転生したら悪役令嬢だったので、処刑エンドを回避するために志願して奴隷に堕ちました。

柚子故障

転生したら悪役令嬢だったので、処刑エンドを回避するために志願して奴隷に堕ちました。

「アバドン公爵家のレイチェル嬢、あなたとの婚約は破棄させていただく」


婚約者だった皇太子のジョゼット様の緊張した声が、ホールに響き渡る。私はその場に平伏したまま、その声を聞いていた。


とうとうこの日が来た。婚約破棄のイベントだ。罪のない私に罪を言い渡すからって、そんなに緊張しなくても良いのに。まじめで可哀想な皇太子様。だから好きなんだけど。


このイベントから、私の運命は分岐していく。


一番メジャーで正史ルートは、修道女となって清らかに一生を終えることだ。他にも処刑ルートや平民→娼婦堕ちルートもあるけど、どのルートも私の人生にとっては碌なものじゃない。


修道女になって清貧の中で一生を過ごしていくとか、マジで勘弁ですから。私はもっと余裕のある人生を送りたいの。だからね、ジョゼット。あなたの感情も、利用させてもらうわね。


「アバドン公爵が不正を犯したのみならず、それを取り繕うために敵国と手を組んで機密情報を流したことは、申し開きのしようもない事実でございます。その娘である私が罪を得ることも、また当然のことと承知しております」


平伏しながら、私はよどみなく答える。ホールに集まっている貴族たちから、どよめきが起こる。この意味するものは同情だ。なぜなら、不正を告発したのが私だということは公然の事実だからだ。


私はこれまでにも、不正を暴く告発を繰り返して積み重ねた証拠を提出してきた。ジョゼット様は「罪のないあなたを罰するのは心が痛む」とか事前に伝えてきてる。


でも、婚約者である私が悪役令嬢として糾弾されて没落するのは、ヒロインと結ばれるための絶対条件だ。ゲームどおりにイベントが進むたびに、私の破滅フラグは着実に進行していく。


そう、だから私は裏ルートを突き進んだ。このゲームのシナリオチームの1人であった私が、悪役令嬢のレイチェル嬢……つまり、今の私だ。私に同情して仕込んでいた、実装されなかった裏シナリオ。でも、この世界ではきちんと機能してくれているようだ。しめしめと、私は心の中でほくそ笑む。


シナリオはヒロインと殿下が結婚してお世継ぎを産むところで終わっちゃうので、その後の人生は私にも分からない。でも、そこからは私の努力で突き進むしかないのだ。


ちなみに、両親と兄は処刑される。これは回避ルートがまったく存在しないので、可哀想だけど仕方ない。家は没落するけど、使用人たちには退職金のつもりで事前にお給金を多めに回しているので、あんまり恨まれないと思いたい。


「しかしながら、レイチェル嬢は不正の発覚に少なからず貢献した。その功績を考慮して、罪一等を減じる。ついてはーー」


おっと、ここで殿下に喋らせ続けると、修道女ルートに入ってしまう。私は慌ててその言葉をさえぎる。


「恐れながら、告発の功績をお認めいただけるのでしたら、殿下に一つだけ望みがございます」


平伏したままなので、殿下の表情は分からない。ちなみに私だけが夜会で断罪されるというのも変なシチュエーションだけど、婚約破棄は重要な固定イベントだからどうしようもないのだ。


「発言を許そう。望みとは何だ?」


ここで私は、殿下にもお伝えしていないサプライズなお願いを口にした。


「罪を得た私を、罰として殿下の奴隷にしてくださいませ」


どよめく貴族の子女たちの反応を確認しつつ、平伏したまま私はほくそ笑む。よしよし、良い感じね。こうして私は、殿下の婚約者の悪役令嬢あらため、元悪役令嬢の奴隷になったのだった。


********


主だった貴族の子女が集まった夜会の場で、一身に注目を集めながら奴隷になることを懇願した私は、無事にその願いを聞き入れられた。殿下にしてみれば居心地が悪いだろうけど、私にとっては居心地が抜群に良いルートだ。


