襲撃とコミュニケーション
人通りの少ない道に入っていき、ゆったりとした歩調で進んでいく世莉架。
そんな世莉架を尾行している複数人は裏社会的な世界で生きるグループの一つであろう。
(段々近づいてきているわね。まぁ、私が自分達の存在に気づいていて、誘い込まれているとは思っていないでしょう)
そこは大通りではない路地であるため、周囲は店などではなく、至って普通の住宅らしき建物が並んでいる。たまに住宅に囲まれた小さなお店と思われる場所もあるが、既に閉まっているようだ。
(どのタイミングで襲ってくるのか。または、私の家がこの街にあると思っていて、今日はその家を特定するだけのつもりかもしれない。まぁ、街の外から来た者ならその多くは宿を利用するだろうし、夜になってこんな住宅に囲まれた路地には来ないと思うのも当然ね)
仮に今日、世莉架を襲ってこないとすると、また明日から続けて狙われることになるかもしれない。それは世莉架からしたら非常に鬱陶しいことである。
(出来れば今日終わらせたい。あえて沢山の隙を見せているし、多分引っかかってくれると思うんだけど)
そんな世莉架の前に、左右に道が分かれるT字路が見えてきた。
ただ、曲がった先に何があるのかは不明であり、周囲が住宅街であることからも左右のどちらか、もしくは両方の先が行き止まりになっている可能性は高い。だからこそ尾行している者達からすればチャンスだろう。
世莉架はごく自然な町娘の雰囲気を漂わせている。歩き方や所作、どこを取っても普通に見えるように自分を偽るのは世莉架にとっては朝飯前のことである。
そうして世莉架は左の道に曲がっていく。
(来るわね)
その時点で世莉架はすぐに察した。明らかに尾行している者達の動きが大きくなり、一気に襲いかかって事を済ませようとしていることが分かったのだ。
世莉架をそのまま追いかけようとすると道を左に曲がる必要がある。しかし、何人かは家を登っていき、上から襲い掛かろうとしているようだ。
「……?」
しかし、道を曲がった者達と家の屋根まで登って左の道を覗き込んだ者達はそこで立ち止まることになる。何故なら世莉架の姿がどこにも見当たらないからだ。
世莉架が曲がったすぐ先に世莉架の目的地があると考えても、彼らは道を曲がったらすぐに襲いかかることができるような速度で近づいていた。
せめてどこかの建物に入っていく姿や、建物の扉が閉まろうとしている場面であれば状況の理解はできるが、その道にはまるで誰も曲がって来ていないかのように存在感がない静かな住宅街が広がっているだけだった。
だが、彼らはすぐに想像だにしていなかった恐怖を味わうことになる。それも、ほんの一瞬の。
「……っ!」
まず、道の一番後ろにいた一人が声も出せずに突然気絶した。だが気絶したことによる倒れた音がしないため、誰も気づかない。
続けて屋上に登っていた数人が後ろからバタバタと静かに倒れていく。その時間は本当に一瞬で、気絶させられた者達は突然目の前が真っ暗になる恐ろしい感覚を覚えることになる。
これで残りは普通に道を曲がって追ってきた数人のみ。そのうちの一人が後ろを向いた時、そこに倒れている仲間を確認した。
そこで既に作戦が失敗しており、自分達が狩られる側になっていることを察したその一人は、すぐさまそのことを残りの仲間に伝えようとする。
「おいっ……!」
しかし、その時にはその一人以外の全員が見事に倒れていた。
そして次の瞬間、その一人も気を失い、その場に崩れ落ちた。
「ふう……」
世莉架はもう起きている者はいないことを確認し、闇から出てくる。
隠れる技術、気配を隠す技術、音を立てずに敵を制圧する技術。世莉架が使った技術はどれも超一級品であり、人間離れしているものしかない。常人では絶対に到達できない次元にいるのだ。
(良かった。神秘の力とやらで抵抗されることはなかったわね。と言っても、使えるけど使う暇がなかったとか、色々な可能性が考えられるけど。まぁ、まずはこの状況の処理をしないといけない)
世莉架はあくまで気絶させただけであり、殺すつもりは元々無かった。それは流石に過剰な手段であり、この勝手も何も分からない異世界において、仮に殺してしまった時にどういう事態に発展するかが全く分からないというリスクを考えたことによる判断である。
少なくとも、殺してしまうよりかは気絶させただけの方がまだ大事にならなくて済むだろう。
(さて、ここからが面倒だけれど、どうせいつかは通ることになってそうな道だし、ポジティブに考えましょう)
尾行、そして襲撃してきた敵を倒したのはいいが、このまま道に放置していい訳ではない。気絶させただけということはいつか目を覚ますことになる。
そうでなくとも、周辺の住民が少し外に出ただけで大騒ぎになってしまうだろう。
勿論、世莉架が黙って立ち去ってしまえば、それをやったのが世莉架だと発覚することは考えづらいが、それでも放置は多少のリスクのある選択肢だ。
(まぁ、今のところこの世界におけるリスクの無い選択肢なんて無いんだけど)
世莉架は一旦気絶した襲撃犯達を放置して道を戻っていく。戻っていく途中で、世莉架は走り始め、息をわざと荒くする。そうして大通りに戻る。
少なくなったとはいえ、大通りの人通りはまだある。そこで大通りを歩いている一人の男性に勢いよく近づき、まだ実践していない言語を使う。
「すみません、たすけてください!」
「!?」
「むこうで、ひとにおそわれて、でもだれかがやっつけてくれて、まだたおれているひとたちが……」
