MY NEW STORY

こーの新

第1話



 私は薄暗い神殿で目を覚ましました。背後には倒れている男女の姿。見たことがあるけれど、誰でしたっけ。分かることは今、目の前に置かれた鏡に映る私の頭部に真っ赤な角が生えているということだけです。


 ひとまず落ち着いて状況を整理しましょう。まず私は何者なのでしょうか。ジッと考えてみると、どう考えてもこんな薄暗い石造りの神殿とは無縁の人間であることが思い出せました。


 学園恋愛シミュレーション型ノベルゲーム『Set up! New Story』通称『セトスト』は〈LOVE GAME〉というゲーム業界の中核に食い込むか食い込まないか、という立ち位置で活躍していた企業が開発したゲーム。


 この〈LOVE GAME〉こそ私が新卒で就職した会社でした。そう、だったのです。


 これから主力ゲームである『セトスト』の本編が完結するぞ、というタイミングで幹部役員の横領が発覚。そのまま逮捕されたことから私の超絶怒涛の物語は始まりました。



「やりましたよ!」



 とはいえ、です。私はこの事件によって『セトスト』の本編が完結しなかったことに柄にも合わず喜びの雄叫びを上げてしまいました。なぜならば。私は本編の結末に異議を唱え続けていたから。


 私が愛してやまないキャラ、というかもはや嫁。それこそこの『セトスト』の攻略キャラ第一王子フォルの婚約者、悪役令嬢セリューナ・ジラージ様です。愛称はセレナ。絹のような白髪が美しく、グレーの切れ長な瞳が凛々しい公爵令嬢なのです。


 『セトスト』の本編は四人の攻略キャラそれぞれに対してハッピーエンドとバッドエンドが用意されています。最も高感度が高かったキャラの好感度が八十パーセントを超えていればハッピーエンド、超えていなければバッドエンドに進みます。


 この全八エンドの内、セレナが死なないのは二つのエンドだけ。攻略キャラの一人である兄、ファンクスのエンドに入ったときだけは、シスコンを拗らせたファンクスによって地下牢に繋がれてファンクスのペットとなるメリバエンドを迎えます。


 私としては正直これもバッドエンドだと思いますが。兄のペットって。なんですかそれは。ファンクスよ、私と変われ。私にセレナを愛でさせてください。



「コホン」



 なんて、そんなことは置いておいて。私は確かに〈LOVE GAME〉に勤務する社畜でした。しかし横領事件が社会的に注目されると、矢面に立った社長には世間の誹謗中傷の刃が切りかかりました。


 全くもって事実無根であることは誰の目から見ても明らか。そう思って放置してしまったことが悪かったのか、真実を見破るネットリテラシーを持ち合わせていなかったネット社会の住人が悪かったのか。社長は誹謗中傷に心を病んで、心労で亡くなりました。


 社長の後を追うように会社は倒産し、我々社員は路頭に迷うこととなりました。社長を責める社員は誰もいませんでした。葬儀にも全員が出席して社長を悼み、彼が愛された人であったことを示しました。


 社長の葬儀が終わってからというもの、ベテランの社員たちは次々に転職を決めました。確かなスキルを持っていた彼らは私たち若手とは違って即戦力でしたから。一方の私たち若手は長らく転職エージェントの元に通うことになりました。


 けれどそれでも周囲の元同僚たちは転職を決めていきました。次は私だと、最初は根拠もなく思っていました。けれどやはり、根拠がなかったのです。私は無職のまま、セレナのぬいぐるみを片手に握り締め公園のベンチで呆然としていました。


 手から滑り落ちたスマホには数えるのも嫌になるようなお祈りメールの数々。その頃にはゲーム業界への転職を諦めて他の業界へも視野を広げていたというのに、お祈りメールしか来ませんでした。



