第22話 適材適所 秋田に適用

【ハーモニー社・営業部 企画課】


朝、営業部企画課の秋田勇樹(26歳)が、課長・松田知宏(38歳)の机の前に立ち、お小言を貰っている。

   

松田「……これじゃー響かないわ。作り直し!」    


プレゼン資料を松田に突き返される。


肩を落とす秋田。


秋田(心の声)「あぁ、またか……俺、この仕事、向いてないわ……もう、辞めたい……」


そこに、社内アナウンスが流れる。


女性の声「営業部企画課の秋田さん、社長室にお越し下さい。営業部企画課の秋田さん、社長室にお越し下さい」


秋田「えっ?……」


突然の社長室への呼び出しに、訳が分からず、頭が真っ白になる秋田。


秋田、思わず松田の顔を見る。


松田「あぁ、社長が君と話したいって仰ってたから……行ってらっしゃい!」

と、松田、笑みを浮かべながら秋田に言う。


秋田「えぇ?……あぁ、はい……」


秋田、悲壮な顔になる。

   



【社長室】


社長室のドアの前に立ち、ゆっくり深呼吸する秋田。

ドキドキを抑えようとしている。

そして、ドアをノックする。


真彩「はい、どうぞー」

と、社長室から、いつもより声のトーンが高い、真彩の声。


秋田、恐る恐る、

秋田「失礼します」

と言ってドアを開け、頭を下げて社長室に入る。


秋田、緊張度MAXとなる。

   

しかし、珈琲の香りが漂う社長室に、鼻から大きく息を吸い込み、珈琲の良い香りを嗅ぐ秋田。


真彩、コーヒーマシンの前に立っている。


真彩「秋田さんは珈琲、好きですか?」

と、優しい笑顔で秋田に聞く真彩。


秋田「えっ?……あぁ、はい、大好きです」


長テーブルに、コーヒーマシンが二台置かれてある。


真彩「どうぞ、お座り下さい」


真彩、ソファに座る様に、秋田に促す。

そして、コーヒーマシンで作ったコーヒーを紙コップに注ぐ真彩。


真彩「ミルク、砂糖は?」


秋田「あぁ……ブラックで……すいません……」

   

真彩、秋田が座る目の前のテーブルに、紙コップに注いだばかりのコーヒーを置く。


真彩「どうぞ?!」


秋田「あぁ、すいません」


秋田、頭を下げ、真彩に礼を言う。

しかし秋田、コーヒーが入っている紙コップを手に取る事もなく、目の前に置かれた物をじっと見ている。


真彩(心の声)「この人、かなり緊張してるなぁー。負のオーラで一杯だ。また、プレゼン資料、課長に突き返されたんだな?……」


真彩、そんなへこたれてる秋田に微笑む。


真彩「飲んでみて? 感想聞かせて?」


秋田「あっ、はい……頂きます」

と言って、コーヒーを飲む秋田。


秋田「あぁ、これ、酸味がほど良くて美味しいです」


好きなコーヒー飲んで、ちょっと癒されたかして、秋田の表情が明るくなる。


真彩「そう? じゃー、こっちのも飲んでみて?」


別のコーヒーマシンで作った物を、新しい紙コップに注ぎ、秋田の前のテーブルに置く真彩。


秋田「……頂きます……」


秋田、頭を軽く下げ、コーヒーを飲もうとしている。


真彩、秋田の表情を見ようと、秋田の座るソファーの真向いに座り、秋田が飲むのをじっと見ている。


秋田、先ず香りを嗅ぎ、一口飲む。


秋田「おぉ、ほど良い苦味、良いですねー。香りも良いですし……」


秋田、真彩に笑顔で言う。


真彩「秋田さんはどっちが好き?」


秋田「あぁ、こっちは浅煎みたいで酸味が強いですけど飲み易くて、こっちのは深煎りみたいで苦味がちょっと強いですけど、珈琲好きには丁度良くて……両方好きです」

と、笑顔で言う秋田。


真彩「秋田さんは、コーヒーが好きなんですね」


秋田「はい。この会社に入ったのも珈琲に拘る仕事が出来るかな?……って思ったので……」


真彩「へーぇ……そんなに珈琲、好きなんだ……お茶、紅茶とかじゃなく、珈琲なんだ……」


秋田「はい。将来、自分で焙煎して販売出来る店、作りたいと思って……」


そう言った後、秋田、ハッ……となる。


秋田(心の声)「ヤバッ……余計な事を言ってしまった……何でペラペラ喋っちゃったんだろう?……誰にも言ってない秘密なのに……」


口を滑らせ、会社を辞めて焙煎の店をする夢を、社長である真彩に言ってしまった事を後悔し、焦っている秋田。


真彩の誘導に、まんまと引っ掛かった秋田。

真彩は、人の心の内を引き出すのに長けている。


真彩「成程ね。なのに、企画課で苦手なプレゼン資料作らされてストレス溜めてる訳だ」


秋田「えっ?……あっ……あぁ……」


秋田、真彩の言葉に焦る。

そして、肩を落とし、しょんぼりする。


真彩「折角資料作っても、何度も却下されるとへこみますよね。辞めたいって思いますよね」 

  