私を奴隷にすることを認めた後で殿下が退席すると、学園で仲良しの令嬢たちが私のもとに駆け寄って泣いてくれた。


「レイチェルさまは告発に貢献したのに、奴隷だなんてあんまりです!」

「今からでも処分を撤回できないのですか?」

「私、お父様にレイチェルさまの身柄をお預かりできないか、掛け合ってみますわ」


みんな、とっても良い子たちだ。ちなみに、最後の一言を発した令嬢が正ヒロインのナルディア嬢だ。彼女はこれから殿下とのイベントを積み重ねていき、恋に落ちていく。私が断罪されたこのイベントは割と序盤に発生するのだ。


実は、このお預かりイベントはゲームにも実装されている。だけど、これが結構な罠なのだ。誰と話しても必ず預かり先はナルディアの実家の侯爵家になるけど、私の存在が後々の脅威になると考えた侯爵は、私を遅効性の毒で暗殺してしまうのである。貴族社会って怖いわね。


「ありがとうございます、皆さま。ですが、私はすでに貴族ではなくて奴隷の身です。どうか、身分を弁えさせてくださいませ」

「そんな……レイチェルさま、私たちはいつまでもあなたのご友人です。そのようなことを仰らないでください」


しめしめ。今、私のステータスでナルディアとの好感値はマックスの100ポイントのはずだ。しかもこのやり取りのおかげで、永続的に50ポイントのボーナスが入り続ける。つまり私とナルディアとの友情はよほどのヘマをしない限り、ナルディアが皇太子妃となっていずれは皇后になっても揺るがない。


「レイチェル嬢、お名残りも惜しいでしょうが、どうぞこちらへお越しください」


女官長様がお迎えに来た。私はみんなに惜別の抱擁をすると、立ち上がってドレスのスカートのすそを持ち上げて一礼をする。


「女官長様、奴隷としてこの服装は相応しくないと存じております。この場において脱ぎ捨てましょうか?」

「いえ、それには及びません。どうぞこちらへ」


うーん、ちょっと提案の仕方を失敗した。ここで脱衣をすると、この場にいる全員から同情をしてもらって更に好感値の永続ボーナスが入るところだったのに。だけど、拒否されたのにストリップをしても意味がないので、私は女官長様に付き従ってホールを出る。


「レイチェル嬢、本来ならば奴隷のあなたはレイチェルと呼び捨てにすべきところなのでしょうが、私の良心がそれを拒みます。レイチェル様と呼ばないことで、けじめをつけていると思ってください」


お、宮殿の使用人たちに同情ボーナスはきちんと入ってくれているようだ。好感値は、私の呼び方で可視化されている。レイチェル嬢と呼ばれている間は、いじめられたり雑用をさせられたりということはない。これは後で、あの同情ボーナスも取得しておきたいところだ。この数日間でレイチェル絡みの永続ボーナスのイベントはほとんどが発生期間を終了してしまうので、逃す手はない。


「ありがとうございます、女官長様。お心遣いに感謝いたします」

「早速ですが、レイチェル嬢には奴隷としての務めを果たしていただきます。覚悟はおありですね?」

「もちろんでございます。この身を喜んで捧げさせていただきます」


奴隷となった以上、私にあらゆる仕事の拒否権はない。確か、殿下は貴族の未亡人を秘密の性教育の相手として童貞は卒業しているはずだ。だけど、婚約者である私に遠慮して奴隷は抱えていなかったはず。その私が奴隷になるのだから、まぁまぁ皮肉なシナリオである。私が書いたシナリオだけど。


「本来であれば奴隷は自分で身支度を整えるものですが、あなたにとっても初夜となりますので、今夜はメイドたちに手伝わせます」


そういって私は、そのままお風呂場に放り込まれた。奴隷になって数時間後には処女喪失とか酷い話に見えるけど、これはさっさと既成事実を作らせてあげようという女官長の計らいだ。すでに準備を整えていたメイドさんたちにドレスを脱がされ、身体を洗われていく。


「では、奴隷としての初夜をしっかりと務めなさい」


女官長様が退室していき、私は湯船につかって身体を温めてから、バスタオルで水気を拭きとる。そして、婚約者ではなく奴隷として、殿下との初夜に臨むために下着を身につけていく。娼婦のような、というか娼婦の下着だ。


普通の公爵令嬢なら、これまでの華やかな生活とのギャップに泣き崩れていることだろう。だが残念ながら私は令和の記憶を持った人間だ。うひょー、この下着エロいなーという感想にしか至らない。


