016. 誇耀の朝餐
少しひやりとした風が頬を掠め、
野鳥が朝の訪れを告げる。
「………。」
横になったまま両腕、両足にぐっと力を入れ、大きな伸びをする。
眠い目を擦りながらも上半身を起こし、
「明日になっちゃった……。」
腰に掛かっている毛皮を一撫でする。
「……ふわふわ…。」
周りを見渡すと、火が既に
湖の畔でラウルが屈みこんで何か作業をしている。
まだ目も開き切らないが、のっそりと起き上がり、
毛皮を羽織ってゆらりゆらりと近付いていく。
「起きたか。」
作業をしている後ろ姿のまま声を掛けてくる。
「うん……おはよぉ…ラウル…。」
「あぁ、おはよう。
まだ湖の水は冷たい。せめて顔だけでも洗うといい。」
「…うん……ラウルは何してるの…?」
「予定が早まったからな。
少しくらいは豪勢にしても
よくよく見てみると水に小袋が浸してあり、
流されたりしないよう、枝で固定されている。
「それ、何してるの?」
顔を洗うためにラウルの隣の水際に座り込む。
「干し肉をお前にも分けてやろうと思ったんだが、
そのままだと固いだろうからな。
しばらく漬けておいた。」
水から袋を引き上げ、袋越しに固さを確認する。
「これくらいならいけそうか。」
そのまま立ち上がり、焚き火の方へ向かい出す。
ぼーっと見送っていたリリナが、慌てて顔を洗おうと手を水に付ける。
……が、思ったよりも冷たかったようで指先を入れては引っ込め、
入れては引っ込めを繰り返している。
その間にラウルは昨日のように枝をナイフで尖らせ、
柔らかくなった干し肉に少し苦戦はするものの、枝を通す。
それを火の上で軽く炙った後、焚き火の周りに刺していく。
意を決して顔を洗ってきたリリナが
両手で顔を拭い、その手をぷるぷると震わせ水気を切っている。
「つめたいっ。つめたいっ。」
目はすっかり覚めたようだ。
ラウルの横にしゃがみ込み、火に当たる。
「……あったかぁい。」
うっとりとして手を
ころころと表情がよく変わる。
「………。
……ねぇ、ラウル?」
少し何かを考えた後、声を掛ける。
「何だ?」
言葉は淡々としているが、相変わらず優しい口調で話し掛けてくる。
「……ううん。
昨日のって夢じゃないよね?」
「『星の道』か?
あぁ、間違いなく現実だ。現実味はないかもしれんが。」
「……そっか。」
思い出して
静かに火に当たっている。
「……そうだ。
腰の縄、垂れている部分だけでも切ってやろうか。
良くないことも思い出すし、さすがに邪魔だろう。」
腰に巻かれている縄をそっと握り、
「……。
ううん、もうしばらくこのままでいさせて。」
少し物憂げに微笑むリリナ。
「……?
そうか……?
無理はするなよ?」
「うん、ありがと。ラウル。」
―――
炙っていた干し肉の水分が飛び始め、香ばしい匂いが漂い始める。
「そろそろいいか。」
一つを地面から抜き取り、焼き加減を確認し、リリナに手渡す。
「お前の歯だと嚙み切るのにはまだ大変かもしれないが……。」
そう言いながら、残り少ない木の実の入った小袋も一緒に手渡す。
「味に変化が欲しかったら少し齧ってみるといい。
割と美味いぞ。」
少し誇らしげだ。
頷き、それらを受け取って干し肉に一噛みする。
「ほんとだぁ、固ぁい。」
しかし、笑顔で何度も何度も噛み締めている。
食感も面白いのだろう。
灰色の尻尾が少し揺れる。
リリナの様子を確認し、
自分の分の干し肉を取ろうとした時。
―――ぽろり
リリナの頬から大粒の涙が零れ落ちる。
「……おいひい。おいひいよぉ。あウルぅ。」
潤んだ瞳からぽろぽろと涙が止まらない。
噛んでいた干し肉をゆっくりと離す。
「ラウルがくれた干し肉、世界一おいしいよ……。」
― たすけてくれて
「おいしい……おいしい……のに。」
― やさしくしてくれて
「……やだぁ…やだよぉ…ラウル。」
― やっと
「わが…ままっ…。言っちゃ……!いけない……のに…っ」
― やっと
「……おわかれ……したっ……く……ない…よぉ……!」
― わらって、くれたのに
「……ウ……ルぅ……!」
胸が詰まり、顔を伏せ、ぽたり、ぽたりと地面が濡れていく。
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