異世界生活

リンゴ売りの騎士

異世界生活 1日目


 「クロサキ殿っ、クロサキ殿っ!!」


 そう言ってしきりに俺の名前を呼びながらこちらの行動を急かしてくるのは、身長180cmはあるだろう暗い色合いのフードを被った男性だ。顔色は白いと言った方がしっくりくるくらいに血色がなく、細身の体型をしている。


 「今行きますって」


 目の前の男と同じデザインのフードを着直して、俺は男の後について行く。


 「いよいよですぞっ!! 我らの悲願がついに達成されるのです!!素晴らしいですなクロサキ殿っ!!」


 この時を待ち望んでいたとばかりに鼻息荒く喋る様は、その血走った眼と狂気的な笑顔さえなければ、なるほど夢の実現を目前にした人物として好印象かもしれない。明りが乏しい一本道の通路の壁には、この男の影が左右に怪しく揺らめいていた。


 男は一本道の奥にある鉄格子に辿り着くと、ピタッという擬音語が聞こえてきそうなほどキッチリと停止し、「クロサキ殿、鍵を!!」とこちらを見もせずに黒い手袋を纏った掌だけをこちらに向けてきた。


 「……どうぞ、こちらです」


 鍵束の中から最も重厚感のあるカギを取り出し、目の前の男に渡す。


 「うむっ!!」


 男はそう言うと鉄格子の扉についている鍵穴に受け取ったカギを差し込み、ギィィという音を立てながら扉を開く。躊躇なく鉄格子の奥へと進んだ男を見ながら、俺は小さくため息をつく。少し、精神的に構えないといけない場面だ。


 「おお、おおおおっ。何と美しい!! これぞ天上の存在!! ニンゲンと似通った容姿でありつつも決定的に異なるこの魔力!! まさに、まさに我らの悲願がここにっ!!」


 「……」


 「ああ、ああああっ。感謝しますぞ、同胞たちよ!! そして喝采せよっ!! 望んだものは今ここにっ!! ああ、なんと美しきかな」


 「……」


 思いの丈を叫んでいる男の後ろで、俺はバレないように顔を顰める。

 太い猿ぐつわを噛まされ両手両足を縛られたまま椅子に固定されている女性には鞭で叩かれた跡があり、さらには白い白濁色の液体がこびりついていた。


 胸が大きく、肌が透き通る様に白い女性だ。男の同胞とやらが自らの欲望をぶつけたのだろう。男たちの言う天上の存在を自らが汚したいという醜い欲の表れだ。


 目隠しをされているこの女性は、俺とこの男が入って来ても顔をあげる事すらしなかった。


 男は一通り叫び終えて満足したのか「ふぅー」と一息つくと、天上の存在とやらの前に平伏する。


 「私、魔女狩りが十指。御前に」


 男は女性の両足を恭しく両手で持ち上ると、舌の先で足指を丁寧に舐めていく。

 客観的に見て相当気持ち悪い行為にはずだが、女性は何の反応も示さない。男は舐め終えると顔を上げて何事かつぶやき、ここで初めて俺を見た。


 「さて、クロサキ殿。明日の儀式に備えて御方の身嗜みを整えなさい。慈悲をお受けになるなら、早々に終えなさい」


 男はそう言って、この場を後にした。

 俺のような外様と違って、最初から組織にいるこの男はやることも多いのだろう。


 「……」


 「……」


 さて、二人きりの状況だ。

 俺は当たりを見回し、他に誰もいないことを確認すると思わずつぶやいてしまう。

 いや、『つぶやいてしまった』がより正確に心情を表している表現だ。


 「……俺の異世界生活、完全に敵役だわ」

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