第25話 エルフの森

 現在、アッシュ達は銀子を加えた六人で、空の旅を続けていた。


 ちなみに銀子は白い飛竜ホワイティの背にアケミと一緒に乗っている。本人はアッシュの後ろに乗りたそうだったが、普通の飛竜では銀子を怖がってしまい飛ばないので、仕方なくホワイティの背に乗っていた。


 とはいえ、ホワイティも決して銀子を恐れていないわけではない。恩人であるアケミがいるから辛うじて耐えているに過ぎなかった。


 ……健気な飛竜である。



「少し高度を上げる」


 アッシュは腰の魔素計を見ながら全員に向かって指示を出した。


「ま、またモンスターですか?! どどど、どこに?」


 アケミは慌てて辺りをキョロキョロ見る。しかし、辺りは雲一つなく鳥すら飛んでいない。続いて地上に目を向けるも、代わり映えの無い森が続いているだけだった。


「違う。アケミ、いい加減に魔素計を見るクセを付けろ。それと周囲の景色もだ」


「すいません……け、景色?」


「気づかないか? 森が変わったんだ。一面同じ緑で空からだと分かり難いが、今までの森より樹木の高さが倍以上になってる……〝エルフの森〟だ」


「エルフッ!」


 エルフと聞いて、アケミが嬉しそうな声を上げた。


「魔素の濃度的にも間違いない。それと、嬉しそうにしてるとこ悪いが、エルフはアケミが思ってるようなファンタジーな種族じゃないぞ? どちらかというと好戦的で野蛮な種族だ」


「こ、好戦的? 野蛮? で、でも、エルフってゲームの種族選択で最初に選べますよね? 実は私もエルフにしたかったんですけど、オススメ度が低くて難易度も高いって書いてあったんで諦めたんですよね……」


「ゲーム履歴からAIが勝手に判定してオススメしてくる余計なお世話機能か。懐かしいな。けど、人間以外の種族はクセがあって初心者向きじゃないのは本当だ。特に、エルフはステータスの偏りが酷いし成長も遅い。操作も難しいからアクションが苦手な奴は普通に死にまくる。選ばなくて良かったな」


「そんな大変な種族だったんですね」


「人気のある種族にプレイヤーが集中するのを防ぐ調整だろう。元々ゲームが上手い奴が選ぶのを想定して、専用のイベントやシナリオの難易度が高く設定されてる。森に静かに暮らして自然を愛する種族なんてイメージが吹き飛ぶくらい、血生臭いイベントが盛りだくさんだ」


「ち、血生臭い?」


「部族間とか他種族との争いだな。それに『攫われた村人を救い出せ!』ってイベントが定期的に起こるのが有名で、しょっちゅう他種族と戦ってるのが、パンドラのエルフだ」


「えぇ……」


「はーはっはっ! なんだ、アケミ、エルフのような下等な野蛮人になりたいのか? 森でウホウホ縄張り争いしてる原始人になりたいなら、混ざってくればいいではないか!」


「メルセデスさん、相変わらずひどいです……」 


「まあ、メルの言い様はおいといて……エルフは初期のクラスでも種族特性で視力もいいし、感覚も優れてるから迂闊に近づくとすぐに見つかって襲ってくる。だからもう少し高度を上げて――」



 シュパッ



 突然、空気を切り裂く音と共に、アッシュの乗っていた飛竜の頭が消し飛んだ。


「――って、言ってるそばからこれだよ」


 頭を失った飛竜と共に落下していくアッシュ。


「うひぃぃぃぃ!」


 突然の出来事に悲鳴を上げるアケミ。


 それに対し、銀子とメルセデスは即座に反応。怒りの形相を地上に向け、手をかざしていた。


 ――銀魔法〈銀竜破光線シルバーレイLv5〉――


 ――魔法広範囲化ワイデンマジック・上位魔法〈雷撃ライトニングストライクLv5〉――


 銀子の周囲に光り輝く銀の球体が出現し、アッシュを攻撃したであろう地表に向かって眩い光線が複数放たれた。それと同時にメルセデスは発動時間の早い雷魔法をスキルで強化。電撃の雨を広範囲に降らせた。


 二人の放った魔法により、眼下の森一帯が瞬く間に焼き払われ、吹き飛んだ。


「二人共! 落ち着きなさい!」


 エレ爺が叫ぶも、銀子とメルセデスは飛竜を飛び降り、アッシュの元へ飛んでいってしまった。


「うー」


「ノア! あなたもです!」


 普段の表情とは一変し、二人と同様、眉間に皺を寄せて地上を睨んでいたノアを、エレ爺が制止する。


「あの程度でアッシュ様がダメージを負わないのは分かっているはずです! 落ち着きなさい! ……アッシュ様が敢えて落ちていった理由に気づかぬとは!」


 感情のままに攻撃し、アッシュの元に向かってしまった二人に憤慨するエレ爺だが、今は自分の取るべき行動を優先する。


 ◆


 一方、飛竜と共に落下中のアッシュは、銀子とメルセデスの魔法攻撃の直前にも攻撃を受けていた。乗っていた飛竜の腹に風穴が空き、弓矢がアッシュの手前で止まっている。


(弓による超長距離狙撃……普通のエルフじゃないな)


