両親

幸せな時間が過ぎていき、辺りが暗くなって人が寝始める時間。


寝床は洞穴、一画足りない州の字になっていて、隣のアルと、アルの隣のぱーちゃんから寝息が聞こえてくる中、俺はいまだに眠れていなかった。

洞穴の中は、焚火で焼いた石を大量に洞穴の奥へ投げ入れたため最初は暖かかったが、時間の経過とともにすこし冷えてきた。


これといって理由があるわけではないが、なんだか眠れない。眠れないから寝返りを打ってちょうどいい姿勢を探すが、それのせいで余計に目が覚めている気がする。

そんな風に眠れることを願いながらひたすらに待っていると、いつの間にかぱーちゃんの寝息が止まっていることに気付いた。


(あ、寝返りの時に起こしちゃったかな?)


などと俺が考えてると、ぱーちゃんはゆっくりと起き上がり、のそのそと歩き出した。

そして4歩目の際俺の小指のみを正確に踏み抜き、悶絶させた。


「ちょっいっったあぁああい!」


「えっ?り、りっくん?どうしたの?」

「ぱーちゃん・・・俺の小指踏んでたよ・・・・」

「あっごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ、怪我はしてないし」


などと話していると、先程の俺の声のせいで目を覚ましたらしいアルが起き上がる。


「うーん・・・どうしたの?ぱーちゃん、りっくん」

「あ、おにいちゃん・・・あのね、おしっこ行きたくなってね、りっくんの足ふんずけちゃったの」


寝ぼけているのかぱーちゃんの日本語はいつも以上に変だ。


「ん・・・・?もうあやまった?」

「うん」

「そっか、じゃあ一緒にトイレいこうか」

「うん」

「あ、夜は危ないし、俺もついていくよ」



こうして俺たち3人は洞穴から出て森に入り、用を足すためにちょうどいい場所を探す。



ぱーちゃんが事を済ませている間、俺たちは辺りを見回して、危険がないか探っておく。

月は雲に隠れたらしく、見渡す限り真っ暗で、普段と違う景色は恐怖とともに少しわくわくしてしまう。


「もし敵が出てきたら、俺がお父さんみたいに殴ってドーンって倒してやるからな」

「そうなったら、それが朝ごはんになるかもね」

「あはは、最早何か来てほしいや」


アルが暗闇の方を向いたままぱーちゃんに声をかける。


「大丈夫かー?ちゃんとできてるー?」

「うん、大丈夫ー」



「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


ふと、無言のまま暗闇を眺める時間があり、無限に続かのように見える闇は、俺とアルに本能的恐怖を与えた。


「なぁりっくん、今なにか動かなかったか?」

「やめてよ、ちょっと怖くなってきた」


また数秒ほど無言になり、無理やりにでも話をしようとしたその瞬間、明らかに暗闇の中の何かが動いたように見えた。


どきりとし、本当に動いたかどうかを確かめるためにそのまま無言で暗闇を見つめ続ける。

(何も動いていないような、すべてが動いているような・・・・)


その状態でいると時間の感覚が鈍り、何秒眺めていたのか、それとも何分か、わからなくなっていたが、ぱーちゃんの声で意識が現実へと戻る。


「おにいちゃん、おわったよ」


「あ、そうか、じゃあ戻ろう」

「うん、ちょっと怖いし早くもどろう」


全員で歩き始めようとした瞬間


「あっ」


ぱーちゃんが何かに気付いたかのように声を上げる。

恐る恐る俺が理由を聞く。


「ぱーちゃん・・・どうしたの?」



「・・・・・・暗いと危ないから、りっくん光るやつやればいいじゃん!」

ぱーちゃんは、大発見といった様子で言う。


「確かに、そういえばりっくんの腕光らせられるじゃん!」

「あ、そっか、そうすればいいのか」


(ぱーちゃんが「あっ」といったときは心臓が止まるかと思ったが、そんなことか)


「じゃあ光るやつやるね」

「うん!」

「あんまり眩しくしないでね」

「わかった」


軽く意識を集中させ、体中のもやもやを右腕に集める。

すると、どんどん腕が光っていき、1秒ほどでちょうどいいライトくらいの明るさになる。


先程動いたように見えた空間の様子を確認して恐怖をなくすため、右腕を向けて恐る恐る光を強めると、俺の恐怖は払拭できず、むしろ増幅することとなった。


その理由は、6Mほどの真っ黒な「何か」がこちらをじっと見つめていたからだ。


その「何か」は、4足歩行で、体はとてもごつく、顔はまるで・・・猪のような、まるで夕飯となった猪のような生物が、巨大になったような・・・・そんな姿だった。


全員その場で固まっていた。「何か」から感じる圧倒的な力、自分ではそれに叶わないという事実を、直感的に感じ取っていた。


「りっくん・・・・俺たちに気付いてると思うか?」

何がとは言わない。


「完全に見てるし、気付いてるし、狙ってると思う」


ぱーちゃんを見ると、足を震わせてアルに寄りかかっている。


(考えろ、俺!この状況、どうすれば二人を助けられるかを!)


