転生したら声優になりました〜なぜ、わたしは転生前の世界の自分を演じることになったのか〜

只野 段

第1話 『如月 詩音』

「ふぅ~今日も一日頑張ったっ! わたしっ!」


 魔王に支配されていた世界『ディメンショナリー』から、この現代日本に転生した、わたしこと、『キサラ・ギ・シオン』。


 今では『如月 詩音』として二十一年間を過ごし、声優として活躍している。


 記憶を取り戻した、五才の頃テレビでやっていた『プリ○ュア』を見て、わたしの心の琴線に触れた。

 そして、その巨大な悪に立ち向かう姿はまるで、前の世界のわたしを思い出せた。

 そのアニメに感銘を受けて、朧ながらに声優と言うものを知り、わたしもやってみたいという気持ちが漠然と芽生え始めていた。


 そんなわたしが本気で声優になろうと決めたのは、十五歳のときだった。


 ある日、偶然観ていたアニメで、その世界にどっぷりとはまり、キャラクターに命を吹き込む声優という仕事に強く魅了されたのだ。


「わたしも、あのキャラクターみたいに誰かを勇気づけたい!」


 元々、私自身が騎士としての経験があり、その性格ゆえか、自然とそのような想いが芽生えてしまったのだ。


 その想いが募り、高校生の頃には声優養成所に通うことを決意。

 もちろん、最初は親を説得するのに苦労した…

 けれど、情熱を伝え続けて応援してくれるようになった。


 放課後や週末に養成所でレッスンを受け、発声や滑舌、感情表現の基礎を徹底的に学んだ。

 周囲のライバルたちは皆、才能や個性を持った強者ばかりだったが、それでも諦めなかった。

 夜遅くまで練習を重ね、必死に努力を続けた。


 やがて、十八歳で事務所に所属することができ、デビュー作はほんの端役だった。

 けれど、それでも一歩ずつ夢に近づいている実感があった。


 そして、いくつかのオーディションを経て、少しずつ大きな役を掴み、いまではレギュラーキャラクターも任せてもらえるようになった。


 そんなある日――


「詩音ちゃん、この役やってみない?」


 この人は事務所のマネージャーの『轟 凛音』さん。


 わたしより三歳年上で、わたしが落ち込んでたり、困ってたりしてると相談に乗ってくれる、とても頼りになるお姉さん的な人だ。


 一九歳までは声優をやっていたのだけれども、喉が調子悪いと思ったらポリープが見つかって…

 運が悪いことに悪性だったらしく…

 その時に、声優を引退したんだけど、声優という仕事に携わりたくてマネージャーに転向。


 いきなり、畑違いの仕事で困ったんじゃないかと思っていたけど、そんなことはなく、テキパキと仕事を終わらす姿に他の皆は呆気に取られたらしい。


 どこかで見たことがある顔なんだけど…まさかね。

 転生前の世界でギルドの職員をやっていたお姉さんにそっくりだ。


 でも、そんなはずないし…


「………」


 わたしの気のせいだよね。

 そういうことに、しておこう。


「で、詩音ちゃん。やってみる?」


「凛音さんのオススメなら、やってみようかな? なんてタイトルのどの役ですか?」


「えっと…『勇者転生〜鯖を食べて当たって死んだら異世界でした〜』って、タイトルの『キサラ・ギ・シオン』って、いう女性騎士の役だね」


「えっ!?!!!」


 まさか…どういうこと? 私の転生前の名前と同じ…!

 しかも、女性騎士ってところまで同じっ?

 ど、どうなっているのっ?


 …はっ! 


 まずは、あらすじを聞いてみないとっ!


「ね、ねぇ、凛音さん。台本はありますか?」

 

「あ、そうね…えっと…このあたりに…ん~…あ…これかな? はい」


 そう言うと凛音さんは台本を渡してきた。


「どれどれ…」


 ―ぱらっ


「え~っと…」


 ある日、海釣りをしていた主人公『只野 英雄』はその日の釣果が鯖一匹だった。

 がっかりしながら、部屋に戻り鯖を捌いて食べようとしたところ、ガスが止まっているのに気づき、仕方なくライターで炙りながら食べていた。

 だが、ほとんどが生焼けだったらしく、その日の夜に腹を下す。

 しかし、下すだけでは済まず鯖に中ってしまい、死んでしまう。

 それを見た神様は不憫に思い、異世界で最後の龍の生き残りの少女と共に魔王を倒せば元の世界で生き返らせてやろうと、ありがた迷惑な要求をしてくる。

 

 その世界は聖都『リトリア』が最後の希望、人類の最後の砦だった。

 わたしも、リトリアから西方の国『クリミカ』国の辺境伯の娘として、騎士になり国境線を維持していた。

 だが、そこに魔王軍からの降伏勧告の使節団がやってきた。

 『砦を引き渡すのならば、危害を加えない』とした書面に諸将の意見は割れた。


 わたしは、断固拒否!


