第30話
私が彼女に何を言えば良いのか分からなくて手をこまねいていると、ライノアが私たちの間に入ってくれました。
「まあまあ。二人とも怪我がなかったんだから良いじゃんか。ね? トリシャ」
トリシャと呼ばれた彼女は、渋々と言った様子で頷きました。ライノアがいてくれて助かりました。ライノアが促してくれたおかげで、彼女は私の方を見てくれました。
「トリシャ・クライノマック」
「よろしくお願いしますね。トリシャさん」
私は握手を求めましたが、無視されてしまいました。つい苦笑いしてしまうと、ライノアも同じように笑っていました。
「二人は知り合いだったのですか?」
「うん。学園で同じクラスだったから。ね?」
ライノアが問い掛けると、トリシャも頷きました。トリシャといえば、有名な冒険者と同じ名前です。有名といっても魔物たちの中で、ですけど。何人もの犠牲者が出ているので、私も警戒をしている相手です。
しばらく三人で軍服のまま立ち話をしていると、傍を一人の騎士が通りかかりました。私たちを見る蔑んだ眼差しと見覚えの人によく似ている風貌。
「おい、着替えずにこんなところで何をやってる。やっぱり平民はとろいな」
嘲笑うような言葉にトリシャが一歩前に出そうになったので、私はトリシャの肩に手を置いて前に出ました。
「失礼しました」
「ふん。謝れば良いと思っているのか? ああ、お前、あれか。ノアマジリナ・プルーシュプか。両親殺しの」
またそれですか。なんて思いましたが、彼の風貌はリーベスによく似ています。オレンジ色のツンツンとした髪と、父親譲りの大柄な身体。違いといえば、リーベルは前髪の分け目が左ですが、彼は右ですね。それ以外は双子かと思うほどよく似ています。
「オレはオスカー・ヴォルフルヴォ。弟と仲良くしてやれよ?」
そんな高圧的な笑顔で言われて、はい分かりました、なんて言うと思っているんでしょうか。ライノアは苦笑い、トリシャは汚物でも見るような目で見ています。その様子に苛立ったらしいオスカーが何かを言う前に、私はオスカーに微笑みかけました。
「以後よろしくお願いします」
下手に出たような雰囲気を出してあげると、オスカーは満足げに笑いました。そして何かの任務中だったのか、すぐに立ち去ってくれました。
私がホッと息を吐いたころ、ロッカー室の方からがやがやと人が出てくる声が聞えました。私たちは目配せをしてその集団が立ち去るまで息を殺して隠れました。彼らがいなくなると私たちはロッカー室に入って、ようやく着替えることができました。
「ドッと疲れた」
「全く。貴族ってのはあんなのばっかりだ」
二人の言葉に私は苦笑いしてしまいました。騎士団の中でも貴族と平民の格差や差別があるのは分かり切っていることです。それを黙らせるには、騎士団長やルイーザのように実力を見せつけるしかありません。
「それにしても、ノアは貴族への対応に慣れてるな」
「両親が名誉男爵でしたから、マナーはひと通り学びましたよ。それに今は公爵家の護衛の仕事もしていますし、商会運営の中で貴族の方と話すこともありますからね」
私の言葉にライノアとトリシャはポカンとしました。そして先にハッとしたライノアが恐る恐るといった様子で聞いてきました。
「えっと、ノアって騎士、だよね?」
「はい。ですが副業のような形で護衛と商会運営もしていますよ。弟を養うためには必要ですからね」
意味が分からないというような顔をされてしまいました。理由のところは、まあ、本当のところは魔王城の運営にお金が掛かるというのが本当のところですけど。
ちなみに公爵家の護衛の仕事は、夜や休日に限定して続けることになりました。無理のない範囲で、とのことですが、公爵家の皆さんの総意で決定されたことです。セレナも私を求めてくれていることが嬉しかったので、つい二つ返事で受け入れてしまいました。
