わたしが社長?

髙橋潤

第1話 決断

【ライブハウス WakuWaku】


夜、梅田北にあるライブハウス『WakuWaku』の看板が、明るく照らされ目立っている。


出演者ボードには、大きく『Falcon』と書かれてある。


ライブハウス『WakuWaku』の店内では、ヴェネチアンマスクを着けて、歌って踊っているビジュアル系バンド、Falconのボーカル、Lana(中村真彩・16歳)が、観客と共に手を挙げ、ライブを盛り上げている。


バックバンドのメンバー四人も、汗をかきながらも、笑顔で楽しそうに演奏している。



― 八年後 ―



【杉山家】


大阪府北摂の山々の上空を、ヘリコプターが旋回している。


北摂山系は、兵庫県南東部、大阪府北部、京都府南西部等が北摂山系と呼ばれている。   

山の木々の緑が美しい。


しかし、連日の豪雨により、土砂崩れが発生していた。


大阪府高槻市にある、真言密教寺院・真正寺のボランティア団体に所属している中村真彩(24歳)と仲間達は、作業着姿で軍手をして、手にスコップや箒を持っている。


土砂崩れにより、杉山家の家に入り込んだ土砂をかき出し、掃除をし、住める状態にしたのだった。


真彩「ふぅ……終わった。これで大丈夫かな? 皆んな帰るよー!」


リーダーである真彩は、ボランティア仲間に声を掛ける。


仲間達「はーい。撤収!」 「ほーい」 「撤収、撤収―!」


真彩の掛け声で、若い仲間達はテキパキと動く。


皆、それぞれに道具を片付け始め、そして、道具を自分達の車に積んでいる。


真彩の目の前に、家主である杉山清子(53歳)が現れる。


清子「真彩ちゃん、二日間も有難うね。この御恩は一生忘れません!」

と、真彩に深く頭を下げる清子。


真彩「いえいえ、お役に立てて良かったです。清子さん、お身体、大事にして下さいね。特に腰、気を付けて下さいよ! 決して無理しない様にね!」

と、清子に、微笑みながら優しく言う真彩。


清子「有難う、真彩ちゃん。真彩ちゃんと沢山、話が出来て、パワー沢山貰ったよ。おばちゃん、頑張るからね!」


真彩「そうそう、その調子! ガンバロウね!」

真彩、清子に微笑む。


清子、別れを惜しみ、泣きそうな顔で真彩を見詰める。

真彩も別れを惜しんでいる。

優しい笑顔で清子を見詰める真彩。



【有馬温泉】 


兵庫県神戸市北区に位置する有馬温泉は、草津温泉、下呂温泉と共に、日本三名泉と言われている。

山の上の昔ながらの温泉街には、観光客が多い。


有馬温泉・月光園の露天風呂に、真彩と松本拓哉(24歳)が、二人仲良くお湯に浸かっている。  

 

松本「いやー、それにしても、こんな高級な旅館……高いだろうね……」


真彩「あぁ……高いだろうね……私、もっと安い所、自分で探すつもりだったのに……パパ、勝手に予約しちゃってさぁー。パパからのプレゼントだって言うから、甘えちゃった」


松本「マーちゃんのお父さんって、マーちゃんには甘いからなぁー……で、お父さんには友達と一緒に温泉に行くって言ったんでしょ?」


真彩「うん。そうだよ」


松本「でもその友達が男だって知ったら、お父さん、驚くだろうね……」


真彩「あぁ……きっと驚くだろうね……でも、私の中では、友達は男も女も無いからね」


松本「ふーん……」


松本、真彩の顔をじっと見て、

松本「しっかし、三年連続赤字の会社なんて、大丈夫なん? 僕、マジ心配だわ。でも、何で社長なんて引き受けたの???」

と、心配顔で言う松本。


すると真彩、松本の顔を見て、

真彩「だぁってー、透伯父さん、しつこいんだもん。毎日、シカゴに電話掛けて来て、挙句の果て、シカゴまで来て、家に押し掛けて来て土下座するんだもん……」


真彩、両手を広げて、松本にボディーランゲージとりながらコミュニケーションをはかる。


松本「シカゴまで行って、土下座? 日本の土下座文化、何とかならんか? 今の時代に土下座なんて……」


真彩「それにさー、真正寺のお祖父ちゃんも『助けてあげたら?』……って言うしさぁー……大師匠に言われたら、『ハイ』しかないでしょ?」



(回想始め)


