半世紀前の約束

クライングフリーマン

半世紀前の約束

「お前の一番自慢していいことは『掃除』だ。掃除をして綺麗になって、気持ちよくなって、喜ばない奴はいない。いたとしたら闘え!そいつは間違っているんだ。苦しい時悲しい時、掃除をするんだ。」

 社会科の先生だから、激しい言い方をするのかな?と、その時は思った。

 その先生は、高校2年の時の副担任だった。担任が病気になったのでピンチヒッターの先生だった。

 担任に劣らず、ユニークな先生だった。修学旅行の時、担任の分の「お土産を買おう」と言うから、みんなでカンパした。

 半年後、担任が復職したので、ピンチヒッターの任務は解かれた。

 進級して3年の時、病気になった担任の代わりに、また同じ先生が副担任なのでピンチヒッター登板。そして、担任が復職したので、ピンチヒッターの任務は解かれた。

 放課後、教室の掃除をする。小学校高学年からずっとだ。ずっと、男子は逃げてしまう。

 掃除をしているのは、私と女子数名。部活があるからと言い訳する者もいる。

 嘘だ。私も部活をしている。先生は、懸命に掃除するのを見て、いつも褒めてくれた。

 ピンチヒッターだけど、足かけ2年、私を見てきた。だから、敢えて、他の男子に「掃除しろ」とは言わなかった。

 同郷の友人に「いいように利用されているだけじゃないか」とも言われたが、私は知っていた。修学旅行でタバコ吸って、徹夜で話すような奴らに一緒に掃除して貰おうなんて思いもしなかった。

 高校3年の時、私は4つ部活を掛け持ちした。掃除をしてからである。

 私は受験勉強をしなかった。3年生は「受験勉強優先」という名目で1年生と2年生だけで部活をする「悪しき習慣」が嫌だったから。

 下級生から「どれがメインか判らない」と苦情を言われたこともあった。

 結局、演劇部の部長を半年やったことで、メインは演劇部ということになった。

 文芸部の同級生から、「解散前に文集を作りたい」と言われ、快く、エッセイを投稿した。

 卒業式で「送辞」「答辞」を披露するのが恒例で、答辞委員を託され、答辞委員会が開かれたが、またも皆は逃げた。

 結局、「サンプル」を貰って私が草稿、先の文芸部部長が清書、野球部キャプテンが朗読することになった。

 卒業式。送辞委員が「卒業式批判」をやったお陰で、白けてしまったのは悔しかったが、今にして思えば、彼も「送辞は一任する」と、同窓生から逃げられたのかも知れない。

 でも、私は私なりに必死だった。「そうじ(掃除)」からも「とうじ(答辞)」からも逃げなかった。

 卒業後、京都の大学に進んだ私は、同級生の一人から、「郷里の福井で教鞭をとっておられるが、たまたま京都に来られる。一緒に会うか?」と誘われ、再会した。

 その時に言われたのが、前述の台詞。臭い台詞だ。相変わらず、テレビの「青春もの」みたいなことを言う。でも、心に刻んだ、その言葉は私の「分身」になった。

 先生の指示通り、どうしようもない感情の時、追い込まれた時、掃除をすると落ち着いた。

 揶揄する人間とは闘った。とはいえ、黙って無視しただけだが。掃除する自分は間違っていない、と信じた。

 ここ数年、先生の言葉を思い出していなかった。それは、「掃除する場面」が無くなったからだ。

 母は、介護施設を離れ、病院で「眠り姫」になった。

 介護施設にいる時は、介護士の「手抜き分」を掃除していたが、流行り病の為、なかなか入室出来なかった。

 主治医は「このままでは、余命2週間。老衰で亡くなる」と言ったが、最後の最後で救急車を呼び、延命した。

 病院にはわずか15分、見舞いに行き、一人語りをして、洗濯物を預かり帰ってくる。

 私は、私自身と母に「茨の道」を選んだのだろうか?

「任務」の傍ら、Web小説サイト12カ所に毎日投稿している。

 何万人も見てくれなくてもいい。収入にならなくてもいい。

 マイペースが如何に大事かを教えてくれたのが先生だった。

 私の歴史は所謂「黒歴史」が多い。「先に立たなかった後悔」ばかりだ。

 地位も名誉も財産も家族すらない。自分が(母の後に)亡くなると、「没落」という、自棄に重たい勲章が与えられる。詰まり、「私の入る墓」すらない。

 7つの持病と闘いながら、それでも私は生きている。

 今日、新聞のスクラップを作りながら、何かのキーワードで、先生を思い出した。

 そうだ。掃除をしよう。もう、足下から冬が襲いかかってきているじゃないか。

 時間は残酷だ。「光陰矢のごとし」と昔の人は言った。

 ぼうっとしている暇(いとま)はない。

 先生は、同級生の話では、かなり前に亡くなられている。

 忘れないよ、もう。

「掃除」だって、特技なんだよね。持川先生。

 そうだよね。

 ―完―



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