005. 懇情の毛皮
―――
―――。
―――暖かい。
朝日の木漏れ日が草木を淡く照らし、
揺れる木々からのそよ風が心地良い。
耳を澄ませば小鳥の
頭がぼんやりとしながらも、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。
肩まで掛かっていたふわりとした毛皮が腰の位置まで落ちてきた。
目を瞑ったまま両手で毛皮を優しく撫で、感触を確かめる。
「…ふわふわ。」
口角がほんの少し上がる。
周囲を確認しようとしたが、目が開かない。
涙が流れた後の眼脂で瞼が重い。
前屈みになり、両手の人差し指を顔の方へ持ってくる。
「―――!」
…手首や肘などに刺すような痛みがあったが昨日ほどではない。
しょぼしょぼとした目を両の指で擦りながら大きな
「けほっ」
胸の辺りはまだ少し苦しい。
重力に抗えない瞼を何とか持ち上げ、
傍から見ると開いているかどうか分からないくらいの細目で辺りを見渡す。
昨夜まで暖かい炎を放っていた焚き火はその鳴りを潜め、
炭がほんのりと熱を発している。
声の主が座っていた倒木にその姿はなく、
代わりに木の枝が三本、草が掻き分けられている方向へと一本一本地面に置かれている。
…気怠さを感じる身体をゆっくりと立ち上がらせ、伸びをする。
ふと、自分の腕にある小さな傷口数ヵ所に緑色の練り物が付いていることに気が付いた。
少しの間、触ってみたり、怪訝な表情を見せたものの
すぐさま何かに気付いた様子を見せる。
焚き火の周りをぐるりと見渡してみるが、特に変わった様子はない。
自身に掛かっていた毛皮を大切そうに両の手で抱え、
三本の枝が導いていた
―――
自身の背丈と同じくらいの高さの草が生え広がっているが、
ここを通った先人が、ご丁寧にも道中の飛び出た枝や石を除けていることが分かる。
再び口角が少し上がる。
本人もなぜそうなったのかまではよく分かっていないが、
ただただ、嬉しさが込み上げてくる。
暖かい毛皮をギュッと抱き直すと、傷付いた身体でとてとてと小走りを始める。
不思議と足取りは軽い。
―――
昨夜の鬱蒼たる森の雰囲気が一変し、
朝露のしっとりとした空気の中、草の匂いが涼しげに香ってくる。
段々と小さな川の
川辺に外套と頭巾の後ろ姿を見つけることができた。
毛皮を持ち直し、深呼吸をした後、おずおずと歩み寄る。
川で何か手作業をしながら、こちらを見ることもなく
「もう動いて大丈夫なのか?」
と声を掛けてくる。
少し驚いたが、ハッとして
「うん…。 あ… ありがとう。いっぱい。」
手当の跡や毛皮を見ながら呟く。
「昨日も狼から助けてくれたんだよね?」
続けて声の主に投げかける。
「ほんと… ほんとに怖かったの。
死んじゃうかと思った…。」
「何が何だか分からなくって…。
でも、助けてくれて嬉しくて…
お礼は言わなきゃって…。」
まだ幼い少女はたどたどしくも一所懸命に感謝の言葉を紡ごうとする。
「何て言えばいいのか分かんないけど…
ほんとに… 助けてくれてありがとう。」
感謝の大きさとうまく言葉にできない焦りに少し照れくささを感じてしまい、
毛皮を抱き寄せ、目をギュッと瞑り必死に言葉を声の主に送る。
作業の手を止め、少女の言葉に耳を澄ませていた声の主がスッと立ち上がり
こちらを向こうとする。
風の悪戯か。
その時、声の主が被っていた緩やかで大きな頭巾が外れていく。
「―――。」
少女は言葉を失う。
頭上にピンと立つ長い耳。
長くスラッとしている口。
美しい白から灰色に変わる毛並み。
そして銀色の瞳。
―紛れもない、狼である。
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