第3話 典子にパワハラ?

【ハーモニー社・社長室】


真彩、社長室の自分のデスクに、持って来た、必要最小限の私物を入れる。


真彩のデスクの横、直角に、秘書・優衣のデスクが置かれてある。

秘書の優衣が顔を上げると、真彩の横顔が見える。


優衣が真彩の隣に行き、PC画面を操作しながら、会社の財務、社長のするべき業務を説明している。

真彩、優衣の言う事を聞き逃さない様に、集中し、情報を脳に叩き込んでいる。


優衣「あんまり詰め込み過ぎると頭が痛くなると思うので、休み休みしませんか?」


真彩「いえ、大丈夫です。集中してる時はどんどん脳に詰め込みたいので……すいません……」


優衣「そうですか???」

優衣、心配顔で真彩を見る。


すると、真彩、

真彩「あぁ……ごめんなさい。秘書さん、疲れましたよね? ちょっと休憩します」

と言って、優衣に気を使う真彩。


優衣「いえ、私は大丈夫ですが……あぁ、珈琲、入れますね」

と言うと、優衣、席を立つ。


部屋にある自動のコーヒーマシンで、真彩の為にマグカップに珈琲を注ぐ。


真彩、立ち上がり、背伸びをする。

そして、目薬を点す。

  

昼の明るさから暗い夜に移り変わる。

暗くなっても、秘書の優衣は、社長である真彩に、熱心に指導している。

遅くまで仕事をしている二人。



【高槻レオマンション806号室】


高槻駅の駅前にある、頑丈な造りの真新しい高層のマンション、高槻レオマンション806号室は、真彩の父親が投資目的で買ったマンションだが、シカゴから帰国した真彩が、家賃を支払う事なく住んでいる。


夜、缶ビール片手に、リビングからの夜景を独りでボーッと眺めている真彩。


真彩、セリーヌ・ディオンのアルバムを聴いている。

時々、呟く様に口ずさむ真彩。


真彩「How do I get you alone― How do I get you alone―♪」


真彩の目から涙が零れ落ちる。



【バスルーム】


真彩、バスルームのバスタブで、たっぷりのお湯に浸かり、寝入っている。

そして、顔がお湯に浸かる。


翔「マーちゃん! マーちゃん!」  

  

中村翔(霊・31歳)が、寝ている真彩を起こす。


真彩、息していない。


翔「マーちゃん! 真彩!」


大きな声で真彩に呼びかける翔。


真彩、気付いて目が覚め、咳き込む。


真彩、うつろな目で、

真彩「……あぁ……翔ちゃん……」    

ぼんやり目に映る翔の顔を見る。


翔「ビール飲んでお風呂入ったらダメだよ」

翔、優しく微笑む。


真彩「翔ちゃん来てくれたんだ。嬉しい。心配掛けてごめんね……」    

と、甘えた声で翔に言い、バスタブから出る真彩。



【ハーモニー社・社長室】


朝早く、ハーモニー社・社長室にて、PC画面に映る財務データをじっと見ている真彩。

優衣から社長研修を受け、頭を抱えている。


真彩「厳しいなぁー。コロナ禍の時、発想の転換してたら、マイナスをプラスにする事が出来たのに……あぁ、プラスは無理か……でも、トントンか赤字にはならなかったと思うんだど……」


優衣「あぁ、でも、飲食店業界はどうする事も出来なかったですから……」


真彩「いや、だから、直ぐにテイクアウトメニューに切り替えてたら、こんな酷い状況になって無かったと思います。家に籠る訳だからデリバリー頼む人が増えるって、予想出来たはずなのに……お弁当の店頭販売も出来たし……」


