第3話 友情
翌日、再び王宮のレオを訪ねると、彼の顔は傷だらけだった。
「レオ!? 何があったの? 大丈夫?」
驚いて駆け寄ると、何故か彼は得意気にニヤッと笑った。
話を聞くと、剣術を学ぶために騎士をつけて欲しいとお願いしたら、国王は大層喜んで早速若い騎士をつけてくれたらしい。
昨日からさんざんしごかれて傷だらけだ、という彼の表情は言葉と裏腹に生き生きとしている。
「治癒魔法かける?」
おそるおそる尋ねると、レオは悪戯っぽく笑った。
「頼む。実はそれを期待していた」
ようやく年相応の子供の顔つきになっている。
傷を治した後、用意してきた食事を出すとレオの目がキラキラと輝いた。
こってりした食事は栄養失調の体には辛いだろうから、消化が良くアッサリした食事を用意した。
根菜たっぷりのスープに焼きたてのパンを添えただけのシンプルなものだが、レオはあっという間に完食して目に涙をにじませた。
「こんなに美味しい食事は生まれて初めてだ」
「大袈裟ね」
私が笑うと真剣な顔で首を振る。
「いや、本当だ。ソフィアが作ったのか?」
「料理長にメニューの相談はしたけど、作ったのは全部私よ。だから、毒の心配は必要ないからね」
「あ、ありがとう……。こんなに親切にしてもらったのは初めてだ」
やっぱり大袈裟だなぁ。
「……ところで、あそこに立っている騎士が剣術の先生?」
私達は今日も中庭でお茶を飲んでいる。
少し離れたところに私の護衛騎士が立っているが、反対側にも若い騎士が立っていた。
私の視線を感じたのか、その若い騎士が近づいてきた。軽そうなイケメンだ。
「ブロンテ公爵令嬢のソフィア様ですか? どうも~、初めまして。俺は王太子殿下の剣技指導を拝命しましたノア・ブラウンと言います。いや~、噂通りの超絶美少女っすね。殿下のやる気が出たのもよく分かりますよ~!」
あ! ノア・ブラウン! 彼も攻略対象だ。
ヘーゼルアイに茶色の長髪。ちょっと軽いけど、国で最強と呼ばれる近衛騎士団の団長だ。
この頃はまだ団長にはなっていないのだろう。15~16歳……くらいかな?
確か、ソフィアが彼に殺されるルートがあったような気がする……。
ゾッとして顔を強張らせていると、レオが苛立ったように大声を出した。
「ノア! 余計なことを言うな! ソフィアに近づくな! 怯えているだろう!」
ノアは「お~、怖」と言いながら、元の場所に戻るとニヤニヤしながら私に向かってウインクした。
「あいつは……剣術の指導をしてくれて。確かに凄いんだ。強いし、逞しいし、顔も良いから、簡単に女性に近づくし……その……モテるんだ。ソフィアは……どう思った?」
「……私はあまりお近づきになりたくありません」
そう本音を言うと、レオの眉が意外そうに上がった。
「本当に!? ソフィアは変わっているなぁ」
「そうでしょうか?」
私は首を傾げた。
「僕が知る限り、みんなあいつと仲良くなりたがるんだ。あいつは人気者で、社交的だし、友達も多いから。それに比べて、僕は友達もいないし、つまらないし……」
「レオ。そんなこと気にする必要ありません。彼は『陽キャ』と呼ばれる種族です。社交的なリア充です」
「は!? ようきゃ……?」
「彼らは社交的で楽しそうに毎日過ごしています。それに対して私は典型的な『陰キャ』です。友達もいませんし、非社交的で人を楽しませるような会話もできません。しかし、だからと言って『陰キャ』が劣っているという訳ではないのです! 単に属性が違うというだけです。優劣の問題ではありません。明るければいいのか? 友達が多ければいいのか? いいえ、そんなことはありません。私達には表層的ではない深い洞察力があるのです。人それぞれの個性を大切にすることができます。そして、人間関係以外で価値のあるものを見つけられるのです!」
「……え、えーと?」
「それなのにいかにも『陽キャ』の方がエライというような言動をする人がいます。『陰キャ』のことを暗いとかネガティブだとか社会性がないとか勝手なことを言う人がいるのです! その場の一時的な雰囲気で盛り上がるだけで『陽キャ』と呼ばれることができます。でも、敢えてそれをしない道を選んだんです!」
私は気がついたら両拳を握り締めて力説していたらしい。
いけない……つい前世からの想いが迸ってしまった。
私は前世ではずっと『陰キャ』の烙印を押されていた(涙)。確かに私はネガティブ思考だし、自己評価も低く、後ろ向きな人間だと思う。でも、それも個性だ。その個性を私は大切にしたい。
だから、レオにはノアに対して変な劣等感を抱いて欲しくなかった。
しかし、こんなおかしな言動をしてしまって呆れられたかも……。
恐る恐るレオを見ると、彼は何故か溢れんばかりの笑顔を浮かべている。
「ソフィア……。僕はソフィアと同じ『いんきゃ』ということなんだね?」
……失礼だったかしら?
曖昧に頷くと、レオは更に嬉しそうに私の手を握った。
「僕はノアと一緒よりも、ソフィアと一緒の方が嬉しい!」
「う、うん。ごめんなさい……変な話をしちゃって……」
「いや、僕は楽しいよ。もっとソフィアの話を聞きたい」
……レオは変わってるなぁ、と思いながらも、私達はその日も長い間話し込んだのだった。
*****
その後、ノアの厳しい指導のおかげで、レオは体力がつきメキメキと強くなっていった。更に、レオの食事に毒が頻繁に入っていることや、毒見役がいないことをノアが国王に報告してくれたらしく、ちゃんとした毒見役がつくようになった。
おかげでレオは王宮での食事がちゃんと摂れるようになった。
「じゃあ、もう私の食事は必要ないわね」
食後のデザートを差し出しながらレオに言うと、プリンを見て輝いていた彼の顔が目に見えて落胆に変わった。
「いや、僕はまだ続けて欲しいな。やっぱりソフィアの料理が一番美味しい。王宮の食事は何だか味気ないよ。毎日だと負担が大き過ぎるなら、せめて週に3-4日くらい来てくれたら嬉しい。その……ソフィアに会いたいし」
しょんぼりしたレオを見て、否と言える訳もない。それに私の料理が一番と言われて、嬉しくないはずがない。更に私は友達が一人もいない暇人だ。少しは他人のために働けと自分でも思う。
その後も週に3-4日は王宮に通いレオと一緒に過ごすうちに、気がついたら彼が受ける家庭教師からの講義も一緒に受けるようになっていた。レオが私と一緒に勉強したいと言うし、私も講義の内容に興味があり、おかげで王宮での時間はとても有意義なものになった。
レオと私はとても仲良くなり、彼は私といる時間が一番楽しいと言ってくれる。これはもしかしたら『親友』なんて呼んでもいいんじゃないか、なんて思う時もあった。
勿論、すぐに『そんな莫迦な。調子に乗っちゃいけない』と自分を戒めたけれど。
レオはあっという間に背が伸びて、私より頭一つ分くらい大きくなった。頑張って鍛えているので、肩幅の広いがっしりとした筋肉質の体になり、美少年然とした顔立ちも成長するにつれて、精悍で凛々しいと評されるのに相応しいものになった。
イケメンに成長したレオは、はっきり言って物凄くモテる。
ノアの話だと縁談も降るように集まってくるらしいが、レオは誰にも関心を示さないという。
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