【悲報】天女が羽衣をなくしたらしい。

岩名理子@マイペース閲覧、更新

第1話 破れた羽衣

 土混じりの岩を踏みしめ、俺はリュックを持ち直す。ふう、と一息ついて、ようやくたどり着いたのは『天女の聖地』だ。


 かの有名な三保の松原ではなく、別の秘境。つまり、現地に向かっているのは俺以外は誰もいない。到着し、目の前に現れた光景は、一面が水鏡みずかがみのようになっており、その水面には天空が広がり描かれている。息を呑むような圧巻の風景に、俺は見惚れずにはいられなかった。

 写真を数枚撮影し、溜まりにようやく一歩足を踏み入れた瞬間に、その近くにあった大きな岩と松の木が視界に入った。


 女性だ、こんなところに女性が一人で水浴びをしている。


 白い襦袢じゅばんのような服をきて、胸から足まで小さな滝の水を伝わせていた。その白魚のような指からすり抜ける水、足にかけられた水しずくがポタポタと波紋を呼ぶ。幸いにも、というべきなのか透けてはいなかったが、あまりの神秘的な光景から、思わず遠目からその姿を撮影した。すると女性はシャッター音で振り返りそうになったので、無断では不味かったと、声をかけようとした瞬間に目の前にびゅう、と風が大きく吹きすさんだ。

 

「あっ」


 小さな悲鳴が聴こえて、その視線の先を追う。すると白い布が大きな松の上にひっかかってしまった。女性ではそこそこの高さがある松の木から取るのは難しいだろうが、木登り程度はなんなくこなせる俺なら取れるかもしれない。松のかたわらでオロオロしている女性を尻目に、俺はするすると登り、すっかりタオルだと思いこんでいた白い布を取る。大きいが、妙に軽い。重さを感じない。そしてやたらにすべるような肌触りがいい生地だった。降りようと思った時に、枝に布がひっかかり、少しだけ裂けてしまった。


 「あ」


 マズイ、親切がかえって裏目に出てしまった。


 「すみません、ちょっと破けちゃいました」


 そういって、いろんな意味で気まずくなった俺はなるべく女性を見ないように白い布を渡した。すると――


「な、なんてことを!」


 女性が慌てて、俺からひったくるように白い布をとる。視界の端で、女性が白い布でまるごと体を覆う。女性の顔に対面して息が止まった。


 ストレートに表現すると美人、だった。完全なる左右対称の彫刻のような顔立ち、白く透けるような素肌、唇は紅をさしたかのように赤い。ただ、残念なことに文字通り女性は柳眉をさかだてていた。


 「や、破けたって……それで済むと思ってるの!? 天に帰れないじゃない!」


 「てん……」


 テンとはなんだろう。女性が住む家だろうか、テントか何かかだろうか? 

よくわからず、その場を立ち去ろうとすると、女性にぐい、とリュックを引かれた。


 「ちょっと待って! あなたのせいで私が帰れないでしょ! どうしてくれるのよ、責任とりなさいよね!」

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