「はぁ」



 私は深くため息を吐いて、ベンチの先に広がる雄大な景色を眺めていました。展望台としても有名なその公園は高台の上にあり、街を一望できました。家々がジオラマのように見えるこの場所は、私の会社員時代からのお気に入りの場所でもありました。


 セレナが不可抗力によって悲しんでいるとき、陥れられたとき。セレナの身に何か起きるようなストーリーに決定したときも、ストーリーが配信されたときも。私はここでぼんやりしていました。


 私が制作を担当していたキャラはセレナではありませんでした。けれどセレナが大好きすぎて、セレナの担当者と白熱した議論を繰り広げた日が懐かしく思えます。


 そうそう、私が担当していたキャラというのがこれまた不憫なキャラでした。攻略キャラの一人、魔術師のルイの兄、ノアマジリナ・プルーシュプ。完全にモブキャラ認定されている彼が私の担当キャラです。


 ちょうど今の私のように真っ赤な角が生えるキャラデザインがこれから公開される予定だったキャラクターです。背中には黒い翼が生えていて。そうそう、今の私のように。



「え?」



 私は目を疑いました。思えば、目の前に映っている私はどう見ても私が担当していたキャラクター、ノアマジリナ・プルーシュプです。それも本編終了後に解禁される真の姿の方。


 ノアと呼ばれた彼は両親を殺したとして弟のルイや周辺貴族に追放されます。そしてノアは実家を離れて森で一人暮らしをしていました。登場シーンは会話部分だけならルイが兄を貶すシーン。イラストはルイの幼少期の回想スチルに見切れる程度。


 ここまで聞くと、完全なモブキャラですよね。私も説明していてモブだなぁと思います。私の名前は模部もぶ太郎たろう。親近感の沸くキャラ設定です。


 なんて。これはノアの公開されている設定に過ぎません。ノアの裏設定は全くもってモブじゃありません。なんといっても彼は、ラスボスですから。


 ノアは両親を殺したとされていましたが、事実はそうではありませんでした。


 ノアの両親は魔術師でした。魔術師は魔法陣に体内に流れる気を流し込むことによって魔法を発動させる職業です。ノアの両親は気が少なく、どこにでもいるような魔術師でした。けれど息子のノアは、気が多く、宮廷魔術師クラスと言われました。


 両親から期待を受け、周囲にちやほやされていたノアの人生が変わったのは七歳のとき。弟のルイが国で一番強く気を使うことができることが判明し、周囲は手のひらを返したようにルイを可愛がり始めました。


 そしてあろうことかノアの両親は、魔術の神であり魔物の創造神である魔神にノアを生贄として捧げて自分たちの気の量を向上させようと画策しました。けれどその策略は見事に失敗し、逆に両親の命と引き換えにノアが魔力を得て魔王として君臨することになりました。


 魔神がノアの素質を見破り、魔力を与えることで魔王に変えてしまったというのが公式設定です。ファンブックへの記載は削除されてしまいましたが、気が多いと魔力への適正も高くなるという裏設定があります。


 つまり生贄が弟だった場合にはさらに強い魔王になっていた可能性もあるんです。これは攻略キャラたちと魔王が戦うときに魔王が負ける理由に繋がってくるので伝えておきたいところだったのですが。プロジェクトリーダーには勝てませんでした。


 とはいえ現在の私の姿はノアの最盛期の姿ではない。幼い姿に有り余る力を有している、幼少期の回想スチルに出てくる方の姿だ。そしてこの、私の後ろで無残なほど引き裂かれた姿で倒れている二人は、ノアの両親だ。



「私、もしやノアに転生してしまいました……?」



 状況を見ればそういうことだろう。ゲーム制作の資料としてそういう設定の作品は何作も読んだから、あまり驚かない。リアルにも結構あることなんだな。



「とにかく、ですね。折角どういうわけかノアになれたんですから、やることは一つでしょう!」



 私は愛するセレナを守り、愛し、あわよくば妻に迎え入れたい!


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