第24話 最前線① ~天騎士~
ザザ大平原。
そこにそびえ立つ巨大な壁。通称〝摩天の大城壁〟その上にいた一人の騎士は、眼下に広がる光景を見ていた。
白金に光り輝く全身鎧と顔まで覆った兜。純白の外套には交差した剣と薔薇の紋章が描かれている。顔は見えないが、鎧の形状とシルエットはその騎士が女性であることを示していた。
白金の騎士の視線の先には、
不死者の軍勢は、城壁からの遠距離攻撃が届かない距離に陣取り、襲ってくるような動きはしてこない。
食事や睡眠、休息を必要としない不死者を駐留させ、騎士達をこの場に足止めするのが狙いなのだ。
その上、こちらが殲滅しようと兵士の数を増やせば、不死者もそれに応じて数を増やして均衡を保っている。その状況がもう何年も続いていた。
情報が漏れているのは容易に想像つくが、相手の陰湿な手に白金の騎士は憤る。
「ブラックレネゲイド……まったく忌々しい」
旗の紋章を睨みながら白金の騎士が呟く。
そこへ、一人の騎士が駆けてきた。
「レイン将軍、こちらにおられましたか。間もなく軍議の時間です」
「わかった。すぐに行く」
レインと呼ばれた白金の騎士は、伝令の騎士にそう返すと、歩きながら城壁の内側に目をやった。
見渡す限りに木造の兵舎が軒を連ね、武器庫や食糧庫、厩舎、その他施設、訓練場まで備わった軍事基地が広がっている。
更に、その奥には城壁に囲まれた城と城下町が見える。今いる場所は大城壁を除き、ここ数年で作られた前線基地であり、今も増築を重ねて規模を拡大していた。
「はあ……」
外の不死者もそうだが、急速に拡大した駐屯地には問題も山積しており、思わずため息が漏れる。これから行われる軍議はその殆どが内部の問題に関してだ。
しかし、そのような態度を兵達に見せるわけにはいかないと、気を取り直し、姿勢を正して軍議に向かった。
◆
「イングリッド・レイン将軍、入られました」
先程の白金の騎士、イングリッド・レインが姿を見せると、部屋にいた者達が一斉に起立し頭を下げた。人間種が半分、残り半分は獣人や竜人、エルフ、ドワーフ、ホビットなど亜人種の騎士や戦士達が円卓を囲んでいる。
円卓には巨大な地図が広げられ、敵味方を示す駒が各所に配置されていた。だが、その駒の配置は味方の陣地の方が詳細に示されている。
「それでは、定例の軍議をはじめます」
進行役の騎士以外が席に座り、各々思い思いの態度をとる。真面目に議題に耳を傾けている者は半数ほど、しかし、中には軽食を頬張る者、腕を組み目を瞑る者、酒を飲んでいる者までいる。
大城壁の外には万を超える不死者の軍勢がいるというのに、緊張感がまるでない。
しかし、それも仕方のないことだった。
不死者の軍勢は大規模な侵攻をここ数年仕掛けて来ない。相手の数の増加に合わせて人間側も戦力を増強するものの、確実に勝利できるといえる規模には達しておらず、膠着状態が何年も続いている。
つまり、一部の部隊以外は戦闘を行っておらず、気が緩むのも当然だった。
この場も軍議とは名ばかりで、定期的に開かれる近況報告の場と化して久しい。
進行役の騎士が各所から上がってきた報告のリストを読み上げる。目新しい情報は無く、各所の要望や問題の報告が殆どだ。
多くの兵士が一ヶ所に集まっているというだけで、何もしなくても食料や水をはじめ、大量の物資と資金を消費する。また、数万の兵が駐留するこの摩天の大城壁は、多種多様な人種と職業の者が集まり、緊張感の無い状況も相まって様々な問題を抱えていた。
しかし、そんな些細な話を耳に入れつつ、イングリッドは机上の駒を見ながら別のことを考えていた。
(戦力が圧倒的に足りない。数も質も。一向に侵攻してこない所為で士気も危機感も無い。この場にいる各軍団長ですらだ。このままでは『真なる魔王』の誕生も時間の問題。そうなれば打つ手が無くなるというのに……だが、何故、奴はこれほど時間を掛けている? ここはゲームではない。マップも広大で、死ねば終わり。慎重になるのは分かるが、何故だ? 何故、動かない?)