秋田「えっ?……あっ、あぁ……いや……そんな事は……」


秋田、言葉が上手く出ず、モジモジして、余計、焦る。

両手で自分の両太ももを触り、手を前後させ、焦っている様子。

そんな秋田をじっと見詰める真彩。


すると、

真彩「今月で、企画課の仕事は終わりにして頂きます」

と、突然言い出す。


秋田「えっ?……」


突然の真彩の言葉に、呆然となる秋田。


真彩、立ち上がり、自分のデスクに行く。


秋田、沈痛な面持ちになる。


秋田(心の声)「クビか……そりゃそうだよな。仕事出来ない人間が赤字の会社に居れる訳ないよな……見合った仕事出来ないと、給料泥棒だし……遂にリストラか……」


秋田、心の中で独りブツブツ、自分に言い聞かせている。


真彩、自分のデスクの上の資料を手に取り、それを秋田の目の前に置く。


そして、秋田に向かって、

真彩「来月から、豊中店の店長やって貰えませんか?」

と、微笑んで言う真彩。


秋田、真彩の言葉に自分の耳を疑う。

言ってる意味を理解していない秋田。


秋田「えっ???」


秋田、思わず体がのけ反る。

クビを宣告されると思いきや、予想外の事に驚き、ポカンと口が開いたままの秋田。

   

真彩「直ぐには無理なので、研修して、その後、正式店長となります。如何でしょうか? 秋田さんの能力を活かせる職場だと思うのですが?……」


秋田、まだ呆然としている。

自分の考えていた事と真逆の事態に、頭の思考が追い付いていない状態。


秋田「えぇ? 本当ですか? これって……現実ですか?……」


秋田の言葉に、

真彩「あぁ、夢だよ?!」

と言って、ジョークを飛ばす真彩。


秋田「?……」


秋田、フリーズする。


真彩「いやいや、冗談! 夢じゃないよ?! 現実だよ?!」

と言って、秋田に微笑む真彩。


秋田「あぁ……何か……ウソみたいで……夢見てるみたいです。嬉しいです。是非やらせて下さい。お願いします」

と言って、秋田、真彩に頭を下げる。 


真彩「良かった!」


真彩、秋田に微笑む。


真彩「呼び出された時、何言われるのか不安だったでしょ? ごめんね!」


秋田「あぁ……はい。仕事出来ないからクビだって言われると思ってたので……」


真彩「あらっ。何言ってんですか?! 人は向き不向きがあります。適材適所を重要視しなかった会社に責任あるんですから!」


秋田「?……」


秋田、真彩の言葉に驚く。


真彩「今迄、秋田さんの良き個性を活かしきれなかったのを、社長として申し訳なく思います」


そう言うと、真彩、頭を下げる。


秋田「えぇー? そんな、とんでもないです!」


秋田、真彩の言葉に恐縮し、頭を左右に振る。


真彩「では、明日、正式に辞令が出ますので、急な事で申し訳ないですが、異動の準備して下さいね!」


秋田「はい。有難うございます!」


秋田、真彩に深く頭を下げる。




【営業部 企画課】


秋田、明るい顔で、意気揚々と営業部に戻って来る。

そして、直ぐに松田課長のデスクに行く。


秋田「課長、どうも有難うございます!」

と言って、松田に深く頭を下げる秋田。


松田「良かったね……」

と、松田、笑みを浮かべて言う。


秋田「はい。嬉しいです」


松田「(東京弁で)実は、この前のプレゼンの後、社長が突然、僕に話し掛けて来てさぁー。君の事、色々聞いて来て……」


秋田「えっ?……」


松田「そしたら社長、即決だよ。異動させるって仰ってさぁー……決断、早いのなんのって……ビックリしたよ」


秋田「……」


松田「君が、もっと楽しそうに仕事出来る環境に異動させてあげたいって言って……あの後、どこが良いかって、相当考えたと思う。君がそこに行くと、そのポジションの人、異動になっちゃうからね……」


秋田「そう……だったんですか……自分のせいで、社長にご負担掛けたんですね……」


秋田、少し涙目になる。


松田「あぁ、まぁ、そうなるよね……でも、あの社長、君の事、本当に心配してたから……君は良いトップに恵まれて、ラッキーだって事だね」


秋田「……はい!」


秋田、言葉に詰まり、それ以上、何も言えず。

松田、秋田を見て微笑んでいる。

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