第44話 天敵
放課後、俺たちは再びオカ研の部室に集まっていた。
「あら、入部届がないわ……」
西園寺先輩が自分の書斎机を漁りながら、眉をひそめる。
「面倒ね……顧問のところまで行くのは」
そう言いつつも、明らかに俺たちの誰かに取ってこいと言わんばかりの視線を向けてくる。
「僕が取ってきますか?」
リエルがすかさず名乗りを上げる。
「あら、助かるわ」
先輩はまるで待ってましたと言わんばかりの顔をする。
「それじゃ、悟。行こうか」
「いや、俺もかよ」
リエルは当然のように俺を巻き込もうとしてくる。
「いいから、いいから」
とびきりの笑顔で俺の腕を引っ張るリエル。
「あーもー、めんどくさいやつだな」
結局、断る余地もなく俺はリエルに連れられる形で部室を後にした。
「「失礼しました」」
職員室でオカ研の顧問の先生から入部届を人数分もらい、俺たちは部室に戻る途中だった。
「あっちで書いてまた職員室に持っていくとか、めんどくさいにもほどがあるわ……」
俺は手に持った書類を揺らしながら不満を漏らす。
「まあ、それは仕方ないでしょ」
リエルはあっけらかんとした様子で答える。
そんなやりとりをしながら廊下を歩いていると、ふと窓の外に見知った姿が目に入った。
「アリス……?」
「あ、ホントだ。誰かと一緒みたい?」
リエルも窓の外を見て気づいたようだ。アリスはどこかのクラスの男子生徒に呼び出されたのか、校舎裏で二人きりで話していた。
「よし、見に行こう」
「は?」
唐突なリエルの言葉に、俺は思わず間抜けな声を漏らす。
「これも調べ事の一環ってことで」
「ただの面白半分だろ、それ……」
そう突っ込みつつも、リエルは既に駆け出していた。
「あー、待てって!」
仕方なく俺もリエルの後を追い、アリスのいる校舎裏へ向かう。
「うーむ、あれは……」
「告白現場だね」
「だな」
俺たちは校舎の物陰に身を潜めながら、アリスと男子生徒の様子を窺う。男子生徒の方は緊張で震えているのか、ぎこちない動きでアリスに向き合い、必死に何かを伝えようとしている。
「あの……!棚木さん!」
「うん」
「好きです!付き合ってください!」
男子生徒が声を振り絞るように告白するのを聞き、俺は思わず息を飲んだ。
アリスは少し目を伏せた後、柔らかい笑顔で答える。
「ごめんね……私、好きな人がいるんだ」
「……あ……」
男子生徒は肩を落とし、項垂れる。それでもアリスはその場を気まずい雰囲気で終わらせないように、さらに続けた。
「でも、あなたの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
「こっちこそ……ごめん……変に気を使わせちゃって」
アリスの笑顔に、男子生徒も次第に晴れやかな表情になり、その場を立ち去った。
「……俺、アリスがあんな優しいやつだとは思わんかった……」
「そう?」
「マジで。あいつ、響がいない時はマジで怖いから」
俺はリエルに小声で言うと、リエルが少し首を傾げた。
「そんなに?」
「本当だって。うちの学校の風紀委員の先輩くらい怖いんだぞ」
「へー、そんなに?」
「あの先輩なんて、多分何人か屠ってるって。響の姉さん並にヤバい人だと思う」
「へー、もっとその話、詳しく聞きたいな~」
「ああ、いいぞー。このまえ――」
何気なくリエルの方を振り向くと、そこにいたはずのリエルの姿が消えていた。代わりに――
「詳しく話を聞かせてもらおうかしら……佐藤悟くん」
「――――――ッ!?」
目の前には、さっき名前を挙げた風紀委員の先輩が、にっこりと笑顔を浮かべながら立っていた。背筋が凍るほどのプレッシャーを纏いながら、俺をじっと見ている。
「ま、待ってください!何でここに!?」
「あら、それは気にしなくていいのよ。さぁ、続きを話しましょうか」
俺の頭の中は完全にパニックだった。遠くを見ると、リエルがこちらに向かって申し訳なさそうに両手を合わせた謝罪ポーズをしている。
「おい、ちょっと待て!てめぇ――!」
そう叫んだ瞬間、リエルは一目散にその場から逃げ出していった。
「ちょっ……おい!!」
「あら?どこ行く気かしら……?」
彼女――風紀委員の先輩は俺の肩をガシッと掴む。思った以上に力が強く、簡単には逃げられそうにない。
「いやマジで、ほんとすみ――」
その時、不意に吹き抜ける風が、彼女のスカートをふわっと持ち上げた。
思わず目に入る健康的な太もも――かと思いきや、その下には黒のスパッツがしっかり装備されていた。
「……」
「……」
その場に変な空気が流れる。
「……見た?」
「いいえ」
「見たでしょ?」
「いいえ」
「そう……でも、どの道連行するからその時にゆっくり聞くわ」
彼女は静かに再び俺の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。
「――!!」
俺は反射的にその手を振り払おうとした――その時だ。たまたま彼女のスカートに手が当たり、再びスカートがめくれ上がる。
「……」
「……」
今度は、がっつり見てしまった。スパッツ越しにガードされたパンツのラインまで――。
「……ごめんなさーーーーーい!!」
「コロス……」
凍りつくような低い声が俺の背後から響いた。
命の危機を感じた俺は、その場から死ぬ気で走り出した。
俺は死ぬ気で逃げながら校舎内に飛び込んだが、風紀委員の先輩はまだ俺を追いかけてきていた。
「先輩……!校舎内を走るのは校則違反ですよね!?風紀委員がそれを破るのはどうかと思いますけど!」
息を切らしながら、追走してくる先輩に声を張る。
「……」
先輩は無言のまま俺を追い続け、左腕をチラッと見せる。そこには、風紀委員の腕章の下にもう一つ――**『緊急走行』**と赤字で書かれた腕章が見えた。
「なるほどー!それは不味い……!!!」
妙に納得しつつも、心の中で叫ぶ。
――ダメだ、追いつかれる……!!
思った以上に彼女の足が速い。自分の足にはある程度自信があったはずなのに、このままだと確実に捕まる。
「くそ……こうなったら!」
俺は階段を駆け上がり、彼女の追走を少しでも遅らせる策に出る。
「……無駄な悪あがきを」
先輩は低い声で呟きながらも、容赦なく階段を上がってくる。
2階にたどり着いた俺は迷うことなく非常階段へ向かい、扉を開ける。そして、階段を使わずに踊り場からそのまま飛び降りた。
「ぐぅ――!」
着地の衝撃で足に鈍い痛みが走るが、この状況ではそんなもの気にしていられない。
「……ちぃ」
非常階段にたどり着いた先輩も、俺が飛び降りたことに気づき、すぐに階段を駆け下りてくる。
――逃げ切れるか!?
俺は部室棟へ向かい全力で走る。後ろを振り返ると、少し距離は開いているが、まだ油断できない。
その時――。
「君……!」
部室棟の一室から、見知らぬ先輩が俺に声をかけた。
「こっち!早く!」
「……はい!」
迷わずその先輩の指示に従い、彼の部室へ飛び込む。
扉が閉まると同時に俺はホッと胸を撫で下ろした――が、次の瞬間。
「――――ッ!!」
部室内に広がる異様な光景に思わず悲鳴を上げた。
「きゃあああああああああああああああああ!!」
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