周りにいるメイドさんたちが、複雑な表情で私の着替えを見つめている。近い将来、未来の皇后さまとしてお仕えする予定だったはずのお嬢様が、いきなり奴隷ですと言いながら娼婦の格好をしているのだ。まぁそういう反応にもなるよね。これから私をどう扱えば良いのか、今頃は女官長をはじめとした幹部の皆さまで頭を悩ませていることだろう。


何せ私自身は公爵家の犯罪に加担したわけでもなく、むしろ不正を告発した、正義感に満ちたご令嬢だ。しばらくは、私は奴隷でありながら側室のお妃さまに近い扱いを受けていくことになる。ただし、私の一生はシナリオ後の方が長いわけで、好感度はどこで下がるか分からない。永続ポイントボーナスのイベントは拾っておきたい。


しかし、我ながらエロいわね。悪役令嬢だけあって、私の身体はグラビアアイドルみたいなスタイルだ。胸は大きいし、腰はくびれている。金髪は憧れのプラチナブロンドで、絵に描いたようなお嬢様だ。渡された避妊薬を飲んで、準備は完了する。当たり前だけど、奴隷の私が妊娠するわけにはいかないのだ。


「準備が整いました。どうか皆さま、よろしくお願いいたします」


私が深々と頭を下げると、メイドさんたちが軽くどよめく。いくら奴隷とはいえ、奴隷堕ちしたばかりの公爵令嬢がこんなにあっさりとプライドを捨てた態度を取ることは、驚きだろう。


「では、寝所へとご案内いたします」


私はメイドさんに先導されて廊下を歩く。バスローブを羽織るように言われたけど、確認をしたら指定の服装ではなかったので『皆さまにご迷惑をおかけするかもしれませんので』と断った。とはいえ、誰ともすれ違わないのはメイドさんたちの配慮だろう。思惑通り、好感度はかなり高めでスタートしてくれているみたいだ。


そして私は、殿下の待つ寝所へと足を踏み入れた。入口から先は、メイドさんは立ち入らない2人だけの空間だ。


「殿下、失礼いたします」


私はドアを一歩入ったところで床に正座をする。そして、三つ指をついて頭を下げる。


「この度、殿下の奴隷となりましたレイチェルでございます。今夜は初夜の伽を務めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」

「レイチェル、ここには誰もいない。いつも通りの僕と君で良いんだよ」

「いえ、そういうわけには参りません。私は殿下の奴隷となることを願い、それをお聞き届けいただいたのですから。私に情けを感じていただいているのでしたら、どうか奴隷としての務めを果たさせてくださいませ」


殿下は私の決意に折れたようで、ため息をついてからベッドの端に座る。


「では、こちらへ来なさい。君を断罪したのは僕だ……僕も主人としての務めを果たそう」

「ありがとうございます、殿下。では、ご奉仕をさせていただきます」


私は膝立ちのまま、殿下のもとへとにじり寄る。ジョゼット殿下はゲームの主役級の登場人物らしく、かなりのイケメンだ。それが、私に見つめられて顔を赤くしている。初心すぎて可愛い。


でも、殿下が覆いかぶさるようにキスをしようとしてきたので、私は微笑んでそれを押しとどめる。


「殿下、奴隷にキスはするものではありません」

「どうしてもダメかい? 皇太子の命令だよ?」

「秩序を乱します……殿下の奴隷に堕ちると決めたこの決意が揺らいでしまいます」


そう、基本的に奴隷はキスをしない。奥歯に仕込んだ毒とかで暗殺された事例は実際に多いのだ。だから、私は一生男の人とキスをしないことがほぼ確定してしまっている。ちょっと切ないけど、こればかりは仕方ない。


「分かったよ……でも僕は愛してるよ、レイチェル」


殿下は私の手をとって手の甲にキスをすると、ベッドに横たえる。そして私は殿下の唇を人差し指で押さえると、不敵に微笑んだ。


「この身はすでに奴隷です。殿下のお好きになさってくださいませ」

「レイチェル……っ!」


私の言葉をきっかけに、殿下は野獣におなりになられた。このイケメンに抱いてもらえるなんて、なかなかの幸せ者ではないだろうか?


