それはさておき

「キナ臭い」

『そうなっちゃいますよね……』


 須藤さんの夢の話を聞いた俺は率直な感想を口にしたが、彼女は怒る様子を見せずむしろ同感と言ったような声音だった。まぁ聞く限り何かの暗示的な内容の夢だとは思う。祠の中にいるということはその中にいた人型の何かは神ってことになるのか?それが「おはよう」と。眠りから覚めたと。


「体に影響とかは?」

『至って健康なんですけど、どうも私その存在を敬っているようで』

「どゆこと……?」

『脳では"意味不明な存在"って理解しているんですけれど、本能?が敬わなきゃと訴えかけてくるような』


 現在の須藤さんはただの人間ではない。亜人――ドラゴニュートと呼ばれている存在だ。(そのドラゴニュートもAカードが謎に示しているだけなのだが)その本能ということはドラゴン的な部分なのだろうか。それが敬う存在って……神話のドラゴン?祠に?


「謎の地震のタイミングで須藤さんが謎の夢か。無関係と断じていい物か、絶妙に悩むな」

『ですよね』

「とりあえず、現状体に異常がないなら普段通り過ごせばいいんじゃないかな。もし、不調を感じたら粒源先生に相談ってくらいかな」

『分かりました。あの人に相談するのは少し勇気がいりますけど』


 気持ちは痛いほどわかるが、あれでも優秀な先生だから……ちょっとマッドな雰囲気が拭いきれないだけだから。ちょっと検査の合間に実験しようとしてくるだけだから。


「後は、もし今後同じような夢を見て謎の存在と接触する機会があれば聞いてみれば?おはようって挨拶してなにもされていないなら少なくとも須藤さんに害意があるわけでも無さ気だし」

『そう、ですね。怖いですけどやってみます』


 ふむ、前門の謎の存在、後門の粒源先生か。俺も同じ夢を見るか須藤さんの夢にお邪魔できれば何かしらサポートは出来ると思うが、難しそうだしな。頑張ってもらうしかない。

 須藤さんを簡単に応援して通話を切る。それにしても、地震と謎の存在か。何かが起こり始めているのか……?



「それでもダンジョンに行くのはやめられないわけで」

「ジョージ、あれ何?」

「ありゃガラクタヤドカリだな。冒険者が壊した装備をかき集めて家にしているヤドカリだ」


 震度3の地震?そんなもん関係ないね、と今日は相模浜ダンジョンに来ている。同時に揺れたことが異常なだけで震度3程度の地震で日本人は会社への出勤もダンジョンの探索も止めたりしない。冒険者の場合は止めようと思えば止められるが一部は生活が懸かってるし。俺?俺は……魚が食べたくなったので。


 さて、そんな訳で相模浜ダンジョンを行く俺達はピッチリと閉じられたオウシャコガイの横を通り過ぎ、面白い食材もとい獲物がいないか探索する。ベーシックダンジョンと違ってこういうタイプのダンジョンは道に縛られずに探索できるからいいんだよね。その代わり、集団に襲われやすいというデメリットもあるが。


「ジョージ、今日のネライ目は?」

「基本なんでも。あとは出汁の取れそうなものかな。貝とか白身魚とか」

「ダシ?またスライム使うの?」

「いや、袋麵で使いたい」

「フクロメン……お湯じゃダメなの?」

「フフフ、お湯でもいいが、出汁で作るとまた違った味わいが楽しめるんだ」

「ナルホドー」


 ちなみに一からラーメンを作らずに袋麺を使うのには理由がある。単に面倒というのもあるのだが、ラーメンのスープ作りって結構手間がかかるんだよな。少しずつ調味料を入れたりと味を調えなければいけない。その点、袋麺ならその麺に間違いなく合うスープがついてるからな。そのスープに出汁を足せばいつもより味わい深いものが出来るということだ。


 さて、そうなればオーロラが見つけた甲殻類のモンスターであるガラクタヤドカリが使えるのではないかと思うが、あれは駄目だ。身に纏っているガラクタが錆びた剣とか鎧っぽい残骸。ガラクタヤドカリはその身に纏ったもので味が変わる。あれが錆びていない鉄であればまだ食えるのだろうが、錆びたものを纏っている個体は駄目だ。殻にも身にも鉄の味が染みついてしまっている。もし、着たばかりの綺麗な状態の装備ならまだイケた。ちなみに一番おいしいのは何も纏っていない真っ裸な時だ。


「あっジョージ!アレは?」

「ありゃ鯨か」


 ダンジョンを歩いていると辺りが薄暗くなる。オーロラの声に反応して見上げてみると、俺達の頭上を1匹の鯨が悠々と泳いでいる。俺達には気づいていないのか、はたまた圧倒的サイズの違いから歯牙にもかけないのか。

 俺からしたら君はこの前このダンジョンで斃した追跡ガツオ"戦艦"より小さいし弱そうだから脅威とはあまり思っていないんだが。鯨か……鯨ベーコンに刺身。のどちんこや食道も食えるんだったか。興味が無いわけではないが……


「今回はいいかな。それよりも……いいのが来た」


 上の鯨を無視して前方を泳ぐ一匹の魚を指差す。姿形は鯛。しかし、色は普通の海に生息している鯛とは異なり、虹色をしている。お前それカモフラージュ出来るんかとツッコミを入れたくなる色だ。


「ウワ、変な色。アレ何?」

「ありゃマトウダイならぬマドウダイだ。気を付けろよ、あいつはその名の通り幻術を使ってくる」


 ――まぁ、俺達にはそう効かないとは思うけど

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