真言密教寺院・真正寺の御宝前にて、真彩、袈裟を着け、正座をし、手は法界の定印を結び、目を閉じて祈っている。


目の前に大僧正・大阿闍梨である、祖父の髙橋真也(80歳)が対座している。


真彩、祈りから覚め、目を開ける。


真也「覚悟を決めたんだな?」


真彩「はい……」


真也「真彩なら出来る。常に他の為に尽くし、皆と和合して行ったなら、道は開ける」


真彩「はい」


真也「困難苦難を乗り越えた処に、人の成長はある。茨の道だが、真彩には才能があるから大丈夫だ。み仏様も大丈夫だと仰ってる」


(回想終わり)



松本「あぁー、大阿闍梨様の仰る事は間違いないけど……でも、俺なら断って逃げるわ」


真彩、ちらっと松本を見る。


真彩「私も逃げたかったんだけどね……でも、私、追いかけられるの嫌だから。だから、立ち向かって行く事にしたの」


松本「ふーん……」


真彩「まっ、獅子の子落としだと思って頑張るわ」


松本「えっ?」


真彩「谷底に落とされた、可哀想な真彩ちゃん。深い谷から早く這い上がらないとね」


指を組んで、アニメに出て来る主人公を想い、可愛く言う真彩。   

 

松本、心配顔で真彩を見る。


真彩「あーあ、ナウシカが乗ってたメーヴェ欲しいわ。谷底からサッって這い上がりたいよー」


松本「出た! 風の谷のナウシカ。相変わらず好きだねー」


真彩「ナウシカ様、どうか私に勇気を与え給え!」

   

松本「でもさぁー、『風の谷のナウシカ』ってさー、あれ、人造人間だろ?」


真彩「?……」


松本「トルメキア兵、沢山殺してるし……」


真彩「何でそういう事、言うかなぁー? そこは忘れて欲しいんだけど……脳に記憶してるの、消しゴムで消して?!」


松本「いやいや消せないよ(笑)でも、しょーがないジャン。そういう主人公設定なんだから……」


真彩「私、自分が怖い。憎しみにかられて何をするかわからない。もう誰も殺したくないのに……」


ナウシカになりきって演技する真彩。


その真彩の一人芝居を、呆れ顔で見ている松本。


真彩「でも、私なら殺すより殺される方を選ぶな。人を殺してその罪、一生背負って生きてくなんて、絶対無理。耐えられないわ……」


松本「げっ……何その考え……」


真彩「……」


松本「あぁ、でも、不慮の事故で人を死なせてしまったっていうケースもあるよね……」


真彩「あぁ、辛いよね。親切で車に乗せてあげて、事故に遭って、乗せた人を死なせてしまって自分だけ助かったってケース、実際にあるからね……」


松本「辛すぎるよね……良かれと思ってやった事が、不幸を招くなんて……」


真彩「うん……」


松本「人生、何が起きるか分からないよね……」


真彩「うん、分からない。でも、人生は修行だから」


松本「修行かー……」


真彩「真正寺のお祖父ちゃんがいつも言ってるんだけど、乗り越えられない事象は頂かないって。だから、何があろうとも、乗り越えられるだって……」


松本「ふーん……」


真彩「それに、私の人生の指針となってる人はフランナさんだからね……」


松本「あぁ、お釈迦様のお弟子さんね……」


真彩「野蛮な国に布教に行って、例えその国の人が自分をはずかしめても、良い人達だって言うんだよ?!」


松本「何でやねん!」


真彩「例え殺されたとしても、世の中には自ら首をくくって死ぬ人もいる。だから、年老いた自分を霊界に逝かせてくれるその国の人達は善人だって。凄くない? この精神!」


松本「?……」


真彩「カッコイイわー。心の器の次元が違うわ。野蛮な国に敢えて布教に行くなんてねぇー」


松本「はぁ? 何でカッコイイの? おかしいよ、その考え。異常だよ」


真彩「でもさー、例えば、癌の末期で苦しんでて、早く死にたいって思ってても、中々、死ねないって人、沢山いるでしょ? 死にたくても自分で死ねないんだよ?!」


松本「あぁ、癌の末期って苦しいらしいね。モルヒネ打っても効かない人もいるって聞いた事ある……」


真彩「それを、殺してくれて、苦しみから解放してくれるから、その国の人達は良い人達だって……」


松本「はぁ? そんなこと言ったら、殺人者が善人になるジャン。あぁ、そう言えば昔、重症患者が医者に、『辛いから殺して欲しい』って懇願したら、医者が注射打って安楽死させて逮捕されたって事件、あったよね?」