そして、私は殿下と身体を重ねた。行為を終えた後で、私は殿下のお気持ちにとどめを刺すため、頬に手を添える。


「お願いがございます。最後に一度だけ、殿下の婚約者であったレイチェルとして、不敬ながら言葉を口にしてもよろしいでしょうか」

「あ、ああ……なんだい?」


私は殿下の耳元に口を寄せる。そして、恋人同士のような甘い声でささやく。


「これがあなたの婚約者としての最期の言葉よ……愛しています、ジョゼット。奴隷に堕ちても、あなたを愛しているわ。だから、あなたも私を大切にしてください。でも、もう私を愛さないで。新しい方に愛を注いで……例えば、ナルディアのような素敵な女性に」


その瞬間、殿下の表情が一変した。どうやら私の不敬は、殿下の心にクリティカルヒットしたようだ。これは隠しボーナスが期待できるかな?


「レイチェル……僕は……」

「どうかお忘れください。もう私は、奴隷のレイチェルでございます」


私の目から一筋の涙がこぼれる。私の心が、勝手に流してしまった涙だ。これで人生ハードモードの他ルートを回避して、人生お気楽な奴隷ルートを歩めるという、が流した涙だった。



********



「本当に、よろしいのですか……? この方は、あのレイチェル嬢でしょう?」


係の役人が、困惑した表情で女官長様と私に対して、交互に視線を向けてくる。


「ご本人が望んでいることです……それに、規則に照らし合わせればレイチェル嬢の申し出が正しいのは、明らかです」


嘆息しながら、女官長様は首を横に振った。そこはお城の暗部……拷問部屋だ。そこには相手を視覚で威圧するためにいろいろな道具が揃えられているけど、拷問以外の用途にも用いられる時がある。それが、奴隷に対する焼印の処理だ。


私は今、暴れられないように四肢を鎖につながれて、肌を露出させている。この玉のようなお肌に、奴隷の証である王家の紋章の焼印を押すのだ。


もちろん、焼印は押されると一生消えない刻印となるので、女性にとっては忌避すべき処置の一つだといえるだろう。でも、私はあえてこの焼印を望んだ。それはなぜか? 焼印を押されると、同情によって永続的に好感値ボーナスが20ポイントも加算されるのだ。痛いのは嫌だけど、これほど大きな永続ボーナスを拾っておかない手はない。


「では……いきますよ?」


係の役人さんが、焼きゴテを手に近づいてくる。やっぱり怖いものは怖い。私は「お願いします……」と気丈に胸を張り、そして女官長様が差し出してくれた棒を噛みしめてギュッと目を閉じる。


次の瞬間、焼きゴテが私のお尻に押し当てられた。経験したことのないような熱さと痛みが私を襲う。「んぐぅぅぅぅぅっ!」力を込めて皮膚を焼かれている激痛に、私はくぐもった悲鳴を上げて身体をよじるけど、鎖でつながれている以上は身じろぎも満足にはできない。汗が全身から噴き出してきて、だんだんと意識が朦朧としてくる。


「いぎぃっ! ぐぉっ、んぐっ……ぐぅっ!」

「はい、これで終わりです」


もう耐えられない……そう私が思った瞬間に焼印が終わりを告げられる。ほっとして身体の力が抜けると、私はその場でぐったりと倒れこんでしまった。それを意に介さず、女官長様とメイドさんたちは、てきぱきと私の焼印に消毒処理などをしてくれる。染みて痛いけど、さっきよりはマシだ。


「ありがとうございます、女官長様……」

「あなたの覚悟は素晴らしいですね。今日はゆっくりとおやすみなさい、レイチェル様」


あれ、レイチェル嬢からレイチェル様に呼び方が変わってる。そこまで好感度が上がることがあるんだ……そんなことを考えながら、私は気を失ってしまったのだった。



*******



私が人生お気楽な奴隷として、この王室で生活を始めてから半年ほどが経過した。殿下は毎日のように私を呼び出してお抱きになる。


私は、基本的に日中はだらだら過ごす。奴隷としての労働どころか、メイドのようなお仕事も課せられない。部屋こそは使用人部屋だけど個室だし、令和ニッポンの都会のワンルームマンションで生きてきた私にとっては十分すぎるほどの豪邸だ。


スタイルを維持するという名目で、食事も貴族レベルの栄養バランスの良いものが提供される。要は、気を遣ってもらえているのだ。気絶するほどの痛みに耐えてまで焼印を押された成果は、充実した日々に表れていた。みんな、好感度ボーナスが上がりまくっているので、私をお妃さまのように扱ってくれる。