「向こうも上手くいってない。それとも、私と同じか……?」
「は? 何か?」
思わず口に出してしまった言葉に、進行が止まる。
「いや、何でもない。続けてくれ」
◆
軍議が終わり、自室に戻ったイングリッドは、兜を脱ぎ、執務机に向かう。
透き通るような真っ白な肌と薄紫の髪と瞳。異様に整った顔立ちは、この世のものとは思えない美貌を放っている。
――〝天騎士〟イングリッド・レイン――
元はパンドラにある十大ギルドの一つ〝アイアン・ローゼス〟の副リーダーであり、プレイヤーである。この世界に来て十数年、人間種や亜人種をまとめ上げ、魔王の軍勢に対抗する戦力を築いてきた。この〝人類連合軍〟の総大将でもあった。
「はあ」
再びため息をついて、疲れた表情で椅子に座る。
ここ数年で大城壁の戦力は大分増えた。しかし、いくらこの世界の戦士や魔法使いを集めても、高位のプレイヤーには敵わない。そのことがイングリッドに重く圧し掛かっていた。
プレイヤーとそうでない者では強さに明確な差がある。パンドラで育成したキャラクターの性能に、この世界では決して到達することができないからだ。
レベルアップや転職、転生や進化により、取得できるスキルや魔法の数は膨大になる。だが、無制限に覚えられるわけではない。取得できる数には上限があり、これはプレイヤーもこの世界の人間も同じだった。
キャラクターを育成していく上で、理想の構成、または強い構成にする為には、覚えたスキルや魔法を取捨選択しなければならない。つまり、強い魔法を覚える為には、弱い魔法や不必要な魔法を消す必要があるのだ。
しかし、この世界ではゲームのようにコンソールでその操作ができず、削除するすべがない。レベルを上げても覚えていくスキルや魔法の数はすぐに上限に達してしまい、多くの者はレベルを上げても新たに上位のスキルや魔法が覚えられなかった。
また、人間種は異形種に比べ成長が早い反面、ゲームでは設定のなかった寿命も問題だった。戦士系などは、レベルが100にも届かぬうちに肉体のピークは過ぎてしまい、成長スピードも鈍化。ステータス数値も下がっていく。
だが、今は頭数を増やすことと、それを維持することしかイングリッドにはできなかった。
「どうしたんすかー? そんなため息なんかついちゃって」
「むッ!」
部屋の隅に人が立っていた。迷彩模様の外套と戦闘服。身体の各所に鱗状の軽鎧を纏っているが、この世界では珍しい格好だ。それに、目の部分だけ空いた銀色の仮面で顔を隠しており、声も変えているのか男性とも女性とも判断がつかない。
イングリッドが部屋に入った時にはいなかったはずだ。
「脅かすなクレイ。ここでの隠密行為は慎めと言ったはずだぞ?」
「まあまあ、そう固いこと言わないで下さい。耳寄りな情報を持ってきたんですから、一応、気を遣ったまでですよ」
この大城壁の情報が外に漏れているのは周知の事実だ。クレイと呼ばれた者が身を隠してここに来たのはそれを考慮してのことと暗に伝える。情報というのは他に聞かれたくない重要な話のようだ。
「耳よりな情報?」
「新たなプレイヤーが現れたようです。それも複数。勿論、
「何?!」
「城塞都市ウォルゲートと風の村から情報が入りました。確認できたのは六人」
「六人ッ! 確かなのかッ?!」
イングリッドは身を乗り出してクレイの話に食いついた。六人というのは過去に例が無い大人数だ。
「ええ。それに、内一人は、天使らしき白い翼があったそうです。まあ、序盤に最上位種族なんか出ませんから、目撃した人間が鳥人族と見間違えたのかもしれません。偽装せずに種族を晒してるなら、天使の可能性は低いでしょうね」
「どちらにせよ、その六人の中に高位のプレイヤーがいるのは間違いないな」
