第19話 放課後の一時


校門を出て、俺たちは自然とゲームセンターへと歩き始めた。放課後の街は、部活帰りの学生たちや、仕事に向かう大人たちが行き交い、どこかにぎやかで騒がしい。だけど、そんな喧騒を気にすることもなく、俺たちは気楽に歩いている。


隣を歩く響は、なんだか機嫌が良さそうに見える。ちらりと横顔を見ると、ほんのり笑みが浮かんでいるのが分かった。


「……」


ふと気になって声をかけた。


「なにお前ニヤついてんだよ」


俺が冷やかすように言うと、響は一瞬はっとした顔をしてから、照れくさそうに笑った。


「いや、別にニヤついてねーし。ただ……」


「ただ……?」


響が少し言葉を濁していると、俺の視界に、少し前を歩く椿芽と若狭さんの姿が入る。二人は楽しげに談笑しながら、時折笑い合っているようだ。話題が何かは聞こえないけど、穏やかな空気が漂っているのが伝わってくる。


「微笑ましいなって……」


響が少し低い声でそう呟いた。


だが、その言葉に対して俺は無意識に顔をしかめてしまった。なんでか知らないが、響が言うと変に引っかかるんだよな。


「お前が言うと若干卑猥な意味に感じる……」


すかさずツッコミを入れると、響はすぐさま反論してきた。


「なんでだよ!?普通に微笑ましいって言っただけだろ!」


響が慌てて反論する。


「もう……ひーくんたち、遅いよ!はやくはやく!!」


少し先を歩いていた椿芽が振り返り、俺たちに向かって手を振りながら声をかける。その顔はまるで子供のように嬉しそうだ。


「はいはい、さーせんさーせん」


響は面白そうに返事しながら、小走りで椿芽に追いつこうとする。その様子を見ていると、なんだかつられて俺も足を速めた。


さっきまでの他愛ないやりとりも、放課後の自由な空気も心地よく感じる。


そうして、俺たちはついにゲームセンターの前に到着した。店内から漏れる明るいネオンの光と賑やかな音が聞こえてくる。




「あと1回だ……次で取れる!

響がクレーンゲームのボタンをじっと見つめ、真剣な表情で言う。


「もうやめろ神野、お前さっきから同じこと言ってるぞ!」

 

「そうだよひーくん、気持ちはわかるけど、ここは引くべきだよ……」


「いいや、ここで引いたら男じゃねえ!」

だが響は聞く耳を持たず意気込んでまた挑戦する構えを見せる。


「ひーくん、だめ!だめ!もうそれで3000円だよ!!」


焦った様子で椿芽まで声を張り上げるが、響は頑として動じない様子だ。


「頼む神野……気持ちだけで十分だから……」

懇願するように若狭さんは響に声をかける。


 ことの発端は店内に入ってすぐ、椿芽と若狭さんが見つけた猫のぬいぐるみを見つめていたのを見た響が「俺が取ってやる!」と息巻いて挑んだものの、既にこの有り様である。今では響の熱意も空回りし、2人の心配だけが募っていく。


「響、お前ならやれる」


俺は響の肩をポンと叩いて、にやりと笑ってみせた。


「な、佐藤お前……」

若狭さんが驚いた顔をする。


すると、椿芽が慌てた様子で俺を見つめて叫んだ。「悟くん、ひーくんを止めてよ!」


俺はあえて椿芽の声を聞かなかったふりをして、さらに響に追い打ちをかける。

「男が始めた事を途中で止めるなんてできねぇだろ?……響、やれるよな?」


俺は横からクレーンの位置を確認しながら、響に声をかけると、彼も覚悟を決めた表情で答えた。

「ああ……任せろ……」


だが、どうやってもクレーンは意地悪なように景品を掴んでくれない。


「くっ……」

響が悔しそうに歯を食いしばるのを見て、俺は無言で財布から1000円札を取り出し、スッと彼の手に渡した。

「響、諦めるな。まだ軍資金はある」


「わりぃ……恩に着る」

響は感謝の一言を残し、再び挑戦を開始する。


「ちょっと、ちょっと!2人とも!?」


「お前ら、やめなってば!」

椿芽が呆然と見つめる中、若狭さんも焦りながら俺たちを見つめていた。


けれど、その瞬間だった。クレーンが静かに動き、狙っていた猫のぬいぐるみが「ポトン」と落ちる音が聞こえた。


「なんか……2つくっついて取れたぞ!?」

響が驚きの声を上げる。


「「やったああ!」」

隣で見ていた椿芽と若狭さんも歓喜の声を上げた。

 


「よくやったな、響」

響は俺とハイタッチを交わし、俺も思わずガッツポーズ。


「おう……ありがとう、悟」

響は感謝の表情で俺を見つめ、そしてすぐにぬいぐるみを椿芽と若狭さんに手渡した。


「え……いいの、ひーくん?」

椿芽が戸惑いながら訊く。


「お前が取ったものだろ?」

若狭さんも驚いた表情を見せた。


「2人に渡すつもりでやってたからさ」

そんな二人に響は少し照れくさそうに微笑んで言った。


 

 


「やあ!!」


「はあっ!!」


勢いよくエアホッケーのパックを打ち返し合う椿芽と若狭さんの姿を、響と俺はベンチに腰かけながら見ていた。二人の楽しそうな笑顔を見て、響が微笑んでいるのが気になって声をかける。


「なんでまた笑ってんだよ……」


「え……?そんなことないぞ」

響は少し焦ったように視線を逸らす。そんな響に、俺はふと疑問に思ったことをぶつけてみた。


「なんか、椿芽で思うことでもあるのか……?」


「いやあ、なんというか……あはは……」

響は苦笑いを浮かべたものの、やがて真剣な表情に変わり、ぽつりと漏らすように言った。


「椿芽が笑顔でいてくれて嬉しいなって」


「は?なんだよそれ」

思わず間抜けな返事をしてしまう。


「いや……うん、お前ならいいか……」

響はしばらく言葉を選ぶようにしてから、ゆっくりと話し始めた。


「あいつさ……こっちに引っ越してきた頃、周りからこう言われてたんだ」


響の口調が、いつになく真剣だ。俺は自然と身を乗り出して耳を傾ける。


「……」


「『悪魔の子』って……」


「……!?」


その言葉を聞いた瞬間、俺は驚きと戸惑いで思わず息を飲んだ。

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