夜になると、お風呂に入って身体を清めてメイドさんに隅々まで洗ってもらう。やってもらうのは、暗殺につながるものがないかの検査を兼ねているためだ。行為だけを見れば、普通にお妃さまの扱いである。入浴を終えると、避妊薬を飲んで香油を仕込む。とっても上品な香りが、私を包み込んでくれる。


そして準備が完了したら、奴隷の服装のまま廊下を歩いて殿下の部屋へと赴く。この辺りは奴隷っぽい扱いだけど、人払いがされているので誰かと遭遇したことはない。


ノックをして部屋に入ると、殿下はほとんどの場合、ベッドの縁に座って待っている。私はその場で平伏して「今夜も伽をご命令いただき、ありがとうございます」とお礼を述べる。そして許可を得てから近寄り、主人と奴隷として、愛を語り合う。


本来ならば見張りのメイドさんがいるんだけど、殿下は2人きりでの行為を望むようになっている。相手が私ならばと、無法状態だ。


「今日も可愛いね、レイチェル」

「美しい肌だ。決して、労働はしてはいけないよ。この手が荒れるのは、耐えられないからね」

「きちんと食べているかい? 食べたいものがあれば、帳面に書き付けて厨房に届けなさい」

「今度は観劇に行こう。ちょっと粗末だけど、奴隷運搬用として、君専用の馬車も作らせたんだ」

「あぁ、愛しているよ、レイチェル……」


一言でいえば、殿下は私にメロメロだ。まぁ美人でスタイル抜群の元婚約者が奴隷に堕ちているとか、男としては興奮するシチュエーションよね?


「今日もキスはさせてくれないのかい?」

「殿下。私は奴隷でございます。どうか、立場を弁えさせてくださいませ」


実は、キスはデストラップだ。キスをすると好感度とは別に愛情度が発生する。そしてあまりに上げ過ぎると、ヒロインであるナルディアとの争いが勃発する。そうなると私は確定で敗北して、自害を強いられるのだ。奴隷ルートでの発生は未確定だけど、平民から娼婦堕ちモードの時に実装されているので、念のためにキスはしない方がが安全だ。


「ああ、可哀想に。こんなことをしなくても良かったのに……」


殿下は、私の肌に無惨に刻まれた焼印を触ることが多い。私に申し訳ない気持ちと、興奮や支配欲が入り混じってドロドロの愛情ができあがるのだ。これが好感度ボーナスを際限なく生み出しているはずである。


「殿下、お気になさらないでください。奴隷として扱っていただけないと、私は生きる意味を失います」


この半年間で、何度も何度も繰り返したやり取りだ。愛している女にこんなことを言われると、これでもかってくらい、庇護欲をかき立てられるよね。今日はさらに殿下の感情を刺激してあげよう。私は涙目で見つめながら懇願をする。


「殿下、レイチェルは常に殿下の奴隷として励んでおります。どうか、この努力に免じて今後も命だけはお助けください」


あざといけど、この命乞いは効くのだ。元婚約者を奴隷に堕としたことで、良心が痛んでいるところにこの命乞いだ。殿下は心をぐちゃぐちゃにされて、私にそれをぶつけてくる。ほら、もう泣きそうだ。私をぎゅっと抱きしめてくれる。


「レイチェル、レイチェルっ……」

「申し訳ございません。奴隷の分際で、出過ぎた真似をいたしました」

「いや……いいんだ。正室とはしては無理でも、いつか君のことを側室として迎えるから、どうか待っていてくれ」

「ありがとうございます」


私は微笑みながらお礼を言う。いや、奴隷のままで低め安定で良いんだけどなぁ……側室とか面倒くさいだけじゃない?



********



そして2年ほどが過ぎた。殿下は無事にヒロインのナルディアと交際を始めて、学園の卒業パーティーでプロポーズをした。まさに見事なハッピーエンドだ。そして華のような花嫁姿で結婚式を挙げたナルディアも、宮殿に移り住んできた。


問題は、ここから先はナレーション進行なので知らないことが多い点だ。


奴隷なのだからもっとぞんざいに取り扱ってくださいとお願いしているのだけど、ナルディアは私に敬語を使う。まぁ正ヒロインなだけあって、聖母のような性格の持ち主なのだ。


殿下も、ナルディアと私以外は抱こうとしない。本気で罪人の私を側室に据えなおすつもりらしく、いよいよもって私の扱いはお妃さま同然になってきている。奴隷で良いんだけどなぁ。子供を産んでしまうと、後が大変だ。


殿下とキスはしないけど、ナルディアとはキスはしてあげている。殿下は羨ましそうにしているけど、あなただけはダメですからね?