三人で騎士団の訓練所を後にすると、それぞれの家に帰ることになりました。平民街に住む二人と別れて公爵家に向かう私を見ている二人の顔は、怖くて見ることができませんでした。
私は彼らと上手くやりたいですけど、こういう問題には難しいところがありますからね。個人の努力ではどうにもならないこと、というものもあります。
「ただいま戻りました」
公爵家別邸に到着すると、すぐにリオンが出迎えてくれました。
「ノア様! ご卒業おめでとうございます! それから、騎士団入団おめでとうございます!」
「ありがとうございます、リオン。ですが、朝も言ってもらいましたよ?」
「誰よりも早く、誰よりもたくさんお祝いしたいですから」
にっこりと可愛らしい顔で笑うリオンを見ていると気持ちが軽くなります。さっきまでの憂鬱なんて、吹き飛んでしまいます。
「ノア様、パーティーの用意ができていますよ。こちらへどうぞ!」
嬉しそうなリオンに連れられて歩いていると、何やら食堂から声が聞こえます。リオンがドアを開けると、クラッカーが鳴り響いて私を出迎えました。
「ご卒業、騎士団入団、おめでとう!」
食堂にいたのはいつものメンバー。ルイ、セレナ、ファンクス、リア、フォル、バロ。護衛のメケとマチルナ、それからデックもいます。テーブルの上には美味しそうな料理が所狭しと並んでいます。これはラウラの料理のようですね。
この別邸には私が許可した人しか入れないように魔術をかけてありますから、フォルとバロの護衛は入ることができません。ですがメケとマチルナがいますから、防衛は問題ありません。
「皆さん、ありがとうございます。とても嬉しいです」
「兄様!」
私は照れ臭くなって言葉に詰まりました。そんな私に、ルイが抱き着いてきてくれました。いくつになっても可愛らしい大切な弟をギュッと抱き締めると、心が温かくなります。
「ルイ、ありがとうございます」
「兄様、俺の隣に座ってください!」
「いや、私の隣だろう?」
「わ、私の隣でも良いですよ!」
ルイとファンクス、リアが取り合ってくれて、小さく笑みが零れました。セレナをちらりと見ると、何か言葉を飲み込んだようでした。日ごろ私が護衛に就くようにファンクスと取り合ってくれている彼女ですが、フォルの手前我慢しているのでしょう。
結局ルイとファンクスの間に座ることになりました。後でリアとセレナの方にも行きましょう。私もお話がしたいですし、求められて嬉しくないわけがありませんから。
「ノア、護衛の仕事を続けてくれると言ってくれて、嬉しかったぞ」
パーティーが始まってしばらくして、厨房にいたラウラも合流したころ。ファンクスがぽつりとそんなことを言いました。
「いえ、私としても嬉しかったです」
「……私がノアと離れたくないというのも本音だ。でも、セレナのためでもあるんだ」
「セレナの?」
私が聞き返すと、ファンクスは寂しそうに小さく微笑みました。
「セレナはフォルの婚約者だ。立場上、好きなものを好きと言えないからな。察してあげられる分だけでも、私ができる限り手放さなくて良いようにしてやりたいんだ」
相変わらずセレナが大好きなファンクス。私もルイのこととなるとできる限りのことはしたいですから、気持ちは分かります。
それに、今の口ぶりではセレナが私を好きみたいではないですか。私としては全然嬉しいのですが、フォルの手前それを顔には出さずに微笑みました。
「私にとってもセレナは大切な存在ですから。精一杯お側でお守りしますよ」
「……ありがとう」
ファンクスが目を閉じてそう呟いたとき、ルイが私の袖をくいくいと引きました。
「兄様、ルイもお話がしたいです」
「ふふ、もちろんですよ」
私はルイに向き直って、他愛ない話を始めました。その話の流れがどこかで変わって、ルイは少しもじもじし始めました。
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