ルイン攻防戦

 ルイン攻防戦における作戦は、いくつかの想定される状況に応じて臨機応変に対応することが求められる。

 そもそも不確定要素の多い戦いであり、情報も決して多くはない。言われたことだけをこなせばいいなどと甘い考えを持つ者はその命を危険に晒すことになるだろう。

 ルイン側からすれば、戦いが避けられないのであれば、やはり明るい昼間のうちが好ましい。しかし、残念ながら現実では夜に衝突することになるようだ。


「全員、作戦通りに!」


 アルファは大きな声で周囲の仲間にそう声をかける。

 すると弓矢を持っている兵士や冒険者が矢に火をつけ、それを遠くへ放った。

 予め燃えやすい素材をルインを囲むように設置しておいたため、あっという間に火が燃え上がる。

 その作戦はアルファの声が届かない場所へもすぐさま伝達され、次々と火のついた矢が放たれていく。


「まぁ、これで避けてくれれば楽なんだがな」


 作戦を考えるにあたり、まず最初に出た案が火を使うという至ってシンプルなものであった。

 基本的に生物にとって、火は恐怖の対象であり、それでいて人間のような賢い生物はそれを上手く利用することで様々な恩恵を得ることができる。

 上手く利用することができなければ、触れることでたちまちその命を奪ってしまう性質を持ち、しかし夜であれば周囲を照らして視界を良くしてくれる。

 そして今回、その火を使うことで多くの生物の本能に刻まれる火への恐怖を掻き立ててルインを通るルートを回避させようと考えたのだ。

 危険生物の大群に火を恐れない生物がいる可能性は考えられるが、流石にそれは少数だろうとの結論である。


(苦手な火を目の前にしても気にしている余裕がない、なんてことでもなければ……。まぁ、それなら私達の存在も気にしている余裕がないだろうから、ただ通り過ぎていくだけの可能性もあるか)


 前線近くに待機しているメリアスは燃え盛る火を見ながら考える。

 メリアスがずっと気になっているのは、危険生物が何故こうも同じ方向を目指して大群になって移動しているのかということである。

 理由はいくつか考えられるが、これまでルイン付近でこのようなことが無かったことからしても、やはり危険生物の異常行動と言えるだろう。

 普段なら残酷な弱肉強食の世界で互いに殺し合ったり牽制し合ったりしている様々な危険生物が一緒になって同じ方向へ移動する。何か普通ではないことが起きており、それが危険生物達を突き動かしているとも考えられるだろう。 

 

(いや、今考えても仕方がない。すぐそこまで迫ってきている危機に対応することだけ考えましょう)


 メリアスは余計な思考と判断し、危険生物の行動の異常性については一度頭の片隅に追いやった。

 

「……」


 一方アルファとエルファは武器を構えながらじっと危険生物の大群を見つめている。

 深まっていく夜の中、火の壁の奥に蠢く危険生物の大群はまるで悪魔の軍勢のようであり、一流の冒険者や熟練の兵士が集まっている最前線でも緊張や恐怖は少しずつ上がった士気を呑み込んでいく。

 しかし、それでも冷静さを失う者は誰一人としていない。勇者が近くにいるからというだけではなく、数多の経験からくる自信や知識によるところが大きいのだろう。

 危険生物は着実に近付いてくる。目の前に立ちはだかる火の壁には気づいているだろうが、速度が緩まない。


「ダメか……」

「いや、そんなことはないわ。見て」


 いよいよ火が近付いてきた時、段々と火を避けて道を逸れていく危険生物が現れ始めた。やはり、火を苦手としている危険生物は確実におり、かつ冷静に火を避ける判断を下せるような状況でもあるということだ。

 それで避けていく危険生物はざっと見積もって七割程度。残り三割は燃え盛る火の壁を気にせず突っ込んでくるようだ。

 また、すぐそこまで近付いてきたからこそ危険生物達の姿がかなりハッキリと見えるようになっていた。

 まず特徴的なのはその大きさ。世莉架のいた地球では考えられないような、横に数メートル、高さも数メートルあるようなとにかく大きい生物が当たり前のようにずらっと並んでいる。中には更に大きい巨体を持つ危険生物もいるが、それほどの大きさではなくとも通常の人間よりは大きい。

