第5話 舞踏会
国王陛下主催の大舞踏会が開催されることになった。
アビントン王国の貴族は全員招待される大がかりな舞踏会で、レオポルド王太子が結婚相手と学友を探すための場になるという。
そのためデビュー前の子女も参加できる。当然ながらジョーンズ子爵家にも招待状は届けられ、特にご息女のミア嬢には是非参加して頂きたいという添え書きも付けたそうだ。
レオ曰く
「俺がヒロインを含む令嬢全員に会って、それでもソフィアと婚約したいと思ったら、それで安心できないか? 俺とヒロインは魔法学院に入学して運命的な出会いを果たすんだろう? その筋書きが狂ったらソフィアは安心できるんじゃないか?」
ということらしい。
確かにゲームの中でレオがミアに出会うのは魔法学院に入学した後だ。私達が魔法学院に入学するまでにはまだ1年ある。
今出会ってしまえば、入学後に運命的な出会いは難しくなるのかもしれない。
でも、私のためにそんな大掛かりな舞踏会を開いてもらうなんて……申し訳ない。
「それから……」
レオは大きく息を吸い込んだ。
「入学前に結婚しよう。そうすれば確実じゃないか? 王族は基本的に離婚が許されない。婚約とは重みが違う」
「え……?!」
私は言葉を失った。
「俺は本気だ。ソフィアがそれで安心するなら喜んで結婚する。とうにその覚悟はできてるよ。ソフィアのご両親は俺が説得する。だから、学院に入学する前に結婚しよう!」
「え……? だって、あと1年しかないのに……」
王族の結婚式には多くの準備が必要だ。何年も前から準備する場合もある。
「だから、結婚式の準備はすぐに始めたい。舞踏会で選んだ令嬢と入学前に結婚したいと言ったら、父上は了承してくれた。……ソフィアのことだと察していると思うけど」
レオは早口で捲し立てた。
「え!?私……のためにそんなこと。大変なご迷惑を王家にかけてしまうなんて」
『私なんか』と言いそうになって、慌てて言葉に気をつける。
「迷惑なんかじゃない。俺が! そうしたいんだ。ソフィアは? どうなんだ? 俺と結婚したくないのか? 俺のことが嫌いか?」
レオの切なそうな眼差しを目の当たりにして胸が疼いた。素直に気持ちを伝えよう。
「レオのことが好き……です。結婚したいです」
その時のレオの大きな笑顔は子供のように開けっぴろげで、喜びに満ちていた。
レオは私の頬に手を当てて、そっと親指で撫でる。
「俺もソフィアが好きだ。結婚して欲しい」
「私……でいいの?」
いけない、いけない。また『私なんか』と言いそうになった。
「ソフィアしか欲しくない。他の誰もいらない」
そう言いながら、レオは私を強く抱きしめた。
*****
国王主催の舞踏会は煌びやか過ぎて、地味な私は怖気づいてしまい会場に入るのも躊躇われた。
令嬢達の気合バッチリの豪華なドレスや孔雀の羽根のような髪飾りを見るだけで、物怖じしてしまう。
令嬢だけでなく、貴族の令息の方々も気合の入ったタキシードでキメている。
王太子のご学友も選ばれるというような謳い文句だったからなぁ。
要するに、アビントン王国内の若い貴族が一堂に会する大舞踏会なのである。知り合いも多いらしく、あちこちに輪が出来て、オホホ、ウフフなどという社交が繰り広げられている。
今日はお父さまにエスコートしてもらっている。さすがにレオにエスコートしてもらう訳にはいかない。
経験豊富なお父さまと一緒なので安心できるが、一応公爵なので声を掛けてくる人が多い。そして、当然私もちゃんと挨拶をしないといけない。
はぁぁ。社交が苦手のコミュ障なので、どう頑張っても挙動不審になってしまいそうで緊張する。
その時、お父さまが誰かに呼ばれた。何か緊急の仕事の話があるらしい。
お父さまは心配そうに私を見たけれど「大丈夫よ」と笑顔を見せると安心したように、私から離れていった。
しかし、お父さまが離れた途端、私は知らない男性たちに囲まれてしまった。
「ブロンテ公爵令嬢でいらっしゃいますね? 良かったら、あちらでお飲み物でもご一緒に……」
「今晩は私にエスコートさせて下さい」
「噂はかねがね伺っていましたが、想像よりずっと美しい」
いきなり色々なことを言われて、私は混乱した。
すみません! 一度に言われても分かりません! 一人ずつ話して下さい!