優衣「……あぁ……」


真彩「何でも、先の先の先まで見通さないと……」


優衣「……それが出来てたら良かったんですけどね……」


真彩「将棋と一緒だもんね……」


優衣「えっ?」


真彩「相手の戦略考えて自分の駒、動かすから……心理戦。経済も一緒。世の中のニーズ考えて先行きを予想する。待って無いでどんどん仕掛けないとね……」


優衣「成程……でも、仕掛けるのってリスクあるから、普通、怖いですよね……」


真彩「『恐れは時に死を招く』って思うんです。怖がって何もしなかったから、倒産の危機となってる訳でしょ?……この会社は。ダメ元で何でもやってみないと……」


優衣「あぁ……そうですね……どうする事も出来なかったっていうのは、言い訳ですね。直ぐに対策練って、アイディア出し合ったら良かったんですけどね。テイクアウトメニューも直ぐにはしなかったから……大分経ってからですから……」


真彩「ふぅ……お手洗いに行って来ます」

と言って、席を立つ真彩。


真彩、社長室を出て行く。    

  

 

【女子トイレ】


同じフロアの女子トイレの入口には、清掃中の看板が立っている。

しかし、真彩、中を覗く。


一人の中年女性が、掃除をしようとしている。


真彩「あのー……使っても良いですか?」


典子「あぁ、どうぞ。掃除、これからなんで……」


清掃員の北川典子(65歳)、微笑む。


     ×  ×  ×


トイレを済ませ、真彩、洗面台で手を洗っている。


鏡に映る清掃員の北川典子、フラッとよろめく。


真彩(心の声)「えっ?……このおばちゃん、大丈夫か? あっ……大丈夫じゃないなぁ……」


真彩「大丈夫ですか?」


真彩、直ぐに駆け寄り、典子の身体を支える。


真彩の素早い対応に驚く典子。  

  

典子「あぁ、ちょっとめまいして……すいません……」


真彩、典子の目をじっと見る。


真彩「ちゃんと食事摂れてます?」


典子「あぁ、最近、食欲なくて……」


真彩「そうですか‥‥‥」

と言うと、掃除を始める真彩。


真彩(心の声)「仕方ない……手伝うか……」


真彩「これ終わったら病院に行って下さい」


真彩が突然、掃除を始めたので、典子、戸惑う。  


典子「えっ? いや、大丈夫ですから。早く職場に戻らないと上の人に怒られますよ?」 

   

真彩「あぁ……怖い指導員がいますが、大丈夫です」

そう言って微笑む真彩。


典子「いえいえ、そんな……手伝って貰うなんて……怒られますから……」


典子、困惑顔。

しかし真彩、典子の言う事を無視。


手足を動かし、掃除しながら、

真彩「北川さんは、誰かに嫌な事、一杯言われて来たんですね……?」


典子「えっ?……」

真彩の言葉にドキッとする典子。


真彩「人の目を凄く気にしておられるから……」


典子「あぁ……そういう時代に生きて来ましたから……あぁ、今もですけど……陰で嫌なこと言う人ってどこでも居るから……」


真彩「そうですね……人を悪く言って面白がったり、人を見下したりする人って、どこでもいますよね……」


典子「昔は、パワハラ、セクハラは当たり前でしたし……」


真彩「あぁ……昔は泣き寝入りだったそうですね。母が言ってました。パワハラで鬱になった友人や、セクハラで会社辞めた友達もいるって……母も被害に遭った事あるって言ってました」


典子「あぁ……そうなんですか……女って、損ですよね……」


典子の言葉に重みを感じている真彩。


真彩、典子と色々話しながら、テキパキと掃除をしている。


典子「あのー、何かすごい手際が良いですね」


真彩「あぁ、祖父が真正寺っていう真言密教のお寺の住職なんで、いつも母と一緒に手伝いしてたから……物心ついた時から母の真似して掃除したり、精進料理作ったりしてました」


