0511

水萌

第1話

 電車に乗りながら、ゆっくり本を読みたい。その欲求は今日も果たせないまま、池袋に到着した。毎日レポートとテスト勉強に追われていると、大好きだった本を読む時間さえ取れない。出来ない不自由さに気づいた途端、猛烈にそれをしたいと感じてしまうのが人間というもので、俺は今、あの紙の感触や家の積読を思い出してうずうずしている。高校時代に比べて、本を読む頻度が格段と落ちていると思う。

 その原因は何だろう。階段を上り、座れる気配のない山手線に乗り換え、つり革を掴みながら考える。

 上京してまず驚いたのは、電車の人の多さだ。満員電車を覚悟してはいたけれど、こんなにも精神的にも身体的にも負担がかかるものだとは思いもしなかった。テレビや雑誌で目にするのと、実際に体験するのではこんなにも違うのだと、身を持って感じる。

 ついこの間の三月まで繰り返されていた高校時代、片道一時間と長距離通学ではあったけれど、電車で座れるのは当たり前だった。私は、その道中で読書をするのにハマった。最寄り駅まで席が満席になることは滅多になかったから、百ページは余裕で読むことが出来たのだ。しかし、東京で同じことをしようとするのは至難の業である。まず、座れることが滅多にないし、身体を限界まで押し込んだ車内では、本を出すことさえ申し訳なく思えてしまう。一日に何度もごめんなさい、とすみません、を繰り返しながら、私は今日も学校へと向かう。

 新宿を過ぎ、電車内の満員が解消された。意識的に目を閉じ、思考を遮断する。目を開けている間、本を読んだりスマホを見たりして気を紛らわせていないと、悩むべきではないはずの日々の雑多な事柄について悩み始めてしまうのは私の悪い癖だ。本当は、ごく平凡な「普通」の大学生活に満足しているはずなのに。

このままでいいのかという焦燥感と、暇を実感している自分への嫌悪感に押しつぶされそうになっている。

 することもないのでスマホを開くと、「新着メッセージがあります」の文字。慣れた手つきでラインアプリを起動させる。


「今日、暇?」


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0511 水萌 @minam0-coffee

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