 見た目も多種多様であり、四足歩行で首が長かったり特徴的で鋭く大きい牙を持っていたり、手や足が異常に発達していたり羽がついていたりと、とにかく地球では見ることのできない特徴を持っている生物ばかりである。

 一般人であっても一目見ればそれが自分にとってどれだけの脅威なのか理解できるだろう。


「全員、準備はいいな!? 作戦はあるが、その通りに上手くいくなんて考えるな! 各々状況に応じて適切に判断し、適切に動け!」


 アルファの声が響くと共に、ついに危険生物のうちの一体が火の壁を超えてきた。

 それに続き、次々と火の壁を超えてくる危険生物達。その迫力は凄まじく、人間のちっぽけさを自覚させられるような、そんな光景だった。


「さぁ、開戦だ!」


 アルファが先頭を切り、ついに戦いが始まろうとしていた。

 そして、そんなアルファ達を遠くから見つめる者が一人。


(いよいよ始まるわね。それにしても、地球では見ることのできない物語にしか出てこないような生物ばかり……。あんなものを見たら、地球の肉食動物や危険と言われている動物が可愛く見えるわね)


 高さのある役所の屋上に忍び込んでいる世莉架は、遠くに見える危険生物の大群とそれに対峙するアルファ達を見据えていた。視力が異常に良いからこそできる距離感での状況把握である。

 世莉架は基本的に攻防戦に参加するつもりはない。ただ確かめたいことはあった。


(この世界の危険と言われる生物に対し、どれだけ私の力が通用するのかは確かめないといけない。現時点でのこの世界での自分の力がどの位置にあるのか、どれほどの相手にまで通用するのか。それを把握することで今後の色々な判断材料の一つにしたい)


 地球でも日々世界のどこかで戦闘が行われ、それによって命を失う者が出ている。それは人間同士の争いが多いが、異世界ネイオードでは熟練の冒険者がよく討伐系の依頼を受けているというところからも、人間同士や他種族同士の戦闘以外にも戦い自体は案外身近にあるということが分かる。

 そんな世界で世莉架は自身の実力がどこまで届くのか、どの程度の位置にあるのかを把握することは非常に大事であり、引き際を見誤らず最良の判断を下すのに必要なのだ。

 

(できれば一体だけこちらまで抜けてくる生物がいてくれたら助かるんだけど……)


 現在の攻防戦において、そしてその後について考えている世莉架の現在の目的。それは主に三つある。


(とにかくこの攻防戦を生き抜き、自身の実力の通用する範囲を把握すること。また、ルインおよびフェンシェントの裏社会や重要組織の情報収集。そして、どうすればいいのか見当もつかないけれど、どうにかしてアウストラリスと再び会って話をすること。今はこの三つの目的を柱として動かなければ)


 三つ目の目的、アウストラリスとの再会が最も不確定であり、現状ではほぼ不可能と言わざるを得ない。

 神と会うなど荒唐無稽な話ではあるが、世莉架は異世界転移の際に実際に直接姿を見た訳ではないが、アウストラリスと言葉を交わした。

 それであればまた会話できるチャンスがないとは言い切れない。だが、その方法については全く見当がつかない。

 トラリス教に入り、信心深く信仰を捧げていれば会えるというならば、既に敬虔な信者は皆アウストラリスに会えているということになってしまう。

 流石にそれは考えづらいため、他に方法を探すべきだが、その方法については世莉架であっても答えを出すのは不可能に近いと言えるかもしれない。


(まぁ、アウストラリスの件はとりあえずこの攻防戦を生き抜いた後の話ね。今は……)


 世莉架は役所の屋上で冷静に状況分析を続けていく。それこそが、今の世莉架にとっては一番重要なことである。



 **



「ふっ!」

 