「悪魔将のトラップを抜けたなら、そういうことになりますね。仮に本当に天使がいたとしても、カルマ値の調整で初見じゃ悪魔将に勝つことも逃げることも無理ですから」
この世界に来て、すぐにカルマ値のバランス調整を見抜くことは不可能である。調整は戦闘をしなければ分からない。しかし、悪魔将と戦い、相手が強化されてること、自分が弱体化してることに気づいた時には手遅れだ。今まで覚えていた転移先も消えており、転移魔法で逃げることもできない。
悪魔将という微妙なレベルの悪魔を配置するのがこの罠のいやらしいところだ。パンドラをやり込み、悪魔将を楽々倒せるプレイヤーほど、真っ先に逃げることを考えずに戦ってしまい、あっけなくやられてしまう。
序盤の罠を潜り抜けるには、隠密や敏捷性に特化した構成か、カルマ値が〝邪悪〟に偏った種族や職業の者。または、相当パンドラをやり込み、そういった状況に即応できるような経験豊富な古参プレイヤーだけだ。
「そういえば、前々から聞きたかったんですが、なんで初期エリアの悪魔将を放置してるんです?」
「単純に人手が足りない。ただでさえ貴重なプレイヤーを、数年に一度出現するかしないかも分からないのに常駐させられないだけだ。初期配置場所はアリアンバラだけじゃないんだぞ? それに、こちらのプレイヤーが張っているのを魔王側に知られるのはリスクしかない」
「あー 確かに。敵にとっちゃ、おいしい狩場になっちゃいますね」
「対策をすれば魔王側も戦力を増強してくるからな。〝善良側〟全ての初期配置場所に人を割く余裕も戦力もない。それに、戦力を割けば、上位エリアが手薄になり〝真なる魔王〟のシナリオを進められてしまう。新たにログインしてくるプレイヤーには悪いが、自力で突破してもらうしかない」
「まあ、逆に言えば、あれくらいどうにかできなきゃ、使えないですもんね」
「そういう言い方は好きじゃない。余裕があれば、私だって助けたいと思ってる。過去にこの世界のことやカルマ値のバランス調整についてメッセージを残したりもしたが、奴等は定期的に街を破壊していて殆ど無駄に終わった。今は付近の街に定期的な情報収集しかできないのが現状だ」
「むしろ、我々が無視しているから、向こうも最低限の戦力しか置いてないと言えるかもしれませんしね」
「そういう見方もできる。本当のところは分からんがな。それより、その六人が向かった先だが……」
「風の村で飛竜を購入して北に向かったそうです。それ以上は残念ながら。ですが、やり込んだ高位プレイヤーがいるなら、こっちのエリアに来るんじゃないですか? どうせ、自分の拠点か、拠点としてる街は上位エリアにあるでしょうし、いずれ何かしらの情報が入ると思いますよ」
「なら、いつものように私の名前で情報を流しておいてくれ」
「了解です」
そう言って、クレイは姿を消し、気配も断ってこの場からいなくなってしまった。
(相変わらず、得体の知れない奴だ)
数年の付き合いになるが、イングリッドはクレイのことを隠密に特化したプレイヤーということ以外、殆ど知らなかった。善良側のプレイヤーに協力していることだけは確かであり、イングリッドも深く追及はしていない。
自分の情報を他人に開示するのはリスクがある。イングリッドも人に話していないことは山ほどあった。
それに、善良側でログインしてきたからといって、全てのプレイヤーが魔王討伐に乗り気になるわけでもない。中には協力を拒む者もいれば、魔王側に寝返る者もいる。味方だからといって、全てを話すのは危険であった。
それをクレイも承知しているのか、イングリッドにもクレイは普段の態度とは裏腹に、必要以上のことは聞いてこない。
「今はその六人のプレイヤーがどんな人間なのか、が問題だな。我々に協力してくれるといいが……」
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