ってしまいました。私としてはセレナ以外の妃を娶るつもりはないのですが。
「いえ、私はセレナ以外を妃にするつもりはなくてですね?」
「どうしてですか?」
「逆に、セレナは抵抗がないのですか?」
セレナ以外を愛せない、なんて言えなくて咄嗟に聞き返してしまいました。ずるいことだとは分かっていますが、今はまだ、セレナを困らせるようなことはしたくありません。
「私は抵抗はありませんよ? 王家では正妻以外に側室がいることが黙認されていましたから。正妻の子が優先して王位継承権を持ちますが、側室の子であっても正妻の子に何かあれば王位につくことがあり得ます」
「そう、なのですか?」
「ええ、歴史上にもあったことだと、妃教育の授業の中では学びます。正室は大抵恋愛結婚ではありませんから、国王が寵愛する側室がいることが一般的でした」
それを妃教育で教えるというのが惨いことです。幼少期から自分は愛されることがないと理解しなければならないなんて、セレナやこれまでの妃たちはどんな思いだったのでしょうか。
「少なくとも、私は妃を愛します。他の方に目をかける暇がないほどに」
私は咄嗟にそう言い返しました。セレナは驚いたように目を見開いて、それからはにかみました。
「そうですか。それは嬉しいことですね。その割には、結婚まで二年の猶予があるようですけど?」
「それは、こちらの環境に馴染んでいただくためであって……」
「ふふ、優しすぎて獲物を逃しますわよ?」
セレナは楽しそうに笑います。翻弄されている自覚はありますが、その相手がセレナなら、むしろ心地良く思えます。
「大丈夫です。逃す気はありませんから」
私はにっこりと笑みを深めました。当然でしょう。私はこれまでだってセレナを娶ることを目標に鍛え、地盤を固めてきました。幸せになって欲しい気持ちに偽りはありませんが、私から逃げるというのであれば縛り付けてでも逃がしません。
セレナは少し考え込むと、にっこりと笑い返してくれました。ホッとしたのも束の間、いきなり距離を詰められてしまいました。
「やっぱり、すぐにでも結婚しましょう」
「え、えぇっ!」
「それで、私を正妻とした上で側室を迎えてください」
「ど、どうしてそういう話になるんですか!」
私が慌てて止めようとしましたが、セレナはさらにグイッと近づいてきました。
「私を助けるためにこうして連れ出してくださったのでしょう? そのためにノアさんに無理をさせるわけにはいきません」
真剣に見つめられて、私は咄嗟にセレナの肩を掴みました。
「私は! セレナを愛しています! ずっと、貴女が欲しかったんです! だから、セレナを連れ出したのは、私にとっては幸運なことだったんです」
言葉の勢いは徐々に収まっていきました。セレナを困らせたくないと言いながら、こんな勢いで行ってしまうなんて。自己嫌悪です。
「そう、だったのですか?」
一方のセレナは目を丸くして、瞼をぱちぱち。どんなときも愛らしいです。
「はい。今回のことがなくても、セレナを私の妃にするためなら手段を選ばないつもりでした。こんなこと、言われても困るでしょうけど」
私は眉を下げてセレナを見つめました。こんな伝え方しかできない私に嫌気が差します。
「あ、あの、ノアさん、私」
「ねえ! さっきから、私たちは何を見させられてるわけ?」
セレナの言葉を遮って、カミラが声を上げました。すっかり忘れていましたが、シェリーとカミラ、プレストを待たせていたんでした。
「す、すみません、すっかり忘れていて」
「ひっどーい。これは、この失礼を帳消しにするためにも、私たちを側室にしてくれないと、ね?」
カミラはニヤッと笑いますが、私は小さくため息を吐きました。
「今回のお詫びは他の形でさせていただきます。私は側室を設けるつもりはありませんから」
カミラはムッとして頬を膨らませてしまいました。シェリーは肩を落とし、プレストにはギロッと睨みつけられています。ヴァンパイア族との関係悪化は避けたいというのに、厄介なものです。
「主、一つ良いか?」
「はい、もちろん」
メケに顔を向けると、メケはどこか言いにくそうに頭を掻いた。
「あー、なんだ。これは魔物側の大多数の意見なんだがな?」
「はい、教えてください」
私には魔物たちの意見を汲み取る責任があります。それがどんなに私にとって都合が悪くても。
「主が魔物の姫を娶らないことに反感を抱いている者もいる。元々ノアは人間だ。魔物と人間の共生のために頑張っていることは伝わってくる。だが最後には人間側につくんじゃないかって、不安がっているんだ。今のノアは、俺たちとセレナを天秤にかけたら、セレナを優先するだろ?」
「私はセレナも魔物たちも、全てを守る自信はありますが」
「力の問題じゃない。もしもどちらかを選ばなければいけない状況になったら、という話だ」
メケの言葉に考え込みます。確かに、魔物の側室を迎えることで魔物たちの不安を解消することができるのであれば魔王としては良いことでしょう。でも、セレナを不安にさせることは嫌です。
「ノア様、私も側室を持つことに賛成です」
急にリオンからも進言されて、私は戸惑ってしまいました。リオンは、私の気持ちを汲んでくれると思っていましたから。
「理由を聞かせてください」
「はい。現在は小さな不満と不安で収まっていますが、ノア様がセレナ様へお気持ちを傾けるほど、魔物たちの不安も膨らみます。その結果、力で敵うはずがない魔王様ではなくセレナ様へ鉾先が向くことは想像に難くありません」
私はハッとしました。セレナだけを愛したい気持ちより、大切なこと。それはセレナを守ることです。ファンクスやフォルとも約束しました。
私は自分の気持ちにばかり目が行って、目的を見失っていたのかもしれません。
「セレナ、私が側室を持っても、私が愛するのは貴女です」
「は、はい……」
セレナはぎこちなく頷きました。私はリオンとメケに目配せをしました。私の最高の忠臣たちに。
主の逆鱗に触れるかもしれなくても、それでも主を想って進言をしてくれることこそ忠臣に必要な心です。そしてそんな忠臣に恵まれた主に必要な心は、その忠義を受け止め応えること。
「シェリー、カミラ」
「はい」
「はーい」
シェリーとカミラは私の前に跪きました。彼女たちではなくても良いのですが、魔物たちに根付く序列を考えるとヴァンパイア族か悪魔族から娶ることが賢明な判断でしょう。
「二人を私の側室として迎えます。セレナを正妻として正式に迎えるまでは婚約者としてよろしくお願いします」
私の言葉に二人は恭しく頭を下げました。普段は適当な言動が目立つカミラも、やはり一族の姫として育ってきただけのことはあります。
「プレストには引き続き二人の世話係をお願いします。セレナの世話係は、これから選任します。決まるまでは私かリオンに声をかけてくださいね」
「分かりました、ノアさん」
恭しく頭を下げてくれたセレナ。こうなったからには、これからやることは一つです。
「リオン、結婚式の準備をお願いします。まずはセレナとの結婚式を。それが終わり次第、シェリーとカミラとの結婚式を催します。内容や形式については三人の意見を優先してください」
「かしこまりました」
立て続けに三回の結婚式を挙げるなんて思いませんでした。けれど花嫁を迎えるなら、最低限の礼儀です。これから先、彼女たちと生涯を共にすることを宣言しなければなりません。
魔物たちに、そして、自分にも。
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