033. 湯屋の案内
―――暫くして。
「はいはい、お待ちどおさん。
湯が沸きましたよ。」
反対側で座っている客人達を呼ぶ。
その声を聞き、腕の中で眠っている少女を優しく揺する。
「リリナ、起きろ。」
―――
―――
―――。
―――あったかい……。
……何かに守られているような心地良い閉塞感。
……まるでふかふかの毛皮に包まれているような安心感。
……。
― ラウルがだっこしてくれてる!?
……名前を呼ばれている気がするが、
……もう少しこの貴重な体験を堪能していたい。
―――
― ……今、反応したはず……?
呼び掛けに反応して、ピクリと起きた素振りを見せたはずだが
再び胸元へ顔を向けた姿勢で起きてこない。
……いや、少し不自然だ。
目が心なしか強めに瞑られていて、口元にはどこか必死さを感じる。
「……おい。」
身体、というよりは瞼や口が少し反応するようだ。
先程より強めに閉じられている気がする。
ただ眠いだけとは反応が違うような気もするが、
何か気に障るようなことでもしただろうか……?
しかし、主人にも迷惑が掛かる。
このまま放置するわけにはいかない。
リリナの片腕を摘み、軽く持ち上げて伸ばした状態にする。
「……そういえば、寝ている人間の子供は
この状態で手を離しても腕が伸びたままになると聞いたことがあるな。」
リリナに聞こえるよう、はっきりと。しかし多少の棒読み感は否めない。
伸ばした腕からそぉっと手を離してみる。
……腕はピンと伸びきったまま、天を指している。
表情はそのままだが、腕が少しぷるぷる震え始めた。
「まあ、嘘なんだが。」
淡々と言葉を発する。
その言葉にピクリと反応し、ゆっくりと腕が下りていく。
そして目が少し開き。
――ポカポカポカ。
両手で胸元を叩き始めた。
口をぎゅっと結び、耳が真っ赤になっている。
「起きたようで何よりだ。
さ、準備もできたらしい。行くとしよう。」
ゆっくりと立たせ、主人の案内に付いていく。
リリナは顔をむすっとさせている。
―――
奥にある木製の扉を開くと湿気と暖気がじんわりと広がってくる。
そこから再び通路になっており、一定間隔でまた扉があるが
それらの扉は温度を逃がさない為にとても重厚な造りとなっている。
その中の一室を案内され、
扉を開くと湿気と熱気が一気に増した。
不意を突かれたリリナが少し驚いた顔をしている。
扉を跨ぐと少し細い空間があり、
更に奥の部屋へ進む扉と、丈夫な蔓で編んだ一つの大きな籠。
奥側の壁の一角に窪みがあり、透明な琥珀色の樹脂で奥が見えるようになっている。
そこには木製の四角錐を逆さにした器のようなものが取り付けられ、
その先端部には小さな穴が開けられており、
一定量の砂鉄を流し込んで定刻を測ることができる。
いわゆる【
穴には蓋がしてあり、その下には少し間を空けて袋が取り付けられている。
「今の時間ならそうお客さんも来ないとは思うけど、一応ね。
これが落ちきったら出てきておくれ。
もちろん早い分には問題ないよぉ。」
そうして、その袋から上の装置へ砂鉄を流し込み、
再び袋を設置し直す。
「分かった。もちろん迷惑は掛けないようにする。」
「ああ、ありがとう。
じゃ、始めるよぉ。」
蓋を外すと、さらさらと砂鉄が袋へ落ちていく。
「それじゃあ、ごゆっくりねぇ。」
主人は優しくそう言うと
窪みに蓋をして鍵を締め、部屋から出ていった。
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