 エレ爺の言うとおり、アッシュは種族特性と装備しているマジックアイテムにより、遠距離からの物理攻撃をほぼ無効化している。


 飛竜がやられたまま何もしなかったのは、狙撃手の場所を特定する為だ。


「「アッシュ様ぁーーー!」」


「やれやれ」


 急接近してくる銀子とメルセデスを見て、アッシュは自身の翼を広げて宙に浮き、ゆっくり地上に降りていく。


「アッシュ様、ご無事ですか?」


「当たり前だろ」


 そう言って、アッシュは掴んでいた矢をメルセデスに投げ渡した。


「……重魔樹ヘビーウッドの矢?」


「遠距離狙撃用の矢だ。そんなモンで俺がやられるわけないだろ? 二人共、慌て過ぎだぞ。森がメチャクチャだ」


「「スミマセン」」


 辺り一帯、巨木の森が跡形も無く消失している。仮に狙撃した者を倒していたとしても死体は残っていないだろう。


(まあいいか。全然ダメな対応ってわけでもない。そもそも、飛竜に乗っての移動がイレギュラーなんだし慣れてないのも仕方ないな)


 アッシュが従者NPCの育成を始めたのは中盤以降である。その頃には比較的安全な移動方法や転移魔法で行ける場所も多く、無防備に等しい飛竜での旅など殆どしていない。空中でモンスター以外に奇襲される経験が従者達には少ないのだ。


(ただ、少々反応が過剰だよな……)


 このような従者の反応はゲームでは無かった。学習した経験を元に、状況に合わせて適切に行動していたことが、この世界に来てからはアッシュの予想を度々超えてくるようになった。


(感情的なのは人間味があっていい面もあるが、咄嗟の場面では危うさもあるよな……特に銀子は拙い)


 先程の一撃でまたもアッシュの財布から億単位のゴルが消えているはずだ。自分を心配しての行動だと分かってはいるものの、どうしたものかと悩むアッシュ。


(魔法を使うなと言ったら、銀子の長所が活かせないし、困ったもんだ)


 アッシュがそんなことを考えていると、エレ爺とノアがアケミと飛竜達を引き連れ降下してきた。


「どうだ? エレ爺?」


「はい、敵は一体だけですが、逃げられました」


 アッシュの飛竜が撃墜されたと同時に、エレ爺は狙撃してきた犯人の動向をその優れた感覚で探っていた。アッシュ自ら囮になったことにすぐに気づき、アッシュに放たれた二射目を見逃さず、狙撃位置を特定。銀子とメルセデスの魔法攻撃が当たる前に、犯人が離脱したことまで捉えていた。


 無論、アッシュも狙撃手の位置は大体掴んでいる。


「そりゃ、さっさと離脱するだろうな」


 長距離からの狙撃は一撃離脱が基本戦法だ。狙撃に特化した構成で近接戦を行おうとする者なら、銀子とメルセデスの魔法でやられている。


「プレイヤーでしょうか?」


「普通のエルフにはあの距離からの攻撃は無理だ。狙撃に特化したハイエルフや、高位のエルダーエルフなら可能だが……この辺りにはいないはずのクラスだ。プレイヤーの可能性は高いだろうな」


「「「……」」」


 アッシュの見立てにエレ爺達が真剣な表情になる。


 自分達の創造主であり、主人でもあるアッシュが直接狙われたことで従者達の内心は怒りに満ちていた。普段、笑顔を絶やさないノアまで険しい表情をしている。


(ひぃえぇぇぇ……)


 従者達の険悪な雰囲気と周囲の有様を見て、アケミはホワイティに抱き着いて怯えることしか出来なかった。


「お前等、落ち着け。さっきの攻撃は俺達を殺すのが目的じゃない。ただの警告だ」


 アッシュは殺された飛竜を蘇生魔法で生き返らせながら言う。


「ななな、なんでですかッ! いきなり攻撃してきたし、飛竜も殺されたじゃないですか!」


 アケミがホワイティに抱き着きながら叫ぶ。


「殺すつもりなら、初撃で飛竜じゃなく乗り手を攻撃してる。それに〝重魔樹の矢〟は長距離用の弓矢だが、安価で攻撃力はそこそこ。使用した弓も単射用の弓だろう。高位のプレイヤーが単体でパーティーを攻撃するなら、費用度外視でもっと高性能な弓と矢を使う。少なくとも俺ならそうする」


「しかし、いくら警告でもアッシュ様を狙ったことには変わりません」

「うー 許せない」

「ぼっちの妬み野郎のクソ野郎は私が必ずブチ殺します!」

「うん。殺す」


(ぼっちとか、ちょっとその言葉は俺にも響くんだが……)


 長年、ソロプレイしていたアッシュはメルセデスの罵倒の言葉に凹みつつ、引き返して迂回するか、このまま進むかを考える。


「うーん、どうするか。この辺りに住んでるエルフなら放っておいてもいいが、魔王側のプレイヤーだと面倒だな」


 そう呟きつつ、後者の可能性は低いとみている。〝エルフの森〟が魔王に占拠されてるなら警告するような真似はしないと予想できるからだ。


「「「殺しましょう!」」」


「俺達が好戦的エルフになってどうすんだよ……」


 ◆


 同じ頃。


 凄まじい速さで現場から遠ざかっていく者がいた。


 周囲の景色を映し出す特殊なフード付きの外套をなびかせ、手には真っ黒な長弓を持って森を疾走している。


「ふぅーーー」


 十分に距離が離れたのを確信してか、その者はフードをとって大きく息を吐いた。


 長い金髪を束ねたエルフの顔が露わになる。目つきは鋭いが、異常に整った顔立ちの美しい女だ。その表情に焦りはなく、落ち着いた様子で〝空間収納〟に長弓を仕舞った。


「飛竜なんかに乗ってるからどこの人間かと思ったら、まさかプレイヤーとはね。〝アイアン・ローゼス〟なら、この辺で見かけたら殺すと前にも警告したはずだけど……〝ブラックレネゲイド〟の連中?」


 エルフの女はチラリと来た道を振り返る。


「……まあ、どこの誰だろうが、次は容赦しないけどね」


 そう呟いて、エルフの女は森の奥へと消えていった。

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