第3話 さまよう電波
深夜1時に電話をかけること。常識的に考えればまず誰もやらないだろう。しかしこの頃は親に対してなにかを隠したがる時期だったので、両親が寝静まった時間にするしかなかった。そもそもこの時間に電話をかけたら迷惑になる、ということを知らなかったし考えもしなかったので、平然と知らぬ番号をキーパッドに打ち込んでいた。
1番最初に出たのは幼い、まだ小学校低学年であろう少女の声だった。この時電話をすることに慣れていなかった俺は、「もしもし」という言葉で5回ほど噛んだ記憶がある。そうしてなんとか言い切り、「少しお話ししませんか」ということを口にすると……
「あっ、パパにかわるね」
と、危うく少女のパパと電話をすることになりそうだったので、急いで切った。このことをあの子に話す機会があり、それを聞いた彼女はくすくすと笑っていた。――そのコロコロと音が鳴っていそうな笑い声は、大人になった今でも耳に残っている――少女が1番最初となった電話は当然の失敗で終わった。しかし赤の他人へ深夜に電話をかけることは、興奮と同時に世界や社会との繋がりを持ってくれている、そんな気がして、最初の日は3人に電話をかけた。残り2つも失敗であった。
それからは毎日同じ時間、1人から数人単位で電話をかけた。もちろん出ないことのほうが多かったが、思いのほか出てくれるもので、興味本位で出てくれた人、咄嗟に出た人、イタズラ電話だろうと思って叱ってくる人、さまざまな人間がいた。その誰もが僕とは縁もゆかりもない、血のつながりがなければ同じ国に住むという共通点しかない人たちで、そんな人々との一時的な繋がりは、僕に足りなかった、否、ぼくが欲した不思議で確かな繋がりであったように思う。
電話以外にも、スマートフォンやSNSの発達によって容易にアプリを使って人と繋がることはできるのだが、それでは面白くないし、確かな声の繋がりとして
そうして深夜の電話を始めてから半年ほど経ったころ――彼女に繋がった。確かあの時は1人もまともに繋がらなかった日だったから、繋がったことに対する興奮を抑えるようにして、普段は言わない言葉を1番最初に使った。
「もしもしお時間いいですか?」
この言葉に僕も自分で首をかしげたが、もっと困惑していたのは電話口の彼女だった。僕が言葉を発してから数十秒、沈黙を貫いていた。僕もスマホを耳に押し当て様子を探る。相手がどう出るか心配であったが、そのうちふっと吹き出すように小さく笑い、「はい、いいですよ」と言った。これが後に2人の合言葉になるとは、当時は思いもしなかった。
こんなふうにいきなりの電話でも話してくれる人は少なからずいた。仕事の愚痴や友達家族には言えない秘密、ただの世間話などなど……積もる話や本来ならば言えない話をしてくれる。そのどれもが他人の、僕の知り得ない所でおこっている出来事ではあったが、今の僕(この時の僕)にとってはなにか宝物のように輝いて聴こえた。それらを知っていれば、自分の手の届かないことに干渉しているようで、心地良かった。日々のニュースやゴシップとは違うもので、それがまた僕を肯定しているように感じたのだ。しかしいつも、こうして電話に出てくれる人に対しては変な緊張があった。きっと電話の向こうにいる誰かの、大切な一部を持ってしまうと思っていたからだ。
汗ばむ手を握り、無意識のうちに膝へと降ろす。唾を飲み込んで、意を決して話し始める。
「えっと、突然の電話ごめんなさい。実はいま、見知らぬ誰かに電話をかけてて……少しでもいいんです、お話し、しませんか」
毎度のことながら意味不明である。正直、衝動に身をまかせておこなっているだけであり、理由も漠然としていて、とにかく
「私も、同じことしてるの。それをしてたら急に電話がかかってきて、それで……」
「おんなじこと……」
詳しく聞くと、彼女も時間帯やかける日こそバラバラだが、同じように知らない誰かに電話をかけているらしい。今日も電話をして寝ようと思っていたところに……僕から電話がかかってきたようだった。その話を聞いてなんだか申し訳ない気持ちと、仲間を見つけたような、変な高揚感が押し寄せ、深夜なのに目がすっかり覚めてしまった。それからしばらく、お互いのことを話した。
「私、どこかの誰か知らない人の声を聴いてみたくて……それで電話を始めたの。ちょっと迷惑だけど……」
「同じ!……僕も、知らない誰かと繋がってみたくなったんだ。それで始めて――」
聞けば聞くほど、まるで誰かが示し合わせたかのように彼女と僕には似たものや共通点があった。好きな食べ物がたけのこだったり、米よりもパン派であったり。些細なことではあると思う。でもこの時の僕は彼女に、なにか運命めいたものを感じていた。
彼女は
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