第31話 カレー時々肉じゃが日和
「はあ、なんで俺まで叱られるんだよ……」
「そりゃ、お前も安全器具なしで降りたからな」
「お前が道連れにしたんだろが!!!」
響が露骨にキレる。まあ、正論ではある。
「まあまあ、本来なら出禁措置になるところを、口頭注意で済んだんですし……」
「大量の反省文が確定したけどな」
「ざけんな……」
理不尽な巻き込まれ方に、響は本気でゲンナリしている。そんな響を横目に、俺と鈴木は軽く肩をすくめながら話を続けた。
「あいつらに迷惑かけちまったな」
「そうですねえ……かれこれ30分以上は叱られてましたし」
俺たちは椿芽たちがいるテーブルへ向かった。本来なら今頃カレー作りをしているはずの時間。それなのに、大事な時間を全部2人に任せることになってしまった。
「あ、ひーくん達おかえり」
テーブルにいた椿芽が、俺たちに気づいて明るく声をかけてくれる。
「任せる羽目になってすまねえ、椿芽」
響が頭を下げると、椿芽はにこりと微笑んで首を横に振る。
「いいの、いいの。青春してたみたいだからねえ」
「何か手伝うことあるか?」
「んー、大丈夫。他の班の男子が薪割りとかやってくれたから助かっちゃったよ」
2人の会話を聞き耳で聞いていた俺はその「他の班の男子」とやらを探して目を向ける。近くにいた男子たちは、こっちを見てなぜか誇らしげに親指を立ててきた。
「なんだ、アイツら……」
「佐藤くんが知らないだけで、天野さんも若狭さんも、うちのクラスの男子から人気ありますからね。少しでも気を引こうと張り切ったんでしょう」
鈴木が冷静に分析しながら答える。
「ほーん」
俺は思わず気の抜けた声を出してしまった。最近、あまり意識していなかったけど――そうか、椿芽も若狭も、誰がどう見ても美少女なんだよな。そりゃクラスの男子たちも、必死にアピールしたくなるわけだ。
「椿芽、どうだろうか?見てみてくれ」
「およ、わかった。三人とも、もうすぐ出来上がるから待っててね」
鍋の具合を確認していた若狭さんが椿芽を呼び、椿芽はトコトコと向かう。その間に、鍋から漂ってくる出汁と醤油の芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。……醤油?
「椿芽、なんで鍋から醤油の匂いが微かにするんだ……?」
「さあ……なんでだろうねえ」
俺が問うと、振り向いた椿芽が少し悪い笑みを浮かべた。
「ま、まさか……!」
「さすが悟くんだねえ。察しがいいじゃん。でももう遅いよ。うちの班は肉じゃがなんだ♪」
勝ち誇った顔でそう言う椿芽。俺は返す言葉もなく固まった。確かに遅れてきた俺に文句を言う権利なんてないけど……
「これ……肉じゃがなのか!?」
「そだよー」
「な、道理で途中から他の班と違うことしてるなと思ったが……」
「ふふふ……もう遅いよ、朱音ちゃん」
いやいや、そこは若狭さんも気づけよ!と心の中で突っ込む俺。
「さあ、椿芽&朱音ちゃん特製の肉じゃがだよ!野郎共、たんと食え!」
椿芽が鍋からよそった肉じゃがを俺たちの前に並べてくる。どこか懐かしい家庭的な香りが漂い、その見た目は見るからに美味そうだ。
「こ、これ美味しいですね!」
「うむ、なかなかだ」
鈴木と若狭さんはさっそく箸を伸ばし、美味しそうに肉じゃがを頬張っている。
「椿芽特製の肉じゃがは毎回食うけど、やっぱり美味いな」
「えへへ……ありがと」
椿芽と響の間でそんなやりとりが交わされ、まるで二人だけの世界が形成されていく。そんな中、俺も盛り付けられた肉じゃがを箸で摘み、口の中に放り込んだ。
「美味……」
思わず漏らした一言だったが、それを椿芽は逃さなかった。
「ふっ……」
小さく勝ち誇ったような笑みを浮かべる椿芽。
肉じゃがを食べ終えた俺と響は皿洗いをしていた。最初は椿芽も手伝うと言っていたが、それだと申し訳ないし、何より――
(ここがきっかけで、あの結末だったからな……)
前回、ここで響が指を切って、それを椿芽が咥えたのがすべてのトリガーだった。その展開を、この形で阻止できたのは本当にラッキーだ。
「二人とも、これもお願いね」
「あいよ……ってやべ!」
椿芽が他の皿を何枚か持ってきて響に渡そうとするが、受け取ろうとした瞬間、響の手から皿がポロリと滑り落ちる。
(まずい……!)
歴史の修正力でも働いているかのような展開に、俺は慌てて動き、落ちた皿をダイビングキャッチでなんとか受け止めた。
「危ねぇ……」
「だ、大丈夫!?悟くん……?」
「この程度、気にするな」
「で、でも……額から血が出てるよ?」
「俺の額より皿が大事だ!」
(腕が吹っ飛んで死ぬ結末を回避できるなら、このくらいマシだろ……)
「そんなことないと思うけどなあ……ちょっと待ってて、絆創膏取ってくるね!」
椿芽はタッタッとどこかへ駆けていき、すぐに戻ってきた。
「ちょっとしゃがんで。届かないから……」
「ん……」
言われるままにしゃがむと、椿芽は俺の前髪を軽く持ち上げて、額に何かをペタリと貼った。その瞬間、顔が近くてドキリとする。
「絆創膏か……?」
「うん。ちょっと可愛い柄だけど、ごめんね」
「いや、俺が勝手に怪我しただけなのに、むしろありがとう」
「どういたしまして」
椿芽はニコリと微笑む。その笑顔にほんのり胸が温かくなるのを感じた。
その後も、俺たちは後片付けを淡々と続け、やがて午後の自由行動の時間を迎えた。
(なんとか回避できたかな……)
安心するのはまだ早いが、とりあえず問題のありそうなイベントを切り抜けることができたのは大きい。心の中で軽く安堵の息をつく俺だった。
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