第40話 オカ研にやってきた
淡々と授業は進み、気づけば今日の授業も終わり放課後になっていた。
結局、あの後リエルと2人で話す暇は一度もなかった。授業中に無理に話しかけても目立つだけだし……まあ、タイミングが悪かったんだろう。
「悟、放課後だよー」
隣からリエルが軽い調子で声をかけてくる。
「ああ……」
俺は机の上に広げていた教科書やノートを無造作に鞄へ押し込み、椅子を引いた。
「悟、行くぞ」
そこに椿芽と響がやってきて、響が俺に声をかける。2人ともすでに準備万端といった様子だ。
「ああ、今行く」
俺も鞄を肩にかけて席を立ち、4人で教室を後にした。
まずは隣のクラスにいるアリスを迎えに行くことになったが――
「おやまあ、みなさんお揃いで」
ちょうど隣のクラスの前に差し掛かったタイミングで、アリスが廊下に出てくる。
「お前を迎えに来たんだよ」
響が軽く手を挙げて言うと、アリスは堂々と胸を張りながら答えた。
「うむ、くるしゅうない」
「何様だよ……」
「アリス様です……!」
「やかましいわ!」
響がすかさずツッコミを入れ、アリスはそれに笑いながら返す。
アリスは当然のように響の腕を取り、腕を組む。
「何やってんだよ、お前……」
「響にアリスをエスコートしてもらうため♪」
アリスは得意げにそう言いながら響にぴったりと寄り添う。
「恥ずかしいからここではやめろ!」
響は顔を赤くして慌てるが、アリスは構わずにニヤリと笑った。
「ここじゃなければしてもいいんだ?」
「ばっ……ここ以外でもするな!」
必死に否定する響をからかうように、アリスはさらに体を密着させる。
「響、照れちゃって可愛い!」
「や、やめろ! 胸押し付けるな!!」
響が半ば悲鳴に近い声を上げるが、アリスは全く聞く耳を持たず、さらにニヤニヤと楽しんでいる。
「むぎぎぎぎぃ……」
椿芽が歯ぎしりをするように2人の様子を見ている。
「ひーくんめ、鼻の下伸ばしちゃって……私だって……!」
小声でそんなことを呟いたかと思うと、椿芽は意を決したように響の反対側の腕を取り、腕を組む。
「椿芽!? お前も何やってんだよ!」
突然の椿芽の行動に響はさらに動揺し、声を上げた。
「アリスちゃんには負けないよ……!」
椿芽は視線をアリスに向け、真剣な表情で言い放つ。
「ふーん、椿芽も大胆になってきたね」
アリスは余裕たっぷりに笑い、椿芽を挑発するような視線を送る。
一方の椿芽も負けじとぐっと響の腕にしがみつくように密着し、2人の間で見えない火花が散り始めた。
「お、おい! 何なんだよこれ! やめろ、変な目で見られるだろ!」
響は顔を真っ赤にしながら必死にもがくが、アリスも椿芽も全く離れる気配がない。
「悟、止めなくていいの……?」
リエルが3人の方を指差し、俺を制するように言ってくる。
「いいんだ……」
小さく答えた俺の声は、どこか諦めに満ちていた。いや、無理だろ、あれは。特にアリスが怖すぎる……。
「ヘタレ」
リエルが冷ややかに言い放つ。
「うっせぇ……」
俺は肩をすくめて応じるが、反論する気力も湧いてこない。
前を見れば、響を中心にバチバチと火花を散らす椿芽とアリス。完全に俺の手に負える状況じゃない。
結局、椿芽とアリスは響にくっついたまま、俺たちはオカ研の部室がある部室棟へ向かった。
この部室棟の一番端に位置するオカ研の部室は、見た目からして異彩を放っている。他の頭のネジが外れた部活の部室ですらマシに見えるほどだ。そのうえ、薄暗くて少し怖い雰囲気すら漂っている。
「ここか……」
俺は腕を組んだままくっついている3人を横目に、部室の扉に手をかけた。
「失礼しま……」
扉を開けた瞬間、頭上から「ぽふっ」と何かが落ちてきた。次の瞬間、俺の頭のあたりから白い煙がふわりと舞い上がる。
――黒板消しトラップだ。
「……」
俺はしばらく呆然としていたが、後ろから響が感心したように声を漏らす。
「そんな古典的なイタズラするやついるんだな」
俺が頭についた粉を払っている間に、響たちがぞろぞろと部室の中に入っていく。
「中、暗いねえ」
椿芽が少し不安そうに部屋を見回しながら、壁際のスイッチを押した。
「なんでとーっ!?」
突然、部室内がチカチカと点滅し始め、吊られていたミラーボールが回転し、部屋中がカラフルな光に包まれる。
「な、なんなのここ……」
椿芽が慌ててスイッチを消し、別のスイッチを押す。ようやく普通の蛍光灯がつき、部屋全体が落ち着いた明かりで照らされた。
「誰もいないのか……」
響が部屋の窓際に置かれている高級そうな書斎机に目を留め、そちらへ向かう。
「ん……?」
「どうかしたか?」
俺が問いかけると、響が机の上に置かれていた紙を指さす。
「いや、これ。『現在不在ですので、要件のある方は名前を記入してください』って書いてある」
「不在なのか……」
「みたいだな。とりあえず、名前書いとくか」
響が机に置かれたペンを手に取った瞬間――
「いぢぃっ!」
響が突然飛び跳ねた。
「ど、どうした!?」
俺たちが慌てて駆け寄ると、響が若干涙目でペンを指さす。
「このペン……ビリビリするやつだ」