そんな楽しい新婚さんの生活を過ごしたナルディアは、半年ほどしてあっという間に懐妊してしまった。



********



「レイチェル、実は君の恩赦を陛下から取り付けてきた。どうか、僕の第2夫人になってほしい」


喜色満面のジョゼット殿下が告げてきたのは、ナルディアが臨月に入ってからだった。


「お断りさせてくださいませ」


私は即座に否定し、殿下は「え?」という顔をする。まぁそうよね、普通は感動して泣いて喜ぶところよね。でも私がほしいのは安定なの。側室になって子供を産んで、お家騒動に巻き込まれたら大変でしょう? ナルディアがそうでなくても、周りがそう思うかは分からない。


私は正直にその辺の気持ちも告げる。まぁ父親の犯罪に巻き込まれて奴隷に堕ちた私の言葉だから、それなりに説得力はある。


「そうか……君の気持ちを無碍にしたくはない」


殿下はしょんぼりとした様子だ。優しいなぁ。断られたから引き下がるだなんて。


「その代わり、この身は生涯にわたって御身とお子様たちのためのものです。どうか、奴隷のレイチェルを末永くお傍に置いてくださいませ」

「レイチェル……君は本当に優しいんだね……」


殿下は私をぎゅっと抱きしめてくれる。相変わらずの聖人イケメンっぷりだ。


「ただ、これだけは主人として命令する。僕にキスをしなさい、レイチェル」


まぁ奴隷として扱い続けてくれるなら、問題ないだろう。私は処女を喪って数年経って、ようやくファーストキスを異性に捧げた。お預けを繰り返され続けた殿下は、夢中で私の唇をむさぼってくる。キスは数十分にも及んだ。これまでできなかった分を、取り戻そうとするかのように。


「レイチェル……ちゅっ、んちゅっ……」


そして殿下は私を抱きたいと告げてきた。この状況で断れるほど野暮でもない。

キスで盛り上がってからの行為は、私の脳を灼き切るほど気持ちよかった。私もいつもと違って、殿下にギュッとしがみついて甘えてしまう。そして、予定外の行為だったために避妊薬を飲むことを忘れてしまっていたことに気付いたのは、妊娠の兆候が表れてからだった。




*******



奴隷の身分のままでの私の妊娠は、当然ながら大問題となった。この国では堕胎が許されていない。ナルディアは許してくれたけど、本来なら死刑に値する事項だ。殿下もナルディアも無罪を主張してくれたけど、さすがにそういうわけにもいかない。


結局、ナルディアが待望の男児を出産したことで、恩赦として処刑は免れた。


ただし、私は妊娠中の身でありながら、淫婦として皇都の広場でむち打ちの刑を受けた。これも焼印の時ほどではなかったけど、かなり痛かったなぁ。女官長をはじめとした皆さんの好感度が維持されたのは幸いだった。


側室入りも当然ながらご破算となった。妊娠中の奴隷という中途半端なポジションのまま私は囚人生活を過ごした。殿下は足しげく私が収監されている独房に通って、罰と称して私を愛した。


そして月日がたち、私は無事に女の子を出産した。この時は安心して涙が出た。男の子だったら、殺されて死産ということにされる予定だったからだ。お腹を痛めて産んだ子を育てることができる。それだけで、私は生きてきた意味があると感じた。


「レイチェル、すまない。僕と君の子であることは疑いようもないんだけど……」

「良いのです、殿下。この宮殿に置いていただけるだけでも、幸せですわ」


殿下の失敗ということにできず、私の女の子は殿下には認知されずに父親不明の不義の子という扱いになった。奴隷の娘のため、身分としても生まれながらにして奴隷だ。


ちょっと可哀想だけど、私は再び殿下の奴隷としての務めを果たしつつ、愛情をもって娘を懸命に育てた。それはもう美しく、スタイル良く、奴隷として。


ナルディアはさらに男児を2人と女児を産んだけど、5人は本物の兄妹のように仲睦まじく過ごした。私がそうするように要求したからだ。殿下もナルディアも、それが後々の重大な事案につながると分かっていたけど、私への負い目から受け入れてくれた。


