007. 人獣の懇談
「まぁ…。とにかくだ。」
また毛皮を抱き上げていた少女の頭に優しく手をポンと置く。
「お前は一旦そのまま水浴びでもしてこい。
脱げないだろうから服を着たままな。
ここの渓流は底も浅い。その毛皮は戻る時にでも羽織るといい。」
今まで手作業していた場所を指差しながらそう語り掛ける。
「それと、言いにくいことではあるんだが…。
その…」
少女は不思議そうに狼を見上げている。
「大分…匂うんだ。」
「…?」
少し間を置いた後、自分の恰好を見直す。
「―――」
髪は昨夜の汗でじっとりとして全身泥だらけ、あちこち血も付いてしまっている。
「―――っ!!」
腕をバッと伸ばして持っていた毛皮を体から離す。
「―ごめんなさいっ。」
「いや、分かってて掛けてやったんだ。それは気にするな。
洗うなら後ろの方を念入りにな。
さっきの場所で火を
そう言うと、置いてあった荷物袋を肩に担ぎ
先程の
「うしろ…?」
ゆっくりと腰を捻り、確認してみる。
「あ…。」
自分の吐瀉物の上を引き摺っていたことを思い出した。
焚き火の熱で多少乾燥していたようだが、
朝の湿気と、腰を抜かしたことによる土の水気で
またじんわりと芳醇な香りを放ち始めているようだ。
服の裾の部分を摘み、
吐瀉物で彩られた箇所を恐る恐る嗅いでみる。
「―う゛っ゛!」
可愛らしい少女の顔に往年のものかと思われる程の皺が刻まれる。
―――――
―チッ――パチッ――
― あの縄…獣狂いの薬が塗りこまれていた。
昨日のアイツも本来は大人しい獣だ。
…。
噂には聞いていたが本当に「贄の儀式」までする町があるのか…。
―――気分が悪いな…。
―びちょっ。びちょっ。
耳をピンと立てる。
その気配に振り返り、フッと鼻で笑う。
「そんなに急いで来る必要もなかったんだが。」
そこには毛皮を羽織った全身濡れ鼠の少女が照れ臭そうに立っていた。
「…ひとり…こわくて…。」
「早く火に当たるといい。それで体調を崩されても敵わん。」
ぺたんぺたんと小気味良い足音を鳴らし、小走りで焚き火の近くにしゃがみ込む。
「それと、少ないがこれも食っておけ。
ないよりはいいだろう。」
荷物袋に掛けてあった小さな革製の小袋を少女に手渡し、中を確認させる。
中には赤、黄、桃色などといった木の実がコロコロと数個ずつ転がっていた。
「あなたの分は…?」
「気にするな。さっき干し肉を食べた。」
「ありがとう。」
少女の顔がぱっと明るくなる。
丁寧に木の実の一つを取り出し、口に含む。
もむもむと咀嚼し、その味と食感を噛みしめる。
目を瞑ってじっくりと堪能した後、こちらに向き直り
「えへへ、おいしい。」
心からの感想なのだろう。
昨夜の衰弱していた顔からは想像もできないくらいに気持ちの良い笑顔だ。
「そうか、ゆっくり食べるといい。」
思わずこちらも顔が綻ぶ。
―――
顔をくしゃっとさせ、口を
酸味が強い木の実と当たったのだろう。
まだ後味と戦いながら、ふと気付いたように
「そういえば狼さん。」
「ん?」
「…お名前、聞いてもいい?」
おずおずと話し掛ける。
「あぁ…名前か。ヴォルプスだ。」
少女は少し不満げに
「ん~…それ、『エポニム』でしょう?一族のお名前。
あなたのお名前聞きたいの。」
「あ~…名前…な。」
「お名前。」
んっ!と力を込めてこちらをじっと見つめてくる。
「分かった分かった!そんな目で見るな。
ラウ―… ラウル…だ。」
少し
それを聞いた少女はまたも嬉しそうに
「ラウル。ラウルさん!」
しゃがみ込んだまま横に揺れている。
「『さん』はつけなくていい。ラウルだ。」
「ラウル!」
大きな瑠璃色の瞳をキラキラさせてオウム返しをし、
その場で立ち上がる。
「私はリリナ。
リリナ=ストレラ!」
にっこりと嬉しそうに微笑む。
青い木の実を首元に摘み上げたまま、
淡く青みがかって見える濡れた銀髪が
炎と日の光により
―――
眉間に皺ができ、物凄い顰めっ面で口角が下がっている。
どうやらあの木の実、相当渋かったらしい。
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