内心そう言って悲鳴をあげたくなるが、言葉が出てこない。もう逃げたい……。
そう思った時に、男性たちの間をスルリと抜けて私の隣に立ったのはノアだった。
「ソフィア、待たせてごめんね。皆さん、今夜は私が彼女をエスコートする役目を仰せつかっておりますので」
いつもの軽薄な印象はどこへやら、有無を言わさぬ強気な態度で周囲の男性陣を威圧すると、ノアは私の手を引いて、さりげなく人の少ない場所に連れていってくれた。
そうか、ノアは騎士として働いているけど、確か伯爵令息だった。やっぱりこういう場に来ると貴族としての振舞いは完璧だ。
「大丈夫? レオからソフィアを守るように言われて来たんだ。本当はレオ本人が来たかったんだろうけど、今彼は動けないからさ」
ノアの視線の方角を見ると、国王と王妃の隣にレオが立っていた。心配そうにこちらを見ている。ノアが軽く手を挙げると、レオは少し頷いて安堵したように微笑んだ。
レオが微笑むと近くにいた令嬢方からキャーと黄色い声があがる。
やっぱり、カッコいいな。令嬢はみんなレオに熱い視線を注いでいる。みんなの憧れの存在だ。
「妬ける? レオがモテるから?」
ノアに尋ねられて、正直にコクリと頷いた。思わず頬が熱くなる。
「……あ~、くそ!やっぱ可愛いな!」
ノアが意味不明な言葉と共に何か悶えている。
「ノア、口が悪いわよ。せっかくの美形が台無しよ」
「お!? 美形と思ってくれるの?」
「美形か美形じゃないかで言うと美形よね」
なんて話をしていたら、音楽が始まった。
ダンスが始まる。王太子は誰を最初のダンスに誘うのか?
舞踏会の全員の視線がレオに集まっていたと言っても過言ではない。
私もレオを見つめて、彼は誰を誘うのかなと考えていた。
綺麗な令嬢が集まっているし選り取り見取りだねと思った時、胸がチクンと痛んだ。
するとレオは早足でズンズン歩きだした。その歩みに迷いはまったく感じられない。
何処に行くんだろう?と思っていたら、レオは真っ直ぐ私のところに歩いてくる。
驚きで固まっている私の目の前で立ち止まると、レオは跪いて私の手を取った。
「ソフィア・ブロンテ公爵令嬢。私と最初のダンスを踊って頂けますか?」
「は、はははい」
予想外の出来事に私はガチガチに緊張していたが、貴族令嬢としてダンスは幼い頃から叩き込まれているし、レオとダンスの練習をしたこともある。
私達は滑らかに音楽に乗って踊りだした。
それに続いて多くの人々がダンスに参加し、色鮮やかなドレスが翻る舞踏会は益々華やかさを増した。
レオは眩しそうに私を見つめている。
「ソフィア、いつも可愛いけど、今日は一段と綺麗だ。ドレスも良く似合っている」
「嬉しい。レオにそう思われたくて今日は頑張った。レオもカッコいいよ。いつもカッコいいけど」
レオは嬉しそうにクスクス笑った。
「……それにしても、令嬢たちに取り囲まれるのは覚悟してたんだが、よく分からん貴族の息子たちまで俺の周囲に群がってくるんだ。ご学友候補とやらを狙っているようだが……。父上は俺に同性の友人が必要だと考えているらしい。だから、今回の舞踏会で友人を見つけるように言われているんだが……。令嬢たちのようにガツガツ来られると正直……怖い」
恨めしそうなレオの言葉に私は頷いた。
「よく分かるよ。友達を作るのは難しいよね。私も友達を作るのが苦手。恥ずかしながら……レオ以外には友達がいないの。」
「それを言ったら、俺も似たようなものだ。ソフィアと……せいぜいノアくらいかな」
「でも、レオは将来のことを考えると、立場上やっぱり友人はいた方がいいわよね。沢山は必要ないと思うの。ただ、レオが困った時に逃げないでちゃんと助けてくれるような人を選んでね」
「それが難しいんだよなぁ。みんな、俺に忠誠を誓うみたいな感じのことは言うんだけど、いざという時が来ないとそれが本当かどうか分からないじゃん?」
