ギタリストと私

たまごパン

ギタリストと私


「たっだいまぁ!元気してた、ハニー?」


 私をハニーなどと呼ぶ酒とタバコのにおいを纏ったはこのひと誠に、まーこーとーに遺憾ながら私の唯一のライフラインだから、しかたなく、本当にしかたなく返事を返してやる。


「おかえりなさい。今日は誰も来てないです。だからギターを置いてさっさと風呂に入ってきてくれませんか?お湯は沸かしてありますから。」

「えー、一緒に入ってくれる?」

「っ……嫌です。ほら、さっさと入ってきてください。」

「つれないなぁ、あ、ご飯いつもありがとねぇ!」


 本当にこのひとはもう少し自分を大切にして欲しい。なにが一緒に入ってくれる?だ、何を考えているんだ。ワンルームの狭い浴室に2人も入ったら身動きもとれないし、それになにより、は、裸になんて……

 あのひとはいつもそうだ、雨の日なんか傘も持ち歩かないでいるからびしょ濡れで(しかもスケスケ!)帰ってくるし、私の作ったご飯をあーんなんてし!新婚夫婦みたいなことしてくるし、夜寝る時なんか寒いからなんて抱き着いてくるし!

 いつもいつも酒とタバコのにおいがして、それになによりバンドのギタリスト!こんなに貢いでください!みたいなナリをして、それで、しっかり私を養ってくれる。前にこっそり通帳を見てみたら(だって机の上に投げられてたから!不可抗力!)しっかり貯金もしてあって、これくらい稼いでいるなら、私なんかを養わなければこんなワンルームじゃなくてずっといいところに住めてたんじゃないかな、なんて思った。


「ふぅー、いいお湯加減だったよぉ、いつもありがとね、ハニー。」

「バ!ギ!ハ!……は、早く服を着てください、ああもう、服きたら髪乾かしますよ」

「へへ、やったぁ」

「っ……は、はやく服来てきてください!」

「はぁい」


 も、もう……何回言っても裸で出てきて……

私のことなんか、なんとも思ってないんでしょうね。


「戻りましたか、ほら、そこにかけて下さい。」 

「んー、いつもありがとうねぇ」

「いえ、だって、ほうっといたらいつまでも髪が濡れたままで過ごすじゃないですか。」

「えー、だってめんどくさいじゃん」


 同じシャンプーを使っているはずなのに、風呂上がりのこのひとの髪からは、何故かとてもいいにおいがする。だけどもいつもの酒とタバコのにおいが少し薄れて、何故か、何故か知らないけど少し残念な気持ちになる。

 

「もう……ほら、乾きましたよ。……味噌汁も温まった頃だと思いますから、食べましょうか。」

「はーい、ほんと、いつもご飯までありがとうね、適当にカップ麺とかでもいいのに」


 カップ麺なんて毎日食べてたらいつか体壊すから。体を壊されたら私の唯一のライフラインが無くなってしまうから、なんて反論言い訳を、ぐっと堪えて、夜ご飯を支度してあげる。

 このひとは、いつも一緒に食べることにこだわるから、しかたなく私も帰るのを待ってから食べる。

 ちゃぶ台に2人分のご飯を並べて、座る。


「いただきまーす!」

「いただきます。」


 今日の献立は、スーパーで安かった豚肉を生姜焼きにして、付け合わせに千切りキャベツ。あとは適当に、味噌汁とご飯とシンプルなものにした。

 ……それにしても、このひと、いつも変わらず美味しそうに食べるな。


「うーん、やっぱりハニーのご飯は美味しいねぇ」

「いえ、まあ、ありがとうございます。」

「そうだ、結婚式、どうする?」

「……え?」

「ようやくお金が貯まったんだよねぇ。ハニーはウェディングドレスも白無垢も、どっちも似合いそうだよね。私は……」

「……は?……え?」


 結婚式?結婚式……?


「あ!ちょっと!……今日はちょっと刺激強くしすぎたかな?」

 

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ギタリストと私 たまごパン @kaislily

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