 一人でも魔族と戦うと宣言すると、わたしは一番激しい西の森の攻防戦に趣いた。

 趣いて、しばらくして砦が落ちたとの訃報を聞き、こうなれば一人でも多くの魔族を道連れに吶喊とっかんしようとしたが、止められ捲土重来を勧められ、忸怩たる思いを抱えながら落ち延びた。

 

 その中で仲間たちが、一人、また一人と居なくなり、最後は私一人となり落ち延びた…


 それは、過酷な道のりだった…


 特に酷かったのは、食事だ…

 飲まず食わずが三日も続けば、そら誰だって毒キノコだって食べるようになるさ…

 死ななかったのは、幸運だったのだが…

 その時に、腹を下して排泄がつらかった…


 致していたところを魔族の襲撃なんてあろうものなら、わたしは局部をさらされて殺されると言う、不名誉な死が待っていたかもしれない…


 それ以前に、アレは人の尊厳を激しく損なう行いだと、その時にわたしは思い知ってしまった…


 あれはほんと辛かった…


 けど、結局、魔王軍に捕まり、今で言うところの『くっころ!』展開を地で行っていた…


 捕まり、ほんとぎりぎりのところで主人公の『只野 英雄』に助けられた。


 その時は名前が分からなかったけど、その世界では『ヒロ』と呼ばれていた。

 唯一、魔王を倒すことが出来ると言われる伝説の龍族の少女を引き連れたヒロは、そのときはわたしの王子様のように映っていた。


 そして、共に来ることを願われ、一緒に旅をすることになる。


 ただ…その時は遠巻きに誘われたのだ…


 …わたし、そんなに臭かったのかな…


 ま、まぁ、それは置いておいて…


 そのヒロの乗り物は、その世界では、まぁ見たことも聞いたこともない凄い乗り物だった。


 風呂も完備されており、早速体を洗った…

 その時の衣類を嗅いで、わたしは思った…

 そら、遠巻きになるなと…


 そのあとは、ヒロに騎士としての心構えなどを凄く褒められ何度もわたしの傍で話していた。


 ちょっと、うざいくらいだったよ…


 ま、まぁ…それになにより、ご飯がおいしかったっ!


 あまり聞かない製法、コメとかいったものは大変においしゅうございました。

 そして、それをスパイスが効いたルゥと呼ばれるものを煮込んだものをかけると、さらに美味しさが倍増したっ!


 あれは、ほんとおいしかった…

 

 きのこ食しかなかった、わたしにとっては神が降臨したのかとさえ、思えた。


 それに! そこにはトイレットなるものがあり、わたしは再び人としての尊厳を取り戻せた気がした!