「そうね。じゃあ損得勘定でレオの近くにいると得しそうだから、という理由で近づいてくる人を振るい落とそう!」
「どうやって?」
「例えば、王太子の立場は狙われやすいから、一緒に居ると襲撃や毒殺に巻き込まれることがあるかもしれないとか、こっそり言ってみたら? あと王妃にものすごーく嫌われていることとか」
「まぁ、それは事実だけど……。それで振るい落とせるのか?」
キョトンとするレオ。可愛い。
「何か都合が悪いことがあるとすぐに離れていく友達っていうのは、その人にとって何か得があるから近づいてくるの。例えば、金とか名誉とか地位とか。そういう人は得することがなくなったり、もしかしたら損するかもしれないなぁ、って思ったら、すぐ離れていくわよ。本当の友達って、何の得もないのに困ったら助け合える人のことでしょ? 王太子としてのレオじゃなくて、レオそのものを見て友達になれる人がいいわよね」
それを聞いて、レオは何故か得意気な顔になった。
「それはソフィアのことだな。初めて会った時の俺は、近づいても何の得もなかった。むしろ、損しかなかったのに、ソフィアは俺を助けてくれたんだ」
ぎゅっと手を強く握られて、レオから蕩けそうな甘い眼差しで見つめられると、どうしても顔が熱くなるのを止められない。
俯くと胸元まで真っ赤になっているのが分かった。きっと首や耳まで赤いだろう。目まで潤んできたようだ。
レオはコホンと咳払いした。
「……可愛いけど、あんまりそういう顔を他の男に見せるなよ」
低い声で私の耳元で囁く。
「これはレオのせいだからね!」
囁き返すと、レオは腰に回した手に力を入れて、踊りながら私を抱き寄せた。
****
最初の曲を私と踊った後、レオはノアに声をかけた。
「おい、ノア。ソフィアの隣にいてくれ! 虫よけだ」
そう指示を出すと他の令嬢たちと踊りだした。
私はノアの隣で、レオが踊る姿をぼーっと眺めていた。
令嬢は皆、憧れの籠ったキラキラした瞳でレオを一心に見つめている。
レオは無表情だが、やはり彼が他の女性の手を取っているのを見ると心穏やかではいられない。
ああ……自分がこんなに嫉妬深いなんて知らなかったな。
そして、レオが次にダンスを申し込んだ女性を見て、ノアが私に耳打ちした。
「ソフィア、あれがミア・ジョーンズ子爵令嬢だ」
彼はある程度事情を理解している。
全身に緊張が走った。
ミア・ジョーンズ子爵令嬢はフワフワしたレースが沢山ついた黄色いドレスを着ていた。私のシンプルなドレスとは大違いだ。
薄茶色の髪に茶色い瞳。小動物系のとても可愛らしい令嬢だ。さすがヒロイン。笑顔も眩しい。
これは……レオも心惹かれてしまうかもしれない。
そう思ったら、思わず指が震えてしまった。ノアが心配そうに私を見る。
二人がダンスをしている時間が異常に長く感じられた。
この間に二人が惹かれ合ってしまったらどうしよう?
不安な気持ちで二人を見つめていたら、不意にレオが破顔した。顔も少し上気したように赤くなっている。レオがあんなに優しい笑顔を見せるなんて……。
今まで私以外の令嬢にあんな表情を見せることは決してなかった。
やっぱり、レオはヒロインに惹かれてしまったんだ。運命の糸は壊せない。
不安で胸が押しつぶされそうだった。考えれば考えるほど、彼女が選ばれる気がしてしまう。
ああ、どうしよう……こんなに好きになってしまってから、レオを失うなんて……。
膝もガクガク震えだした。
私の異変に気が付いたノアが外に連れ出して、椅子に座らせてくれる。
「ソフィア。大丈夫だよ。レオは別な女の子に心を動かされたりしないから」
ノアの言葉を聞いても、私の不安は拭い去れなかった。
「ノア。気分が悪くなったから、家に戻りたいの。お父さまを探してきてくれる?」
ノアは何も言わず、お父さまを呼んできてくれた。
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