世莉架は自分の中で学習し、なんとか構築した異世界の言語を初めて実践した。とりあえず、襲われたところを誰かが助けてくれたということにし、沢山倒れている人がいると伝えた。
まだまだ異世界の言語が拙いことは自覚している世莉架だったが、それでも、全く意味が通らないことはないとほぼ確信していた。
誰からか教えてもらうこともなく、数時間程度周囲の状況と耳で聞き取れる会話から言語について推測し、そこまで話せるようになる世莉架はやはり普通ではない。
突然話しかけられた男性は最初こそ驚いていたものの、言葉は伝わったようで、徐々に事態を理解したらしい。
今の世莉架は先程までと別人のようで、不安な気持ちがひしひしと伝わってくる焦った表情をし、息切れとパニックを起こしているように見せている。
こういった演技は世莉架の生業である暗殺において、非常に重要な要素の一つであり、装うと思えばいつでも臨機応変に完璧に対応できるのだ。
声をかけられた男性はすぐに周囲の男性にも訳を話し、世莉架と共に路地へと走る。
(これが異世界での初めてのコミュニケーション。こんな危険なシチュエーションになるとは思わなかったけど、とりあえず私の言葉は通じたみたいだし、収穫ね。まだまだ勉強する必要はあるけれど、既に簡単な会話なら可能なレベルにまで達したことは喜ばしいわ)
そうして世莉架と付いてきた男性達は倒れている者達の元まで行き、状況を確認してから誰かを呼びに行ったりと、しばらくバタバタしていた。
それから少しして、世莉架はとある建物の中のとある一室の中で、テーブルを挟んである男性と話をしていた。
「わたしはせりかといいます。まだこのまちにきたばかりで……」
世莉架は今回の騒動の状況と自分自身に関する話をしていた。
(恐らくここは地球で言うところの警察署みたいな場所。鎧をつけている人も多くいるし、街を守る兵士といったところかしら。正直、まだ簡単な話しかできないから細々としたことを聞かれても答えるのが難しいわ)
世莉架の前にいる男性は取調べ員のようなもので、世莉架に状況の説明等を求めている。だが、いくら世莉架でもまだ話すのが難しい部分は多くあるため、なかなか苦戦しているところだ。
しかし、その男性は言葉が上手く扱えない世莉架を特別変に思っている様子はなく、なんとか聞き取って理解しようとする姿勢が見受けられる。
(人類がいて他に色々な種族もいるって言ってたし、共通言語はあるだろうけど、地域によって色々な言語があって当然よね。だから今の私みたいに言語が不自由な人がいても、違う言語圏のところから来たとでも思ってくれるはず。ただ、これで私が今覚えている言語が共通言語じゃなかったら大変ね。あとどれだけ覚えればいいのやら……)
だが、言語の上達に必須なのは実際にその言語を使ってコミュニケーションを取ることである。現状の世莉架は苦戦しながらも着実に経験値を積んでいるのだ。
何度か世莉架とその男性のやり取りが行われた後、男性は部屋の外に待機させていた兵士を呼び、何やら話を始めた。
(さて、これで私を保護してくれると非常に助かるんだけど……)
世莉架が狙ったのは街に来たばかり、言語が不自由、襲撃されたという三段階の苦労と災難から一時的に寝床を用意してくれるのではないかということだった。また、訳あって所持金が全く無いことも話している。
更に言うと、世莉架は自分の美貌をよく理解しているので、それを利用してもいる。自分を美しく、そしてか弱く見せることで同情を強く引き出しているのだ。
実際その男性はこのまま世莉架を解放して終わりにするのは可哀想と思ってくれていた。
(あと、できれば本や辞書も欲しいわね。貰えなくとも、貸してくれたりしないかしら)
また、世莉架は文書を狙っていた。言葉として話す分には言語の理解が深まってきているが、それを文章にして書こうとするのは難しい。
店の名前や商品名の字と周囲の人間の会話などから、どの文字がどういう発音なのか、表音文字の全体像などもある程度把握できている。つまり、本と辞書があれば文字を調べながら文章を理解する良い勉強になるのだ。
明確な答えが分からなくとも、世莉架であれば推測で大体の答えを導き出すことができる。
結果として、取調べが終わった後、世莉架は街の兵士達の拠点で用意された簡素な一室で一夜を過ごすことになった。また、世莉架が言語に慣れていないことを分かっている取調べ員の男性は、気を遣ってくれたのか、たまたま置いてあった子供向けの言語の教育本を貸してくれたのだった。
子供向けとだけあって、言語の基礎中の基礎から書いてあるため、世莉架にとってはこの上ないほど貴重で有り難い本であると言えよう。
(部屋を貸してくれるのは今日だけ。明日からはこれからの生活についてまた考えないと。まずは言語の勉強からね。それにしても、私の演技が効いているとはいえ、こんな余所者に随分良くしてくれるのね。裏のある感じはしなかったけど……)
世莉架は人の些細な動作、発言とその時の態度、目線など、色々な観点から下心や良からぬ考えを見抜くのが非常に得意である。そんな世莉架が見て、取調べ員や兵士たちが世莉架に対して何かを良からぬことをしようとしている風には思えなかった。
ただ、若干の下心は感じていたが。
そうして世莉架は異世界転移を果たしてから初めての夜を超えることになる。
簡易的な小さいベッドで横になり、すぐ側に子供向けの言語の教育本が置かれていることはなんだか世莉架を幼く見せていた。
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