(まず、ぱーちゃんは自分で走って逃げるのは無理だと考えたほうがいい、俺かアルと一緒に居なくちゃいけない、というかそもそもこいつから普通に走って逃げられるか?この世界では大きいからといって遅くなるわけじゃなく、リーセルさんのように逆に早い可能性がある。普通に走っただけじゃ追いつかれると思った方がいい)


(今は微動だにしていないが、すごく殺気を感じる。誰かがアクションを起こしたらすぐに襲われるだろう。リーセルさんが「何か」を倒せるかどうかは分からないが、この状況をどうにかするにはリーセルさん以外に考えられない。だが、叫んで助けを求めても助けが来る頃には襲われているだろう。逃げてもだめ、助けを求めても襲われるとなったら・・・・・・)


「アルタ、パンを連れてリーセルさんを呼んできてくれ」

「りっくん?」

「俺がどうにか気を引くから、なるべく早く頼む。お前らに注意が向いたらいけないから、叫ぶなよ」

「それだったら俺の方が・・・」

「とにかくはやく・・・!俺が走り出したら同時に洞穴に向かえ!」

「・・・・わかったよ」


(俺が襲われて、その間に助けを呼んでもらうしかないよな)

俺は深呼吸をし、心を落ち着かせてから「何か」へ走り出した。


「何か」は自分の方へ向かってきた俺を凝視し、動き出そうとしていた。

すかさず俺はライトほどの光を発している右腕を上に掲げ、全力で光らせた。

火事場の馬鹿力といったところか、目を閉じて顔を背けているはずなのに眩しく思う程光った腕を、間髪入れずに全力で地面にたたきつけた。


地面がえぐれ、ドスンという音が轟くとともに空気が揺れる。

反動で体中が痺れるが、なんとか右腕の光を消して全力で横に飛び出す。


俺がさっきまでいた場所に「何か」の足が降ってきて、俺はそれをすれすれで避けることに成功し、その衝撃で吹っ飛ばされる。



俺が今何をしているのかというと、全力で予想外のことをしている。

生物である限り、今まで見たことがないことが起きたら驚いて反応が遅れるはずだ。

だから俺はとにかく足りない身体能力を、相手の反応を遅らせる事で補っているのだ。


「何か」も、襲っている相手の腕が急に光って地面をたたきつけるなんて経験ないだろう。

でも、間髪入れず普通に攻撃してきたな・・・・もうちょっと驚いたりとかしてくれよ・・・


後ついでに、明るい状態で目を慣れさせたあと暗闇にして、視界を奪う効果も期待してたりする。



避けたさきですぐさま体勢を立て直し、右足を光らせた状態で近くの木に回し蹴りをかます。

すると木の幹が80%程えぐれたので、右足を光らせたまま、木に飛びついて光を消す。


俺はそのまま全力で上に飛び上がり、その勢いで木を折った。


「何か」は折れた木に突進をかましていたが、俺は「何か」よりさらに上にいる。


時間を稼ぎ始めてからまだ10秒もたっていないが、ちらりと洞穴の方を見ると、ちょうどアルがぱーちゃんを背負いながら入っていくのが見えた。


(ほとんどアドリブのようなもんだけどなんだかんだうまく行ってる!これならリーセルさんが来るまで時間を稼げるはずだ!)


俺の下方には完全に俺を見失った「何か」が、巨体に見合わない動きできょろきょろとしている。


俺はその「何か」の背に着地し、着地した瞬間「何か」の頭部へ両足を光らせながら跳躍した。

「何か」は俺が着地したのを感じたのか、ふるい落とそうと体を振っていたが、すぐさま飛んだため俺は無事だった。


そのまま体を振っている「何か」の顔、詳細には目ん玉に接近し、光らせた両足で目ん玉を踏み抜いてやった。

その勢いで俺は横に飛び、着地しようとする。


俺が着地した瞬間、俺の体二つ分ほど離れた場所に「何か」の巨大な足がぶつかり、衝撃で吹き飛ばされる。


(目を攻撃してよかった、やたらめったらに攻撃してるからか、ぎりぎり当たらなかった!)


受け身を取って素早く起き上がり、暴れている「何か」の視界に映らないよう、攻撃した目の方へ回り込むように走る。


横目で「何か」を見ると、俺を見失ってやたらめったらに攻撃していたはずの「何か」はいつの間にか俺を正面にとらえ、突進してきていた。

その動きは、今までしてきた「何か」のすべての行動とは比べ物にならないほど素早く、俺が時間を稼げていたのは「何か」が本気を出さずに遊んでいたからだ。と、迫ってくる「何か」を見ながら理解した。


俺はせめてもの抵抗として、腕を交差させ、頭をガードする。


次の瞬間来る衝撃に耐えるため、目を閉じて歯を食いしばると、次の瞬間来た衝撃は「何か」の突進ではなく、頭上からの途轍もない強風だった。



体勢を崩さないよう強風を必死に耐える。


風が弱まって目を開けられるようになったころ、目の前に居たのは顔から胴体にかけて大きな風穴が空いた「何か」と、力こぶを見せつけながら俺へ笑顔を向けているリーセルさんだった。


「リュウ!大丈夫かい?」


「えーーーーっと・・・・・・・・多分大丈夫です・・・・・」



――――――



とりあえずその日は洞穴に戻って寝て、翌日アルに何が起きたのかを、俺とトンさんとぱーちゃんに向けて説明してもらっていた。


「そんで、俺がお父さんを起こして!」

「うんうん」

「りっくんとあれが戦ってるのをお父さんが見て!」

「うん」

「ばーーーって風が来て!」

「うん」

「すぐにどごーーーーってなったら魔物に穴が開いてたんだよ!」


つまり、お父さんは洞穴の入り口から、横にいたアルが視認すらできない速度で「何か」の元まで飛んで「何か」の顔面を殴り、アルが気付いたころには「何か」に大きな風穴を開けていた。という事か。

俺は衝動的に叫んだ。


「お父さんつえええええええええええ!!!!」

「な!いったろ!?りっくん!お父さんはつえーしかっけーんだよ!」


リーセルさん改めお父さんが俺たちの会話を聞いて豪快に笑う。


「はっはっはーー!!お父さんは強いぞー!アルタは俺より強くなるんだったよなぁ!頑張らないとなぁ!」


お父さんは俺の想像の50倍以上強かった。

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