それから、15年の月日が流れた。その間に、殿下は即位して皇帝陛下となられたけど、私は奴隷のままで月日を過ごした。



*******


今日は記念すべき、陛下とナルディア皇后との第一子であるヘイリーク皇太子殿下の卒業の日だ。私は志願して、最初のお相手を務めていた。


奴隷としてヘイリーク殿下にもお仕えしたいというのは、ずっと前から陛下にお願いしていた事項だ。私は陛下の側室でも何でもないので、倫理的にも何ら問題なくヘイリーク殿下と行為をすることができる。皇室所有の奴隷を共用しているだけなのだ。


あと10年は奴隷としてお仕えできるかしら? 私は殿下の頭を抱き寄せて、キスをしてあげる。陛下の時には焦らしたけど、年齢差で愛情度は発生しないだろうから、今度はファーストキスもさっさといただきだ。息子のような年齢のイケメンとキスをするのって、すごく気持ち良くて脳が蕩けそうだ。


「ああ、レイチェル様……」


無事に経験を済ませたヘイリーク殿下が、私に甘えるように抱き着いてくる。ああ、可愛い。息子みたいなイケメンが甘えてくれるのって最高。まだこれに加えて、双子の弟ちゃんもいるのよね。幸せすぎて最高だわ。


「殿下、私は奴隷です。呼び捨てにしてくださいませ」

「そうはいきません。リーシアの母上なのですから」

「ああ、そうでした。リーシア。勉強しましたね?」


私は部屋の隅で見学している人物に声をかけた。


「はい、お母さま。奴隷としての生き様を、しっかりと勉強させていただきました」


返事をしたのは、私の娘であるリーシアだ。美貌とスタイルを見事に引き継いで、年齢不相応の色気がある。


「あなたも奴隷なのですから、殿下の奴隷として、しっかりとお仕えするのですよ」

「はい、奴隷としてお仕えできること、嬉しく思います」

「えっ、どういうことですか、レイチェル様」

「殿下、今まで秘匿しており、申し訳ございません。実はリーシアは殿下の妹ではなく、皇室所有の奴隷でございます」


ヘイリーク殿下は愕然としている。まぁ、血筋としては兄と異母妹なんだけどね? 実は公式には主人と奴隷なのですよ、王子様。


「では、こちらへ来て挨拶をなさい。よろしいでしょうか、殿下?」

「あ、あぁ、もちろんだよ」


殿下は緊張した様子でどもりながら答える。それとは逆に、リーシアは落ち着いた様子でベッドの傍まで来て平伏した。


「殿下、奴隷のリーシアでございます。これまで、妹のようにご厚情をいただきまして、ありがとうございました。本日からは改めて奴隷としてお仕えいたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」


ヘイリーク殿下のメンタルは、今頃ぐっちゃぐちゃだろう。私はとどめを刺すべく、リーシアにもっと近寄るように指示した。ここで同情やら何やらをお腹一杯になるくらい引き出して、永続ボーナスを荒稼ぎするのだ。


「この場は私たちだけです。もっと正直に、殿下にお願いしなさい」

「分かりましたわ、お母さま」


リーシアはベッドに上がり、殿下の耳元でささやいた。


「お兄さま、リーシアはお兄さまの奴隷でございます。どうか、ご遠慮なく異母妹をお使いになってくださいね」

「あぁ、リーシア……こんな服まで着て……」


殿下は唾液をごくりと飲み込みながら、皇女のドレスから奴隷の装いにモデルチェンジしたリーシアを見つめている。2人が血縁上は異母兄妹なのは、王城のみんなが知っている。でも、公的にはリーシアは不義の子であり、立場としては皇室の奴隷だ。


つまり、リーシアが生きていくためには、異母妹だろうが奴隷として扱ってあげるほかはない。仮に城から追放しても、事情を気にしないような下品なお金持ちのお妾か、他国で娼婦になるしかないのだ。


2人はどちらからともなくキスを始めた。殿下を容赦なく蕩けさせていくリーシアを見ながら私は内心で、寿命で死ぬまでお気楽な奴隷生活は確定かな……?と安心したのだった。


なお、私の娘がすんごい奴隷の天才だと知るのは、そう遠くない未来の話である。

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転生したら悪役令嬢だったので、処刑エンドを回避するために志願して奴隷に堕ちました。 柚子故障 @yuzugosyou456

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