 …今となっては、現代日本には、そんな素晴らしいものが、そこらじゅうに転がっていて、あれが、どんなに素晴らしいものかを知らない人が多すぎるよ…ほんと…


 ま、それは置いておいて、後で知ったことなのだけれど砦はわたしの父と母、厳密に言うと辺境伯夫妻なのだが…

 どうやら、魔王軍の密書が届いた時に受け渡すことは決まっていたらしい…

 そこに、断固反対するわたしが邪魔で西の森に派遣したとのことだ…

 それを聞いた、わたしは泣いた…

 酩酊するほど酒を飲み、憂さを晴らしてしまった…


 …けれども、父と母の決断も分かりたくはないが分かる…


 魔王軍は降伏したものには寛大で、差別も略奪もなく、普通の生活を約束されていた…

 しかし、歯向かう者には容赦しない…

 街は破壊され、住人という住人が殲滅されて、生き残った者には厳しい制裁がくだされ、女子供は奴隷として売られてしまう…


 そんなのを聞いたら、父や母の判断に文句は言えなかった…

 ただ、わたしがお子様な思考しか持てなかっただけなのだ…

 だけど、悪は悪…

 どうしても、わたしの心の中の矜持が許さなかった…


 そんな私の理想は、周囲にとっては迷惑なものだったのだろう。

 私の元を去った人々を見て、ようやくそれを理解した。

 最後まで、付き合ってくれた副官には悪いことをしたと思っているよ…ほんと


 もっと、大人な対応をすればよかった…と…


 とまぁ、わたしは気分一転して、わたしたちは旅をし魔王軍を倒していき、魔王城に差し迫った時に現れたのが、四天王の一人だった。


 火水風土の冠名を持つ、四天王の一人、土の冠名をもつ大魔術師の弟子『アイ・ダ・アイ』将軍とわたしは戦う事になる。


 だが、この土の冠名をもつ四天王は早い段階でリトリア侵略の時に倒したはずだった。


 名前はたしか、悪の大神官『ゾルゲ』とか言われてたヤツだ。

 ヤツの野心はリトリアを陥落させ、魔王軍に反旗を翻し、魔王に取って変わろうとしていた、ある意味見上げた根性を持つ、強敵だった。


 だが…神が主人公の転生の時に渡されたスキル『ぎりぎり生き残る』と『ぎりぎり勝利する』と言う、チートスキルを持っていた。


 なんでも、どんな攻撃を受けてもHP1だけは必ず残るとか、そのHP1の時にだけ、どんなものでも一撃で倒せるとか、そんなチートなスキルだ…


「………」


 なんだそれっ! 

 どうやっても、勝てないじゃないかっ!


 と、わたしは心の中でツッコミをいれた。


 と、まぁ、話が脱線したね。

 元の話に戻すと、わたしはそのアイ将軍を引き受け、ヒロたちは魔王の元に送り出した。


 このアイ将軍は、元は勇者の仲間だった…

 探求の書庫と呼ばれる大魔術師『オデェン』の弟子だった。


 ちょっと、おいしそうな名前だが、関係はない。


 だが、アイはヒロに一大決心をして告白をした。

 だけど…その時にこっぴどく振られてしまった…

 その失恋した、心の隙間を突かれ『ドーーーンッ』と、精神攻撃を受けて闇落ちして『ゾルゲ』の後釜として、四天王の一人になったのだ。


 わたしも、顔見知りを攻撃するのは、正直辛かった…

 けど、ヒロの行く手を阻むものはわたしは除外する!

 そう決めていたわたしは、アイと戦う事になる。


 壮絶な戦いだった…

 お互い、手の内を知ったもの同士、まさに千年戦争サウザンドウォーの様相を呈してきた…


 そして、お互い最後の一撃で勝負を決っそうと互いの力がぶつかりあった時に空間が割れたっ!


 お互い、全てをかけた一撃で体力も気力も尽き、何もできないままその空間に吸い込まれた…


 そして、気づいたときにはわたしは『如月 詩音』として生まれてきた、ということなのだ…


 その記憶が蘇ったのは、五才の頃、わたしは道路に飛び出してしまい、ながら運転をしている自転車にはねられて、頭を打った時だ…


 辞めよう…ながら自転車…

 やってるヤツ! ほんと死ねばいいと思うよっ!


 そのときは、ほんと、そう願ったねっ!


 まぁ、それは置いておいて、今に至ってるってわけ。

 そして、問題のタイトルの世界とその世界のわたしの設定が、まんま、転生前の世界と同じだった…


 …え、なにこれ…わたしがわたしを演じるってこと?


「………」


 …なんだか、楽勝じゃない?

 まさに、適役?

 簡単に完璧に演じれるじゃない、あはは。


 これは、まさに天啓。


 …やるしかないわね。むふふ…


「凛音さん。わたし、やりますっ! 是非やらせてくださいっ!!」


 自分を自分で演じるなんて、簡単だって~の。


「そう、じゃあ、オーディションに応募しておくわね」


「えっ…」


 オーディション…?


 わたしに回ってきて…決まった話じゃないの?


「ちょ、ちょ、ちょっと待って…おうでぃしょん?」


「そうよ。大丈夫、詩音ちゃんなら、必ずもぎ取れるよ。自信をもって」


「は、はい…がんばります」


 ちょ、ちょ、ちょっと待って…


 これで、この役取れなかったら…


 ―ゴクッ


 いろんな不安が渦巻き、詩音は固唾を呑んだ…


 わたし、この役取れなかったらどうなるの…


 いやいやいや…


 自分を演じるのに取れないなんて…


 ないないない…


 本人が本人を演じるんだよっ!


 取れないなんて、あることが…


 いや…あの時の気持ちと、今の気持ちの差があるわよね…

 この、甘ったれた世界で生きてきたわたしが、あのぎりぎりの世界のわたしを演じられるの…?


 いやいやいや…

 それでも、わたしはわたしだよっ!

 本人が演じるんだよっ!


 楽勝だって…あは、あははは…


「………」


 もし…落ちたら、百年は引きこもっちゃうかも…

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転生したら声優になりました〜なぜ、わたしは転生前の世界の自分を演じることになったのか〜 只野 段 @megahm47912

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