第36夜
・ザルファルク
背中から巨大な翼を生やし、空中を高速飛行する。生み出す突風は堅牢な防壁すらも吹き飛ばし、翼から放たれる羽根は一枚一枚が岩をも切り裂く切れ味を誇る。その強さは完全に翼に依存している。翼には痛覚があるため、翼を攻撃するのが効率的。
・オーベック
影と化し、あらゆる物体の表面を移動する。オーベック自身に戦闘力はない。しかし、彼に触れられた人・物は内部に取り込まれる。上限は一人ないし一つ。影の姿になっても攻撃は通じ、また影の内側に取り込まれても抵抗すれば脱出できる。ドアが閉まっている場合、建物の中に侵入できない。
・ダヴィエンツ
全身または部位を巨大化、分裂、硬化させることができる。同時に二つ以上の効果を発揮するのは苦手。本人の戦い方は直情的。特に巨大化するのは燃費が悪いらしく、長時間の維持はできない模様。長期戦に不向き。
・ランターニール
心臓以外はすべて水で構成されている。心臓以外を破壊しても無意味。攻撃は多岐に渡り、鋭利さや貫通力に優れる。また、心臓を射出することで肉体を再構築できる。元の体は短時間動いたのち、水になって溶ける。防御が苦手。
・
◇
ユリアリスから聞いた内容を書き記したメモを一同が順々に確認していく。
内容に誤りはないか、ヴェルディは不安を拭いきれていない。ユリアリスが正気に戻ったのはあまりに突然で、言葉の洪水は心の準備ごと押し流してしまった。あの時だけは地下牢の入り口が開いていればよかったのに。
「たまにゃ記憶力テストでもやるか?」とキオが笑う。
「あの時は焦ってたんだ。内容は……間違っていないはずだ」
「そりゃコレを信じるしかねえけどよ」
「ランターニールに関しては当たってると思うよ。痛みは感じてなかったし。あの爆発の寸前に心臓を脱出させていたとすれば……効果的な目くらましだ」
「あの影野郎に関してはちょっと保留したほうがいいっすよ。弾丸は確かに命中したんすよ。でもあいつはまだ生きてる……。ああ、腕か足に当たったんすかね」
「頭や腕の位置がわからなくなるのはレイニアと相性が悪そうですね」
ついに明確となった敵の能力。その弱点。しかし四人の注目が集まったのは最後の一文だった。
「イメージすりゃなんでもできるってことか?」
「なんでもは無理だろう。イメージするだけで私のように血を操れるのか?」
「いいや、無理だな。でもよ、その言葉がきっかけでユリアリスの血を全部交換したんだよな?」
「そういえば昨晩の戦闘もすごかったっすよね。なんか赤い柱が生き物みたいにウニョウニョしてたっすよ」
「なんだその言い方は……まあ、だから、自分の能力に関するイメージをすればいいんだろうな」
「……今まで当たり前のように受け入れていたんだけど」とアレックスが質問する。
「君たちは能力を使う時、頭の中で能力を使う自分をイメージしていたんじゃないのかい?」
ヴェルディが曖昧に頷く中、レイニアが訂正する。
「というより、できることが当たり前なんすよ、旦那様。引き金を引いたらどうなるって聞かれたら、弾丸が出るって答えますよね? それと一緒で、あたしは未来を視たいと思えば当然のように未来が見えるんすよ」
「特に制約がないのが羨ましいよね」とガルガラ。
「いやいや、未来を視てるときは現実のシーンも同時に流れるから、たまにどっちがどっちなのかわからなくなる時もあるっすよ」
ヴェルディが操る血液が有限であり、キオの耳にも弱点があるように。
「やー、でも、あれっすね。あの掃き溜めにいたころ、君には未来が視えるなんて言われた途端、二つの世界が同時進行してるみたいになった時は頭おかしくなったっすよ」
「……ちょっと待ってくれ、レイニア。いや、他の皆も。君たちは自分がどんな力を得たのか自分で気づいたんじゃないのかい?」
「それはっすねー……あれ?」
アレックスに問われたレイニアは即座に答えようとして、口ごもる。慣れ親しんだ街の道のりをど忘れしてしまったように。
「姐さん、憶えてます?」
「確か……ズインではない、もっと高齢な男性でした。その人はこちらの能力を即座に言い当て、どのように能力を使うのか指導してきて、たしか名前は――」
「クルスアイズ」
黙って耳を傾けていたディルファイアが唐突に名前を口にした。
「〈レヴォルト〉の創始者。そして……私が殺した男だ」
