第6話 ハッピーエンド

私はレオに会うことなく、お父さまに連れられて屋敷に戻り、そのまま部屋に閉じこもってしまった。


レオに会うのが堪らなく怖かった。


私のことが好きだと言った同じ口から別れの言葉が出てくるかもしれない。


王宮から使者が来ていたらしいが、私は体調不良を口実に部屋から出て行かなかった。


お父さまもお母さまも私の様子をとても心配しているのが分かったし、迷惑ばかり掛けて申し訳ない。


でも……どうしても怖いの。現実を受け止めるのが怖くて体が動かないというのは初めての経験だった。


そして、舞踏会の日から数日後、お母さまが私の部屋の扉をノックした。


「ソフィア。開けてくれる? 王太子殿下がいらしたのよ」


ああ、レオに自ら訪問させてしまうなんて……。


これ以上好きな人に迷惑を掛けたくない。


自分が振られることなんて最初から分かっていたじゃないか。


笑って彼を祝福してあげよう。


そして、私は俗世を捨てて修道女になる。


うん。大丈夫。


いつもそうだった。これまで何か望んで手に入ったことはない。今回も大丈夫。


何度も自分にそう言い聞かせた。心は痛くて辛かったけど、レオの幸せを望んでいる気持ちに嘘はなかったから、覚悟ができた。


そっとドアを開けてレオが入ってくる。


深刻そうな表情を見て、私の不安が確信に変わる。


「ソフィア……ごめん。こんなに泣きはらして……」


そう言いながらレオが私の頬に手を当てた。


「や、やめて……。私を捨てるならそんな風に優しくしないで……」


また涙がポロポロ溢れてきて、私は持っていたハンカチで涙を拭いた。


「す、捨てる? ソフィアを? 何を言ってるんだ? 俺達は結婚するんだろう?」

「……け……結婚?」

「そういう話をしていたよな? 俺、夢を見てたんじゃないよな?」


焦ったようにレオが私の手を握った。


「レオはあの……ミアさんが好きになったんじゃないの?」


「は!? なんでそういう話になるわけ? ノアが言ってた通りだ。ソフィアは何か誤解しているからちゃんと話し合った方がいいって言われて来たんだよ!」


……ミアさんを好きになったんじゃない?


本当に?


これまで何度も期待しては裏切られてきた人生だったから(前世含)、俄かには信じがたい……。


呆然とレオの顔を見上げると、彼が私の頭を抱えて額にちゅっとキスをした。


柔らかい感触を額に感じて、涙が引っ込んだ代わりに全身が熱くなる。


「あの……その……ミアさんは?」

「は!? 知らないよ。彼女には全く興味ないし、彼女も俺には興味ないって言ってた。容姿は多少可愛いのかもしれないけど、俺は全くこれっぽっちも心を動かされなかった!」

「で、でも、笑ってたよ! レオがあんな風に彼女に笑いかけるから、私はつい……」


私が言い募ると、レオが首を傾げた。


「俺が? 笑った? いつ?」

「踊っている最中によ!すごくすごく優しそうな笑顔だった。愛おしいっていう感じの!」

「あ……それは……」


レオが真っ赤になって手で口元を覆った。


「その、あのミア嬢からソフィアの話をされたんだよ。すごくお似合いですねって。あとなんか訳の分からないことを言ってた。早口でよく分からないことを喋る様子がソフィアに似ていたっていうか、ソフィアのことを考えていたから思わず笑ってしまったのかもしれない」

「私みたいに早口でよく分からないことを喋る? ……なんて言ってたか覚えてる?」

「うーん……俺達の邪魔はしないとか……。興味があるのは別ルートとか……よく分からん」


おお! これはヒロインも転生者パターンですか!


王太子ルートに興味のない転生者ヒロイン。それは……私にとっては僥倖だ。


うん、私も決してあなたのお邪魔はいたしません。


胸にモヤモヤしていた暗雲は完全に払拭された。


「なんだ、晴れやかな顔をして……俺の方を見ろよ」


そう言ってレオは私の顎を持ち上げると、わざと音を立てるようにチュッとくちづけをした。


唇の柔らかい感触に気が動転して、頭がパニックになる。


・・・・・・・・!?!?!?


「は、初めてなんですけど……(前世含)」

「当たり前だ。お前の初めては全部もらう」


そういってレオはニヤッと笑った。


「俺達は結婚するぞ! いいな?」


強く言われて、私はコクコクと頷くしかなかった。


結婚……。まるで実感が湧かないけど……。


レオは私の話を信じてくれた。


そして私を安心させるために一生懸命頑張ってくれた。


この人なら信頼しても大丈夫。きっとハッピーエンドになれるんじゃないかな。


ネガティブな私が初めてポジティブに思えた瞬間だった。

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悪役令嬢はネガティブに生きる 北里のえ @kitasatonoe

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