 アルファは自らの槍に火を纏わせ、広範囲に強力な業火を撒き散らす。

 それだけで火の壁を全く気にせず超えてきた危険生物の多くが速度を落とし、避けるような動きをした。


「あれが勇者アルファの戦闘神法か……」


 近くにいた冒険者の一人がボソッと呟いた。

 アルファの戦闘神法は火である。他に使える戦闘神法はない。

 戦闘における実力のある者は戦闘神法が数種類使えることがある。特に勇者レベルであれば二種類、三種類使えても何らおかしくはない。

 しかし、アルファは火しか使えない。


「おらぁ!」


 今度はアルファが槍を地面に突き立てると、そこからいくつかの輝く赤い線が地面に現れ、危険生物の方へ向かっていき、途轍もない大きさの火柱が地面からいくつも噴き出した。

 

「す、すげぇ。なんつー火力と範囲だよ……」

 

 他の冒険者や兵士はその凄まじい力を見て驚愕している。 


「聞いたことがある。勇者アルファは確かに火の戦闘神法しか使えないが、それをひたすら極めたことによって多大な功績を残し、勇者となったってな」

「使える戦闘神法が多ければいいって訳でもないもんな。そこそこに使える数種類の戦闘神法を持っている者より、極めた一種類の戦闘神法を持っている者の方が強い状況ってのはあるな」

「でも、勇者アルファの強みはもう一つある。それが……」


 二人の熟練の冒険者がそんな話をしていると、アルファの隣に立つエルファが同じように地面に槍を突き立てる。

 すると今度は危険生物の前に多数の土の壁が現れる。そして土の壁を超えてアルファの業火が飛んでいく。

 危険生物はそれを避けるのに必死で街に近づくことが難しくなっているようだ。


「勇者エルファ。彼女の存在がよりアルファの力を引き立て、強力なものにしている」

「流石は双子か。特に言葉を交わさずともお互いのやりたいことが分かっているみたいだ」


 エルファの使える戦闘神法は土のみ。アルファと同様に一種類しか使えない。

 しかし、それでも勇者の称号を得ているということから、その土の戦闘神法がアルファと同様に洗練され極められていることは容易に想像できる。

 

「正直、俺たちは運が良かったな。最前線とは言え、二人の勇者のすぐ近くにいるってだけで何だか安全に感じるぜ」

「……、いいや、よく見ろ。全部とはいかないようだぜ。まぁ、作戦通りだが」


 火の壁を突破された際の作戦。それは最前線にいるアルファとエルファによる牽制、戦闘である。

 これだけでも多くの危険生物は二人の圧倒的実力者に敵わないことを悟り、避けていくことだろうと予想されていた。

 事実、二人が戦闘を始めてから明らかに火の壁の方へ後退し、避けていこうとする危険生物が次々と現れ始めている。

 だが、全てとはいかない。二人の攻撃でも怯まない高い実力を持っている危険生物か、攻撃を避けられる俊敏性を持っているのか、はたまた錯乱して突っ込んでくるのか。理由は様々だろうが、アルファとエルファの攻撃を受けながらも街の方へ向かってくる危険生物が確かにいた。

 そしてそれらの危険生物の対処を周囲の冒険者や兵士が行うのだ。


「さぁ、仕事だ!」

「いつも通り、命懸けのな!」


 最前線にいるのは戦闘経験豊富な熟練者ばかり。彼らは冷静に対処を始める。

 だが、このような状況になった時、別の問題が生じることも予想されていた。

 正面からの突破を避けていった危険生物は、回り道をしていくことになる。そしてアルファとエルファは確かに超強力な戦力だが、ルインのような大規模な街の正面範囲を全て完璧にカバーすることは流石に不可能である。

 つまり、アルファとエルファの手の届かない範囲まで危険生物が避けていった場合、アルファとエルファのいない状態で危険生物に対処する必要がある。


「やはり、こちらへ逃げてきたわね」


 そこで最初にその対処に当たるのは、メリアスのいる前線であった。

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