典子「真正寺ですかー。友達がよくお参りに行ってるって言ってました。心が安らぐって言ってました」


真彩「そうなんですか? それは良かったです」

真彩、微笑む。


典子「だからなんですね……手際良いのは……凄いですね……」


     ×  ×  ×


典子「あの、結局最後まで手伝わせてしまって、すいません……」

典子、真彩の顔を見て言う。


すると、   

真彩「じゃー、今からそこの北嶋内科に行って下さい。電話しときますから……」

と言って、典子の目を見て微笑みながら言う真彩。


典子「えっ? いや、まだ仕事があるので……」


真彩「大丈夫です。平井課長には私から連絡入れますから!」


典子「えぇ?……ちょっと待って下さい。めまいしたからって、そんな程度で病院なんて行かないですから!……普通。ちょっと貧血なだけですから……」


真彩「いえ、絶対、病院に行って貰います」


真彩と典子が押し問答しているところに、営業部の石川光がトイレに入って来る。

光、二人の遣り取りに聞き耳立てる。


真彩(心の声)「強情だなぁー、このおばちゃん……」


典子「そんな勝手な事出来ないですから!」


真彩「これは命令です。直ぐに着替えてGO!」

と言って、真彩、廊下の方を指差す。


真彩(心の声)「あっ、ちょっと口調、強かった? パワハラと思われたかな? まっ、しゃーないな……」  

 

典子「……」   

 

典子、真彩の圧に負け、困惑顔で女子トイレを出る。


典子、仕方ないので、自分の部署である設備管理課に向かってトボトボ歩く。 

  

そして、設備管理課の前に立ち、躊躇していている。


典子(心の声)「あぁ、どうしよう……仕事終わってないのに……上司になんて言われるか?」


典子、上司に怒られるのではないかと不安な顔。

そして、ドアを、恐る恐る開けて入る。



【設備管理課】


設備管理課長・平井仁(50歳)が、典子の姿を見るや否や、典子の元に駆け寄る。


典子、ビクッとして、直ぐに平井に事情を言おうとする。


典子「課長―!……」

と、典子が平井に訴えようとする。


すると平井が典子に、

平井「北川さん、直ぐ病院に行って下さい!」

と、真面目な顔をして言う平井。


典子「えっ?……」


平井の言葉に驚く典子。


典子「ウソっ……ホントに???」


平井「本当です。直ぐに着替えて行って下さい!」


典子「えぇー?……でも、あの、課長、私、ちょっとめまいしただけですよ? なのに、見た事ない女の子が直ぐに病院に行く様に命令して来て……」


典子が事の経緯を話し終わるまで、黙って聞いている平井。


平井「……」


典子「もうー、めまいしただけで何で病院に行かなくちゃいけないの? あの子、一体何なんなの?!」


典子、小娘(真彩)に命令されて、仕事を中断させられた事に段々腹立たしくなって来て、平井に文句を言う。


平井「あの方の仰る事は間違いないですよ?! 僕は、あの方が小さい頃から知ってますから」


典子「?……」


平井「あの方が直ぐに病院に行きなさいって仰るって事は、北川さんの命に拘るから仰ったんだと思いますよ?」


典子「えぇ?……命に?……まさかー……ホントに???」


典子、疑心暗鬼。


平井「はい、本当です。それに、社長命令ですよ?! 『はい』って素直に従いましょうね」

と、典子に優しい笑みを浮かべて言う平井。


すると典子、驚いた顔で、

典子「えっ?……社長命令???……えぇー……?!」

と、言うが、直ぐに理解及ばず、唖然とした顔で、フリーズする典子。


   

【社長室】


真彩、社長室に戻って来る。


優衣「遅かったですね。何かありました?」


真彩(心の声)「あった、あった。強情なおばちゃんと押し問答しましたがな……」


真彩「あぁ、ちょっと心配な人に出くわしまして……」


優衣「……一番心配な人は社長ですがね?……」

というと、優衣、クールな顔で髪の毛を手でかき上げる。


真彩(心の声)「げっ、何、そのツンツン……サボってたと思ったか?」


真彩、ちょっと口を尖らす。



【営業部1課】


営業部1課の石川光、前田にひそひそ話をする。


光「怖かったー。清掃の北川さん、社長に怒られてた。命令です、GOって……」


前田「えっ? あの若い社長が???」


光「うん。マジ、ビビったわ。北川さん、嫌がってたのに……」


前田「えぇー……パワハラ???」    

苦虫を噛み潰したような顔で、怖がる前田。

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