第2話 リンベルサウンド
御上碧が目覚める4時間ほど前のこと。
気だるげな茶髪の管理人の下で受付を済ませた後は、自分たちが持ち込んだ撮影機材の調子を念入りに確かめ、問題がない事を確認してから撮影用ドローンとコメント閲覧用のドローンの二基を稼働させた。
「よーし、それじゃあそろそろライブ始めるよっ!」
「こっちはオッケー。いつでも行けるわ」
「ボクも準備完了ですっ!」
メンバーたちの士気が高まっているのを感じたリーダーの燐は、満足そうに頷いてからドローンに撮影開始の命令を送った。
そして、ドローンの目元が赤く光ったのを確認してから、燐はすぐさま二人の下へと駆け寄り振り返った。
「よしよし、無事配信始まったかな? やあやあみんな! こんベルりんっ♪ リンだよっ!」
「ごきげんよう、ベル子よ」
「こんにちは! ネオンですっ!」
彼女たちが普段から使用しているハンドルネーム。
本名そのまま、あるいは少しいじっただけの安直な名前ではあるが、各々がネット上で広く知られている活動名を元気よく名乗り上げる。
そう。彼女たちこそが、最近話題の人気ダンジョン配信グループ、リンベルサウンド。
3人が語り掛けているドローンは世界中のネットに接続され、画面の向こうの人々はリアルタイムでその姿を追う事が出来る。
一方でもう一基のドローンは、パソコンの画面のようなものを空中に映し出している。
そこにはリンベルサウンドの配信を見に来た視聴者たちが送り込んだコメントが凄まじい勢いで流れていた。
”ようやく始まったー!”
”リンちゃんかわいい!!”
”久しぶりの人気企画楽しみだ!!”
”ベル子様今日もふつくしい…”
”うおおおおおネオンたん俺だ! 結婚してくれ!!”
それらは純粋に彼女たちの配信を待ち望んでいたことを示すコメントや見るに堪えないしょうもないコメントまで、今この瞬間同じ映像を共有する者たちが、その存在を主張するもので溢れている。
そんなコメント欄になどとっくに慣れている三人は、当たり障りのないコメントを読み上げつつその返答を返し、多くのファンに対して感謝の意を示す。
リンベルサウンドのチャンネル登録者数は現在25万人強。
配信の同時接続人数は5000人を超え、1万人に迫ろうとしていた。
これはもちろん彼女たちの人気故ではあるが、それに加えて今回の配信内容がリンベルサウンドではおなじみの人気企画だというのも大きい。
「さあ、挨拶はこの辺にして、今回の企画をサクッと説明してくれる? リン」
「任されましたっ! 今回の企画はなんと……皆さんお待ちかね! ”Dレート2000超えと行く、
「いえーい!! どんどんぱふぱふー!!」
その企画名が宣言されると、コメントの盛り上がりはさらに加速する。
そう。これはその名の通り、長い歴史の中で様々な噂や都市伝説を抱えたいわくつきのダンジョンを徹底的に調査し、解明するというそのまんまの内容だ。
だが、一般的な高レート配信者は、大規模ダンジョンや最新のダンジョンに積極的に挑む者が多い。
そんな中、あまり注目されていないがいろいろな謎を抱えた小規模・中規模ダンジョンに目を向けたこの企画は人気を博し、リンベルサウンドのメインコンテンツの一つとなっている。
その噂のほとんどが実際に試してみたら大したことのないものであることが多いのだが、稀にとんでもない大当たりを引くこともある。
そして今回は特に”当たり”の可能性が高いことから、こうして平日の早朝にも関わらず多くの視聴者が駆けつけているのだ。
「それじゃあ早速ダンジョンに突入しながら、みんなでここの噂を改めて確認していこう!」
その言葉と共に、三人はダンジョンの受付横にある縦長の結晶体の前へと向かう。
そしてリンが受付から受け取った赤色に輝く意思をかざすと、彼女たちの足下に大きな魔法陣が広がり、次の瞬間まばゆい赤色の光があふれ出して3人(+2基)を包み込んだ。
光が晴れると、そこはごつごつとした壁と天井に囲まれた地下迷宮が広がっていた。
これは転移結晶と呼ばれる、今となってはダンジョン攻略に必要不可欠なダンジョン内の特定の地点まで一瞬でワープすることが出来る最新技術だ。
これを用いて、本来は一階ずつ階段を下って降りていかなければならないところをスキップして、いきなり下層までジャンプすることが出来ていた。
「でねー! みんな覚えてる? 当時超人気だったとあるDライバーグループがこのダンジョンで失踪したって話」
リンがそう問いかけると、またもコメントの勢いが加速する。
”Dトラベラーズだろ?”