「……また小学生が好きそうなイタズラを……」
俺が呆れていると書斎机の椅子の方から笑い声が聞こえてくる。
「ぷふっ、あなたたち面白いわね……」
突然、部屋の奥に置かれた少し大きめの黒い椅子がこちらに向かってくるっと回る。そこに座っていたのは、青い目と白金の髪を持つ美しい女の子だった。
「あ、この人……!」
椿芽が驚いたように声を上げる。
「うちの学校の生徒会長さんだ!」
「あら、知ってたのね」
その少女――生徒会長は椿芽に視線を向け、感心したように微笑む。
「いかにも、私がこの学校の生徒会長でオカルト研究部部長の
「生徒会長様がこんな子供じみたイタズラしてるのかよ……」
響が呆れたように言うと、西園寺先輩は少し楽しげに目を細めた。
「あら? でも、楽しんでたじゃない?」
「楽しくねーよ!!」
響が声を張り上げるが、西園寺先輩はまるで意に介さず、椅子に優雅に座ったまま微笑みを浮かべている。
彼女は俺たちを一人ひとりじっと見つめる。その視線は鋭いようでいて、どこか余裕を感じさせる。俺も目をそらさずに見返したが、彼女と目が合った瞬間、なぜか心臓がドキッと跳ねた気がした。
「それで、ご要件は何なのかしら? 可愛い1年生さんたち」
彼女は優雅に微笑みながら問いかける。その言い回しはどこか上から目線だが、妙な説得力があった。
「えーと、西園寺先輩にちょっとオカルト的なあれで話を伺おうと……」
響が肩を竦めつつ答えると、西園寺先輩はふっと鼻で笑った。
「ふっ……いいかしら?」
「……?」
響が首を傾げると、彼女は唐突に冷静な声で告げた。
「オカルトなんて迷信、信じてないで真っ当に現実を見なさい」
「正論だけどオカ研の部長が言う言葉じゃないだろ!!」
響がすかさずツッコミを入れるが、西園寺さんは特に気にする様子もなく、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「オカ研の部長だからこそ、一番信用できる言葉じゃなくて?」
「それは……まあ、そうかもしれないけど……」
響が口ごもると、俺たちも微妙に納得せざるを得ない空気になる。
「……って、とりあえず話だけでも聞いてくれ!」
響が半ば強引に切り出すと、西園寺さんは面倒くさそうにため息をついた。
「はあ……仕方ないわね。話だけなら聞いてあげるわ」
「椿芽」
響が椿芽の名前を呼ぶ。
「う、うん」
椿芽は緊張した様子で返事をする。
「私……異能力に目覚めちゃったみたいで」
椿芽が小さな声で告げると、西園寺先輩はふっと微笑んだ。
「へえ……それなら、やってご覧なさい」
「え……ええーと」
椿芽は一瞬固まるが、次第に顔が真っ赤になりながら、気合を込めるように両手を前に突き出す。そして、まるで気合い玉を放つかのようなポーズで西園寺先輩に向かって振りかぶると――
先輩の髪の毛がほんの少し、ふわっと靡いた。
「あら、ちょうどいいそよ風ね……」
先輩は余裕たっぷりの微笑みを浮かべながら髪を整える。その姿に俺たちは一瞬沈黙した。
「椿芽、こんなんだったか?」
響が小声で俺に聞くが、俺もどう答えていいかわからない。
「あわわ……」
椿芽は顔を真っ赤にして目を回しながらその場でぐらぐらと揺れている。
「椿芽すごいじゃん……!」
アリスが目をキラキラと輝かせながら椿芽を見つめている。彼女の反応だけは椿芽を全肯定しているようだ。
「あれ、どうなんだ……?」
俺は小声でリエルに問いかける。椿芽に関して、正直何とも言えない微妙な雰囲気が漂っている。
「兆しは出てるけど、まだマシ」
リエルは少し真剣な表情でそう答えた。
「そうなのか……」
俺はリエルの言葉に若干の安心を覚えるが、それ以上に疑問が膨らむ。兆しってなんだ?
俺たちの視線の先では、椿芽がまだ顔を赤くしたままアリスに褒められて照れている。一方、西園寺先輩はどこか興味深そうに椿芽を観察している。
「それで他に何かないのかしら?」
西園寺先輩は椿芽に興味深そうに聞く。椿芽はどう答えるか迷っているようだ。
「えーとえーと、何故か前回みたいに出来なくて……」
椿芽は恥ずかしそうに目を逸らしながら言葉を絞り出す。しかし、西園寺先輩はそれに対してあまり驚きもせず、無表情で答える。
「はあ……まあいいわ。」
そして少し間を置いてから、意外な言葉が飛び出す。
「とりあえずこれが異能力かどうか別として、あなた達気に入ったわ。うちの部に入りなさい。」
「え?」
響は驚き、目を大きく見開いて西園寺先輩を見返す。その反応に、俺も心の中で驚くと同時に少し安心した。
「そこの書斎に、まあ一応色んな本があるから、入部届出した後なら勝手に触って調べるといいわ。」
「それじゃ、私は忙しいから。」
西園寺先輩はそう言い放ち、立ち上がる。
俺たちが少し呆然としている間に、先輩は部屋を出て行き、その場に残されたのは俺たちだけだった。
「……なんか、あっけないな」
響がつぶやくように言った。
「まあ、これで少なくとも気に入ってはもらえたみたいだな」
俺もそう思った。
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