真彩「うん。未だ日本じゃー安楽死は合法化されてないからね」


松本「でも、どっかの国は安楽死、合法化してるよね?」


真彩「あぁ、スイス、オランダ、ベルギー、オーストリア、スペイン、イタリア」


松本「?……」


真彩「カナダのケベック州だったかな? あと、アメリカの一部の州も」


松本「そんなに?」


真彩「あぁ、オーストラリアとニュージーランドもそうだったんじゃないかな?」


松本「えぇ、そんなに沢山の国が認めてるの?」


真彩「うん。十カ国以上、合法化されてるはず……違ってたらゴメンやけど……」


松本「ふーん……」


真彩「カナダでは、積極的安楽死と医師幇助自殺の両方まとめてMAID」


松本「MAID?」


真彩「Medical Assistance in Dyingっていうの」


松本「そのままか……」


真彩「死ぬ人の為の医療の介助として認められてるからね」


松本「へーぇ……」


真彩「あぁ、そう言えば、日本人でスイスに行って安楽死した人が何人かいるよ?!」


松本「へーぇ、そうなんだ……毎日、ベッドの上で苦しむなんて地獄だもんね」


真彩「うん……生き地獄だよね……」


松本「もし僕が苦しむ様な病気になって、治る見込みないとしたら、安楽死認めてる国に行きたいわ」


真彩「まぁ、私も本心はそうしたいけど……」


松本「えっ?……」


真彩「でも、手続き、面倒だよ?」


松本「あぁ、海外だから、そうだろうね……」


真彩「うん……」


松本「あーあ、死ぬ権利、認めて欲しいよ。だって、苦しみたくないもん。毎日苦しみの地獄なら、早く殺してくれーって思っちゃうもん……生き地獄、嫌だ」


真彩「辛いよね……でも、その内、日本でも合法化されるんじゃないかな? 生きる権利と死ぬ権利、自分で選べる時代、来るかもね? でも、まーだまだ先だとは思う……」


松本「早くそうなって欲しいわ……」


真彩「……でも、それが良いのか悪いのか? だって、障害ある人が世の中から抹殺されるって考える人もいるからね。非常に難しい問題だわ。まぁ、仏教的には絶対ダメだけどね」


松本「えぇー、何でダメなの?」


真彩「だって、修行する為に生まれて来た訳だから、勝手に自殺とか、安楽死、選んだら、修行を放棄する事になるジャン。それって、み仏様よりも自分が上になっちゃうからね……」


松本「ええー、でも……放棄したら良いジャン」


真彩「放棄したら、また来世で同じ様な修行しなきゃならないんだよ? 輪廻転生。繰り返すんだよ? だったら、今世でちゃんと最後の最期まで修行した方が良いと思うよ?」


松本「……」


真彩「それに、悪因縁を子や孫に流したくないでしょ? 自分の代でちゃんと因縁、切らないとね!」


松本「ふーん、そうなんだ……」


真彩「まっ、乗り越えられない修行は頂かないっていうけど、実際、自分がその立場になったらどう思うか?……疑問だわ……」


松本「でもさぁー、僕は、マーちゃんが人生の指針としてる、フランナさんみたいな考え出来ないわ。危険な所にわざわざ布教に行きたくないわ」


真彩「まぁ、普通、そうだよね……」


松本「あのー、マーちゃん……フランナさんを真似しないでね。危ない所に行かないでよ?!」


真彩「?……」

真彩、鳩が豆鉄砲を食った様な顔をしている。


松本「いや、僕、マーちゃんが居なくなったらマジ、寂しくて生きて行けないから……」


真彩「なーに言ってんの!」

と言って、真彩、松本の肩をポンと軽く叩き、笑う。


松本「いや、ホントだって……」


真彩「ふーん……」

真彩、松本の顔を見る。


真彩(心の声)「拓哉、しっかりせーよ!」

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