「そのクルスアイズって奴はどうして皆の能力を知っていたんだろうね」
「死者に情報を吐かせることはできん。ともすればズインとやらに聞くしかない」
「なら、いますぐご挨拶に伺ってやろうじゃないか」
今にも爆ぜる爆炎を抑え込むような声音でヴェルディは唸った。
「わざわざユリアを使ったんだ。私を誘ってるんだろ」
「罠って可能性が高いんだろ?」
「或いは……ヴェルディを孤立させるか、屋敷から離れさせるのが目的かもね」とアレックスが推測する。
「でもなんでだ? 敵はいつでも魔女を復活させられる。前回もそうだが、回りくどい方法になんの意味が……」
「復讐かもしれないな」と、ディルファイア。
「復讐をするなら、敵を簡単には殺さない。長く苦しめ、自分の中の鬱屈が消えるまで敵をいたぶる。そしてそれが消えるより先に、命とは潰えるものだ」
「合理性より感情か。まぁ、
「それはこちらも同じだ。今度こそ叩き潰す」
「まあ待ちなよヴェルディ。敵がどう動くのか予想してから動かないと」
「それなら……ザルファルクはきっと、私を待ち構えているだろうな」
頭脳を使う分野に疎いヴェルディだが、それだけは断言できた。
奴は対抗意識のようなものを向けているとヴェルディは直感していた。
「なら、残りの四人……いや、三人か。ユリアリスを戦力とすることはありえないからね」
「そう思わせて全員で待ち受けてたりしてな」
「それならそれで構わない。そこは人の少ない山地なんだろう? 今度は全力を出せる」
「だとしても一人じゃ危険だ。せめて二人で行った方がいい」
「なら、あたし行きますよ」
自ら挙手したのはレイニアだった。まるで付近へ買い出しに行くかの調子で。
「……レイニア」
「バイクで行く方が楽っすよね?」
「良いのか、お前は――」
「あたしはただ山の方までドライブするだけっすよ。それに、ヴェルディさんと一番連携取れるのはなんだかんだであたししかいないっしょ」
「侮らないでくださいレイニア。煙草を吸いながら応援するのは私の方が上手いですよ」
「そうだね。ヴェルディの胃袋は僕が掴んでいると言っても過言じゃないね」
「二人してなに言っちゃってんすか」
実際、レイニアの主張は正しい。屋敷の襲撃を想定するならば、遊撃よりも防衛を得意とするハンナとガルガラ残すべきだ。
ヴェルディがなにも言わないでいると、もはやそれが決定事項になっていた。
レイニアの胸の内を探るのは、野暮というものだった。
「ハンナ、ガルガラ。屋敷を頼む」
「もちろんです。庭を荒らしたことへのお説教をしなくては」
「終わったらパーティーしようよ。そういう時に食べるご飯が一番美味しいからね」
「わりぃなぁ、戦力になれなくてよ」とキオがおどけた。
「お前の耳が命綱だ。頼むぞ」
「わかってるよ。んで、二人がいてくれるとしてだ。デカブツと水女が束になってここに来る可能性は高いよな」
「そのランターニールとやらは、自爆される前に心臓ごと丸呑みしてしまえばよろしいのですよね?」とハンナが意欲を示した。
「となると、あの巨人は僕が相手しないとね」
「勝てますか?」
「そうだな……ハンナに助けてもらわないと厳しいかも。ほら、そのオーベックって男も相手にしないといけないでしょ?」
「おいおいガッツ。流石のお前でも影は掴めねえだろ。音も聞こえねえんだ。反応できねえよ」
「そうだね。でもほら、敷地から出られないように閉じ込めればいいんじゃないかなって」
「もちろんそれができれば苦労はしませんが……」
話を聞いていたヴェルディも怪訝な表情を浮かべる。ガルガラは窓へ歩み寄った。
そして窓の外をノックした。
「あっ、やっぱりできた」
そして振り返り、さらりと言い放つ。
「いまこの部屋の外を塞いでるんだ。だから誰も出られないよ」
「……なんだと?」
突然の言葉にさしものディルファイアですら困惑の色を浮かべた。面白がってキオが窓の外に手を出そうとするも、彼の腕が窓の外へ出ることは叶わなかった。
「くすぐったいよ、キオ」と笑うガルガラを誰もが信じられないような眼で見ている。彼はなんともない風に打開策を生み出したのだ。
まるで新しいレシピを考え出したかのように。
「マスター。小麦粉を使わせてください。その人には特製レシピを食らわせてやりますよ」
◇
