第52話 お買い物に行こう1


俺は電車に揺られ、待ち合わせ場所であるターミナル駅へと向かう。

休日の朝だけあって、車内はいつもより人が多い。人混みを避けつつ、座席に座れないまま時間を潰していた。


駅に着くと、アリスから指定された場所へと向かった。


(やっぱ早かったかな)


 約束の時間よりもかなり早く到着したせいで、アリスはまだ来ていない。

だが、遅れるよりはマシだ。


(遅刻は絶対に避けたいし、かといって待たせるのも怖い……)


 単純な恐怖心ゆえに早めに行動してしまうのが俺の性分だ。

ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出し、耳に装着するとスマホで適当に音楽を流す。


(少しのんびり待つか)


次々と行き交う人たちの雑踏が、イヤホン越しに遠のいていくような気がした。



◇◇◇◇



(来ませーーん……)


 スマホの画面に映る時刻を見ながら、俺は内心ため息をつく。


(つくづく俺の扱いって雑だよな……)


 待ち合わせ時間を過ぎてもアリスの姿は一向に見えず、さめざめと泣く気持ちを堪えつつ、メッセージを送るべきか悩む。


(遅れてるかどうか聞くのもなんか負けた気がするし……)


 そんなことを悶々と考えていると、スマホに通知が届いた。

確認するとルイン――つまりアリスからのメッセージだ。


「もうすぐ着くってさ……」


 短く息を吐く。


(はあ……)


 買い物に付き合う前から、なんだか妙な気疲れを感じる。壁にもたれかかる姿勢はさらにだらっとしたものになった。

それでもしばらく待っていると、ホームの方に目をやった俺は、改札内にいる小柄なアリスの姿を見つけた。


(やっと来た……)


 ようやく到着したことに安堵しつつ、これから始まる買い物のことを考えると、再び面倒くささが胸をよぎる。気を引き締め直し、改札口から出てくるアリスを迎えに行った。


「ごめんね、遅れた……」


「大丈夫、俺も今来たところだから」


 罪悪感からか、アリスは少し申し訳なさそうに頭を下げる。


「それより買い物行くんだろ?」


「うん」


「じゃあ、行こっか……」


「うん」


 アリスが軽く相槌を打ちながら、俺の姿を上から下までじっくりと見て――


「ダサいね……」


「すいません……」


 辛辣すぎる言葉が容赦なく俺の心に刺さる。


「遅れてきたお詫びに服選びしてあげよっか?」


「気にしないでください……」


 妙な優しさに心をさらに抉られ、俺は力なく断る。

頼むから放っておいてくれ……そんなことを心の中で呟きながら、俺たちは目的の場所へとと歩き出した。



 ◇◇◇◇


 駅構内を出て5分ほど歩いた先にあるショッピングモールにたどり着く。


(ここ、アニメグッズ以外で来るの初めてだ……)


 このショッピングモールは服や靴などのファッション系ショップが並ぶ一方で、上の階には俺の大好きなアニメグッズや漫画が売っている。陽キャも陰キャも入り混じる、なんとも言えないカオスな空間だ。


「悟、こっち」


「はいはい……」


 アリスに引っ張られるまま、俺はショッピングモールの中にある一つのテナントへと入る。


――そこは完全にレディース服専門店。


(男一人じゃ絶対入らない場所だ……)


 周りに女性客ばかりの空気に、なんとなく居心地が悪くなってくる。


「ここのお店、値段がリーズナブルなのに可愛くて、アリス好きなんだ〜」


「へえ、そうなんだ……」


 アリスはすぐに服を選び始める。

そんな彼女の姿を横目に見つつ、ちらっと値札を確認して――絶句。


(た、高い……)


 “リーズナブル”の基準がどうやら俺とアリスでは大きく異なるらしい。普段親が適当に買ってきた服か、地元の安売りショップでしか服を買わない俺には、これでもう充分すぎるほどの高級品だ。


「これなんてどうかな?響好きそうかな?」


 アリスが手に取った服を胸元に合わせ、俺に見せてくる。


「あいつ、なんでも好きそうだけど……そっちのもう1つの方があいつ好きかもしれない」


「おお……」


 アリスは俺が指さしたもう片方の服を手に取り、自分の前に重ねて改めて鏡を覗き込む。


「うん、似合ってる」


「ふふ……まさか悟が役に立つとは」


「どうも……」


 なんとなく複雑な気分だ。

響が俺に見せてきたエロ本に描かれていた服装が、まさかこんな形で役立つとは――あの時の記憶、消し去りたかったのに。


「じゃあ、これ買ってくるね」


「おう」


 アリスは俺が勧めた服と、気に入った何着かを手に持ち、さっさとレジへと向かう。会計を済ませたアリスと店を出ると、今度は別のショップへと向かう流れになる。


(……長丁場になりそうだな)


 俺は無意識に肩を落とし、心の中でこっそりため息をついた。


 そのままアリスに連れられ、俺たちはショッピングモールの一つ上の階へと移動する。次に入ったのは、可愛らしい雑貨やアクセサリーが並ぶお店だった。


「わ〜、可愛い!」


 アリスは入った瞬間から目を輝かせ、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと動き回る。


(……ここもやっぱり高いな)


 ショーケースに並べられたネックレスやブレスレット、イヤリング――どれもこれも“可愛い”と言うには少しばかり値段が張るものばかりだ。


「ねえねえ、悟、これ見て!」


 アリスに呼ばれて向かった先、ショーケースには繊細で上品なデザインのレディースネックレスが飾られていた。


「これ、可愛くない?」


「ああ、うん……可愛いね」


 アリスは嬉しそうにネックレスを見つめている。そして、ふとこちらを見て――


「アリス、こういうの好きだな〜」


 ……催促だ。間違いない。


(そうか、これが俺が連行された真の理由か……)


 嫌な予感を感じつつ、恐る恐る値札を確認する。


「――――」


 絶句。

そこまで高価なものではない。だが、学生の俺が気軽にポンと出せる金額ではない。財布の中の栄一が怯えながらこちらを見つめてくる。


「ほ、他のも見てみない……?」


「……」


「こ、これとかも可愛いんじゃないか?」


「……」


 俺の必死な誘導にも、アリスはジッと俺を見つめるだけ。なるほど、最初からこれを買わせるつもりで俺を連れてきたんだな。


 ぐぅ……ここで機嫌を損ねると後々面倒だし、逆に今ここで好感度を上げておけば、もしかしたら以前の悪魔の件について何か詳しい話が聞けるかもしれない――!


 背に腹はかえられない。俺は覚悟を決め、口の中の唾を飲み込む。


「すみません、店員さん。このショーケースのやつ、お願いします」


「えっ……」


「かしこまりました〜」


 アリスは驚いた顔をしている。どうやら本当に買ってもらえるとは思っていなかったらしい。店員はすぐにネックレスをレジへ運び、丁寧に包装してくれる。


 俺は財布からお札を取り出し――


(さらば、栄一……!)


 心の中で栄一との別れを告げながら、レジにお金を差し出した。


「あ、ありがとう……」


「いいよ。この前は失礼しちゃったしな」


 アリスはネックレスの入った包みを大事そうに抱える。なんだかんだ言って、嬉しそうだ。


「そろそろお昼にしないか?どこかで食べよう」


「う、うん!」


 少し落ち着かない様子のアリスだったが、俺の提案にうなずき、ようやく次の目的――昼飯タイムへと移ることになった。

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