謎の存在

「……」


 世莉架は突如として投げかけられた問いにすぐには答えない。

 迂闊に答えていいのか分からないため、様子を見ているのだ。


「……、えっと、聞こえてる?」

「……」


 姿は見えないがそう話しかけてくる存在は声質だけ考えれば女性と考えられる。

 害意があるようにも思えないが、世莉架の歩んできた人生の中ではそういった相手にも気を抜いてはいけない場面が多くあったため、今回も同じに警戒心は一切緩めない。


「あの、一応この空間を維持するのって結構大変なんで、そろそろ話を始めてもいい?」

「……、えぇ」


 なんだか気の抜ける雰囲気を感じて拍子抜けしたのか、世莉架は対話を試みることにした。


「いきなり結論から話すけど、貴方にはこれから地球のある現在の世界とは別の世界に行ってもらう」

「……は?」


 あまりにも突拍子のない話に理解が及ばず、言葉が出てこない。


「ごめん、沢山疑問があるのは分かってる。けど、この空間の猶予が少なくて時間がないのは本当なの。だから、質問は出来るだけ簡潔に、少しに絞って欲しい」


 それを聞いて世莉架はすぐに質問をまとめる。といっても、質問など誰だって聞きたくなることばかりのものしかない。


「貴方は何者? 人間?」

「人間じゃないよ。貴方達人間とは違う次元の存在だから」

「……成程。じゃあ別の世界というのは何? そんな世界が本当にあるとして、どうして私をそこへ行かせようとしているの?」

「別の世界……、異世界って言ったら分かりやすいと思うんだけど、本当にあるよ。名はネイオード」


 漫画の話でもしているのかと頭を抑える世莉架だが、状況が状況だけに否定が難しい。


「そして、私の力では一人しか異世界に送ることができない。そこで私は単純な指標でその一人を決めた」

「その指標とは?」

「強い人」

「はぁ……」


 思わずため息が出てしまう世莉架だが、その指標で言うと世莉架を選ぶのは何ら間違いではない。


「地球上の全人類の中で、貴方が一番強い。というか、貴方だけ存在が異質でリミッターが完全に壊れているのよ。それこそ、異世界から来た超能力者かと思ってしまう程にね」

「褒められているの?」

「どうかしらね。その異常な力の使い方さえ違えば、貴方は永遠に人類史に残る偉人になったでしょう。しかし、実際は……」


 そう、世莉架は世のため人のために、正しく力を使っている訳では断じてない。常に人の死が纏わりつく、血の匂いが充満する人生を歩んでいるのだ。

 褒められるどころか、世間に正体が露見されれば全てが終わるだろう。


「貴方は知っているのね。次元の違う存在というのも納得できなくはない」

「そう。貴方は本来、世紀の大罪人。いかにこれまで殺してきた人間が救いようのないクズばかりだったとしても、それが逆らえない命令だとしても殺人は殺人。そして殺した人数も呆れるほど多い。私個人の考えとしては、貴方は今すぐにでも死ぬべきだと思う」

「……」

「けどね、貴方のその力はこれから行ってもらう異世界には必要なの」

「……、その異世界で何をして欲しいの?」

「世界を救ってほしい」


 至って真面目な声でそう言われた世莉架はため息をついた。


「度し難い阿呆ね。人生の全てを殺しのために費やしてきた私に世界を救って欲しいって? 倫理観大丈夫?」

「ダメかもね。でも、そんなことはもうどうでもいいの。とにかく、貴方には異世界に行ってもらうよ。悪いけど、貴方にはそれを拒むことはできない」

「まず、世界を救うって言っても具体的に何をするの? そもそも地球と同じで人間が存在する世界なの?」

「人間が存在する世界で、その他にも多種多様な種族がいる。そして、世界を脅かす存在と、それによって荒れる国々や人々……、とにかく問題は山積みで、何か変化をもたらす存在が現れないと世界は間違いなく滅ぶ」

「そう。私としてはそんな異世界が滅んでも至極どうでもいいけれど」

「だろうね。けど、やってもらう。いや、やらざるを得ないさ。世紀の大罪人だけど、貴方はそういう人だ」

「……」


 まるで世莉架の全てを見透かしているかのような発言に、世莉架は不快感を覚える。だが、拒否しようがない状況なのも確かだ。


「あ……、そろそろこの空間を維持できなくなる」

「嘘でしょう? まだまだ情報が足りなすぎる。異世界のどこにどんな風に移動することになるのか知らないけれど、即死する可能性だってある訳でしょう」

「大丈夫。なんとか力を振り絞って即死することはない場所に転移させるから」


 この時点で世莉架はこの謎の存在への不信感をかなり高めていた。

 確かに人間とは次元の違う存在なのかもしれないが、勝手な理由で異世界とやらに突然転移させようとしているのだ。

 挙句、説明はあまりにも足らず、漠然とした目的だけ聞かされている状況である。いかに凄い存在であっても、不信感を覚えるのは仕方のないことだろう。


「待って。異世界の言語はどうなっているの?」

「地球には無い言語だよ」

「……、教えてくれる?」

「そんな時間ないって」

「じゃあ地球の西暦で言うと何年くらいに該当する技術を有する世界なの? それとも地球より遥かに高度に発展した世界?」

「うーん、そもそもネイオードには地球にはない神秘の力があってね。単純に地球の技術力と比較するのは難しいかな」

 

 言語の壁。これは複雑なコミュニケーションを取ることのできる人間にとっても大きな障害になる。

 更に、神秘の力という曖昧なものの存在も発覚した。既に分かっている情報だけでも、果てしない苦労が待っていることは想像に難くない。


「……、まだ時間はある?」

「ごめん、ない」


 すると真っ暗の空間なのにも関わらず、世莉架は何かが歪み始めている感覚を覚えてきていた。 


「じゃあ最後に、私に何か言っておきたいことはある?」

「そうだね……」


 最早情報収集を諦めた世莉架の質問に対し、少しの間があった後、声が聞こえた。


「貴方は、きっと世界を救ってくれる。そして、さっきは散々酷いことを言ってしまったけど……、その……」

「……、何?」

「貴方にとって、自分の命よりも大切だと思えるような誰かと出会えることを、願ってる」

「……」


 それは、思わぬ言葉だった。そんな風に思われたことなど、世莉架の人生には無かった。

 驚きを覚える中、ついに、世莉架は自分の体に異変を感じ始めた。まず間違いなく、転移の予兆だろう。


「ねぇ」

「何?」

「貴方の名前は?」 


 今度は世莉架がその謎の存在の名前を尋ねた。そもそも名前があるのかどうかも分からないが、聞いてみたいと世莉架は思ったのだ。

 他に異世界に関する情報で短く答えられるであろう質問を世莉架はいくつも思いついていたが、その貴重な質問の時間を、謎の存在の名前を聞くことに割いたのだ。

 その理由は合理的な世莉架では普段無視することであるが、至ってシンプルなものだった。

 ただ気になったから。そして、聞いておかないと後悔する気がしたからだ。


「私はアウストラリス。またいつか、貴方と話せる時を楽しみにしてる」


 そして世莉架の意識は急速に消えていった。

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