「言っときますけど、あたしはまだあの女のこと許してないっすからね!」
「わかってる」
「でもお嬢様に頼まれたから仕方なく一緒に来てるだけっすからね!」
「ありがとな」
「……調子狂うんすけど」
「お前だって、普段はそういう憎まれ口は叩かないだろう」
ヴェルディはレイニアのバイクに乗っていた。
作戦会議を終え、入念に準備をし、出発した時点で時刻は昼過ぎ。
天気はあいにくの曇り。体を突き抜ける風は冷たい。ヴェルディの意識は遠くに聳える山地に飛んで行ってしまったように、寒さ冷たさは現実味がない。
「だが本当に意外だった。てっきり屋敷に残るかと」
「心優しいお嬢様に感謝してくださいよ」
「途中で降ろされても私は驚かないぞ」
「馬鹿なこと言わないでくださいよ。あたしにだって目的はあるんすからね」
「というと?」
「一度は自分が勝った相手に助けられるあの女の悔しそうな顔をこの目で見るためっす」
「……お前って意外と性格悪いよな」
「ゲロりそうなくらいの腹パンしてきた相手を助けるために動くだけでもめちゃくちゃ善良っしょ!」
戦闘に適した私服を身に纏うレイニアの不満はバイク音に紛れた。メイド服よりも動きやすさと弾薬の携帯性を向上させた一品だ。得物は、今はバイクの中に眠っている。
アクセルを踏む。エヴァーグから離れるほどに人の気配が減り、目的地までの距離を埋めていく。
――「お願い、レイニア。あたしじゃヴェルディの隣で踊れないの」
会話が途絶え、耳元を通り過ぎる風と共に、脳内のレコードが回る。
――「ヴェルディの隣で踊れるのはあなたなの。だからお願い、ヴェルディを助けて」
ああ、お嬢様。いいのですか。大好きな人のすぐ近くにいたいと願っていながら、他の女のところに行かせてしまって。
――「これが、あたしなりの恩返しなのよ」
本当はもっと別の方法を望んでいるはずなのに。そう知りながら、レイニアはヴェルディに協力している。それが主からの頼みだから。
「ヴェルディさん」
「なんだ?」
なればこそ、メイドは全力を以て取りかかるのだ。
令嬢の銃であるがゆえに。
「あたし、助けられっぱなしってのは性に合わないんで。今回はマジでサポートしますよ」
「……たすかる」
「だから、絶対あの女を連れて帰りますよ。お嬢様の頼み事は絶対っす。メイドに失敗は許されないっすからね」
「私はメイドじゃないが……そうだな。あの子にも助けられた。借りはすぐに返さないとな」
ギュッと後ろから抱き着くヴェルディの声量は大きくはない。
「私の命をかけても成功させるさ」
荒れ狂う風の中、その決意は確かにレイニアの耳朶に残った。
◇
バイクがギダス山地に近づくにつれ、ヴェルディの胸の辺りでわだかまる妙な気配は段々と強まっていった。遠く離れた誰かと繋がった糸を手繰り寄せる内に、積み重なるように。
それは運命の赤色ではない。赤や黄色、白にピンクが混ざった――命の色に近い。
そんなことを考えながら、彼女は木々の上を飛んでいた。
「ひゃっほー」
「はしゃぐな、馬鹿」
樹海に道路などはない。人間の住処もない。人目を気にする必要がない。
バイクでの走行は諦め、血の柱と鎖による快適な移動方法を選んだ。レイニアはヴェルディにしがみつきながらキャーキャー騒いでいる。バイクは鎖でぶら下げられており、さながら魔法のバイクだ。
キオから大まかな方角と、奇妙な気配を感じ取る方角はおおむね一致していた。その感覚に妙な納得感を抱いていたヴェルディの耳元で「前から来るっす!」とレイニアが警告を発した。
「っ!」
咄嗟に血の鎖を横に飛ばして木々の中へ隠れる。
とてつもない質量が真横を通り過ぎる。
それは有形の水。あるいは透明な触手と呼ぶべき代物。
ヴェルディは一度しか見たことがないが、忘れられるはずもない。
「随分楽しそうね。なに、あんたら、遊びにでも来たの?」
ヴェルディとレイニアは木々に隠れながら着地し、敵を認める。
そこには一人の女がいた。
一度はヴェルディに首を切断され、ガルガラたちを襲撃した挙句に自爆したはずの
「まあいいわ。遊んであげるわよ。そのためにわざわざ残ってやったんだから」
ゆらめく透き通った腕が、佇んでいる。
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