”なつかしー! Dトラベラーズのことだよね?”
”久しぶりに聞いたなその名前”
”好きだったんだけどなー、みんな今何してるんだろ”
”今でもあいつらを超えるDライバーって他にいないんじゃね?”
Dライバーとはダンジョン攻略配信者の略称であり、Dトラベラーズとは、ダンジョン配信が世間一般に知れ渡り始めたころに活躍していた6人組のグループのことだ。
活動期間は僅か2年ほどだったが、チャンネル登録者は100万人を超え、最高同接人数は10万人を超えていたほどの超人気Dライバーグループだった。
しかし6年前、ちょうど出来たばかりの無名のダンジョン――後に旅人の傷痕と名付けられるこのダンジョンの配信後に突如メンバー全員が失踪し、二度と表舞台に姿を現さなくなった。
「そうそう! Dトラベラーズ! わたしも昔大好きだったなぁ……ってそれはいいとして、そんな大物が突如として姿を消したこの場所、絶対に何かあると思うんだよね! 現にいろんな噂が立ってるし!」
”ここの攻略に失敗して全滅したんじゃないかってあれだろ?”
”そんな訳あるかよ。旅人の傷痕はDレート1700ですら攻略できるくらいのダンジョンだぞ”
”アイツら全員当時のDレート2500を超えてたバケモン集団だったもんなぁ”
”仲間割れしたって噂もあるぜ”
”
コメントビューア用のドローンに搭載されたAIによって厳選されたコメントが自動音声で読み上げられる。
6年たった一配信者のコメント欄だけでも無数の憶測や噂話が飛び交っているのだ。
当時の掲示板などではもっと活発な議論がなされたことだろう。
「よっと! わ、凄いコメント。高評価もいっぱい!」
「ふっ――いいねいいね! もっと盛り上がっていこー!」
時折襲い掛かってくるダンジョンの住人たる異形の生物――魔物たちを、難なくいなしながら、順調に三人は前へ進んでいく。
リンは自慢の光り輝く剣を振り、ネオンはどこからか取り出したライフルで魔物たちを弾く。
この程度のダンジョンではありえないだろうが、万が一二人が傷を負うことがあればベル子が瞬時に癒してくれるだろう。
攻防ともに隙のない、まさにお手本というべきダンジョン攻略が進んでいく。
「よーし、これが最下層かなっ!」
「……今のところは特に何もないわね」
「もっとよく見て見ましょう!」
気づけばあっという間に最下層までたどり着いてしまった。
正面には攻略済みダンジョンの証である一方通行の転移結晶が設置された部屋がある。
これを使って帰還して受付に報告すれば、このダンジョンを攻略した者として扱われるが、当然このまま帰るはずがない。
むしろこれからが本番なのだ。
3人はそれぞれ手分けをして、最下層に何か怪しいものがないかを調査し始めた。
このあたりの魔物はすべて処理済みであり、もうしばらくの間は新たに湧くことは無いだろう。
リンは壁を中心に念入りに手で触って確認し、ベル子は床に怪しいところはないか目を凝らす。
ネオンは既に開封済みの宝箱や発動済みの罠などを調査していた。
「あっ、ちょっとみんな! 来て来て!」
何かを発見したのか、リンが他の二人を呼び出した。
なんだなんだと近づいてみれば、リンが触れている壁の違和感に気づいた。
その部分だけ他の壁に比べてヒビが多いのだ。
しかもそのヒビの奥は微妙に赤色に染まっている。
「ここだけなんか怪しくない? しかもこの奥、わたしの勘だと空洞があるよ!」
「……確かに怪しいわね」
「という訳でネオン、やっちゃって!」
「えっ、いいの?」
「いいのいいの。ド派手にぶっ壊しちゃって!」
リンの許可を得たネオンは、その可愛らしい顔立ちに似合わぬ狂気的な笑みを浮かべると、ライフル型の専用武器を虚空から無数に呼び出し、自身の周辺に浮かせた。
そしてその銃口全てをリンが指さす壁へと向け、
「行くよぉ!! トリガーッ!!」
その迫力ある声と共に銃口から分厚い光線が一斉に吐き出された。
それらは一点集中で照射され、強烈なエネルギーを受け止めた壁はその勢いに耐え切れず崩壊した。
そして現れたのが……
「ビンゴっ! さ、行くよみんなー!!」
満面の笑みを浮かべながらグッドサインを出したリンが壁の先の赤い世界へと足を踏み込んだ。
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